六、あやかし
牡丹は
光のごとき速さで丸裸にされてしまい、全身の古傷を隠す暇さえ東風にはなかった。
何か言われるのではないかとびくびくしていた東風だが、牡丹は何も問うことなくただ三助みたく丁寧に背中を流してくれる。
「すみません、こんな傷だらけの見にくい体を洗わせてしまって。見苦しい、ですよね……」
(あぁ、またやっちゃった)
牡丹はあえて触れずにいてくれたろうに自ら墓穴を掘ってしまった。
東風は自分の愚かさを呪う。
馬鹿にされた外見よりも脆弱で後ろ向きな自分の内面が嫌いだった。
ずんずんと自己嫌悪に陥っていく東風に対し、牡丹は明るく微笑む。
「見苦しいなんてちっとも思っておりませんよ。東風様のお肌は薄桜のようにほんのり桃色がかっていて綺麗です」
そう言って東風の体に触れる牡丹の手は壊れ物でも扱うように優しかった。
牡丹は正面に周り、座る東風と目線を合わせるとその柔らかな手で東風の両手を包み込む。
「ただ、わたくしは若様のような治癒能力を持ち合わせておりませんので、傷を癒すことは出来ませんが……この牡丹が全身全霊をかけて東風様を磨かせて頂きますのでの安心くださいな」
「は、はぁ……」
目をきらきらと輝かせながらやる気に満ちた声色の牡丹に押され、東風は曖昧に返事をする。
「そういえば先程、式神について問われていましたが、そもそもあやかしのことについてどのくらい御存知ですか?」
「えっと。祖父が昔怪異譚《かいいたん》を語ってくれたことはありますが、詳しいことは何も…」
祖父の話も実際に祖父が見た訳ではなく、いつの時代か分からない古い
「でしたら、まずあやかしのことについてざっくりとお話しさせていただきますね」
そう言うと牡丹は東風を洗う手を休めることなく語る。
あやかしは千年近く前に突如現れた。然しその頃には既に人間が中心となって生活を送っており、見た目恐ろしいあやかしたちは人間の眠る夜、人気のない山奥を中心として生活することにした。
初めこそ平穏だったが、ある日山へ猟をしに来た人間に見つかったあやかしが無残に殺された。何度も弓で打たれ、挙句の果てには人の頭と同じ大きさ程の石で頭を潰されたその姿は、あやかしたちの怒りを爆ぜる材料には十分過ぎた。
ついにあやかしと人間との間で抗争が怒ってしまった。
圧倒的な力と丈夫な肉体をもつあやかしと圧倒的な数をもつ人間との戦いはなかなか収束を迎えず、血の海へとなりかけていたところに天人が現れた。
人間にもあやかしにも属すことのない天人は双方に罰を与える。帝を含む国にとって大切な人材以外の人間にはあやかしの存在を脳内からさっぱりと消えるようにし、あやかしには人間と共存するために人の形をした体と人の言葉を与えたが、それと引き換えに不死身の命を奪った。今まで寿命という言葉を知らずに生きてきたあやかしたちの命は、人間よりも少しばかり長い百年の月日が流れると、どのような状態であろうと果てるという、言わば呪いのようなものをかけられた。
罰を与えられた双方は天人の前で共存していくことを誓った。
そしてその当時、あやかしの中で最高峰の力を持つ鬼族、その中でも郡を抜く圧倒的強さの "酒呑童子" が代表として、あやかしと人間の均衡を保つように命ぜられたのだ。
桜雅はその酒呑一族の跡取り息子で次期当主になる若旦那だという。
東風が祖父から聞いた最強の鬼の話は、恐らく平安時代頃の当主の事だろうと教えてくれた。
そもそも、鬼族は"
赤鬼一族の炎宮寺家は"炎"、青鬼一族の海堂家は"水"、黄鬼一族の雷極家は"雷"、緑鬼一族の林条家は"癒"の妖力を操ることが出来る。
その四つの鬼族の王である酒呑童子一族は、生まれた時の髪色と瞳の色で四つの力の内どの力を授かるかが決まる。
そして桜雅は血統の中で最も強いとされている炎宮寺家の力を宿した。
ただ、酒呑一族の血は余りにも濃いため、ある程度鍛錬を積めばどの力もそれなりに使いこなすことが可能なのだと。
牡丹はその濃ゆい血の流れる桜雅の式神だという。
式神とはその主の分身のようなもので、特に人型のものになると大きかれ小さかれ一人一つ異能を持つという。血が濃ゆければ濃ゆい程その力は大きくなる。
特殊な酒の注がれた盃に己の血と植物などの断片が加わることによっていじるため、主とは血が繋がっており、言葉を発さずとも主から脳に直接命が届くという。
ちなみにその式神の外見や性格は、加えられた植物の断片に宿る精から来るもので、人間同様、瓜二つのものは出来ないらしい。
他にも牡丹は東風の知らない世界をたくさん教えてくれた。
それは東風の面白みのない人生にあやかしという花が芽吹く瞬間だった。
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