四、傷
ゆっくりと目を開けると、そこには見慣れない天井板の檜が広がっている。
(ここは……?)
ぼぉっとしながらものそのそと体を起こし周りを見渡す。
八畳程の部屋は、質素でありながら品のある昔ながらの造りだった。東風の右手側には縁側が続いており、半分にかけた月が、先程よりも大きく傾いていた。
そういえば化物に襲われて、と東風が先刻の出来事をぼんやりと思い出したとき、ふと、左手のほんのりとした温かさに気づく。
そこに目をやると、少し厚めの大きな手が、東風の華奢な手を挟むように握られていた。
東風は驚いて顔を上げると、そこに居たのはあの青年だった。
「ふぇ……?!」
寝起きの東風の頭は思考が停止しかけているのに対し、青年は何を考えているのだろうか、東風と目があっても眉一つ動かさず、ただ東風の手を握っている。
「え…あ…えっと……?」
手を見たり青年を見たり、目をあたふたと回す東風に気づいた彼は、東風の手をぱっと離す。
「あぁ、悪い」
「い、いえ……」
行き場を失った手を引き寄せて、握られていた手首の部分をさする。
「あれ……」
確かここは手を着いた時に捻ってしまったはず。それなのに少しも痛みを感じない。そういえば、締め付けられた足も何事も無かったように動く。
助けられたあの時は痛みさえ忘れてしまっていたが、記憶が途切れる寸前までは確かに感じていたはずのずきずき痛む感覚は全て消えていた。
あれほど蒼く腫れていた肩さえ何もかも忘れてしまったように元に戻っている。
(治ってる…)
自分の肩を不思議そうにさする東風を見て、青年は表情に変化はないものの気まずそうに口を開く。
「肩の傷は、運ぶ時に腫れているのが見えて…」
何故東風から少し目を背けて話すのかは分からないが、傷が治ったことで心も少し和らいだ。
あの、と東風が声をかけると青年は再び視線を東風に戻す。
「ありがとうございます」
青年のそっぽを向いた表情が少し可愛らしく思えて、思わず感謝の気持ちと共にくすっと笑ってしまい、咄嗟に口元を隠す。
醜女が笑うな、気味が悪いと散々言われ、近頃は笑うことも無く、笑い方さえ忘れていたはずなのに。
この方も自分のせいで気分を害してしまったのではなかろうかと恐る恐る青年の顔を覗くと、少し目を見張ってはいたが、嫌そうな顔はしていなかった。
ほぅと息をつくと、青年が口を開く。
「…他に痛む所は」
東風が首を横に振ると、青年はそうかと言って口を噤む。
夜も深まり、部屋は
薄暗い部屋の中にある端正な顔立ちは、どうしても東風の目を引いてしまうのであった。
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