第14話 戦いのサーカス(3)

かがりあかりはこれ以上話すことは無くなっていた。


「カガリンの言う、『覚悟』を見せてもらうよ。 姉妹で殺し合うのもイヤだからさ〜、徒手格闘すでで勝負しない?」


 燈は手にしたカランビットナイフと手裏剣を地面に捨て、ポケットや服の裏にも何も無い事を篝に見せる。


「わ、わかりました。 お姉ちゃんには負けません!」 篝はすでに素手だ。


(カガリンはこの世の厳しさを分かってないんだ。お姉ちゃんわたしが教えなくちゃ!)


 お互いに足の幅スタンス広めの、総合格闘技の様な構えになる。

 二人とも打撃を起点に組み技グラップリングで仕留めるつもりだ。


 燈が間合いを制して篝の手首を掴みにくる。そでには刃物が仕込まれている可能性があるので、手関節を狙った。 篝は回避に集中する。

 燈がタイミングを測って組みついてくる。篝はショートパンチを放つが腕で防がれてしまう。


 そでえりには刃物や毒針が仕込まれている可能性がある。お互いの腰を掴み、ひたいを合わせる。がっぷり四つの形になる。


(可愛いカガリン、私を信用しているんだね。 でもね、この世は残酷なんだよ?)


 あかりにとってかがりは可愛い妹で、世間知らずで、忍術も未熟で、優しくて騙されやすい保護の対象だった。これからもじぶんが守るべきであるという使命感があった。


「カガリンごめんね。 でも、これもカガリンの為だから」


 燈が髪留かみどめを外す。燈の髪留めは小型のカランビットナイフだった。

 軍隊格闘ではナイフを使った組み技もあり、素手で対抗できるものではない。

 燈は篝の肩関節にナイフを突き刺そうとする。


「うん、お姉ちゃん。 いつもありがとう」


 ザクッ!! ナイフが肉を切り裂く音が聞こえる。

 篝が隠し持っていた棒手裏剣ぼうしゅりけんが燈の上腕動脈ひじのうちがわを切り裂いていた。どぷどぷと大量の血が腕から流れていく。


「な……!? カガリン!?」

 純粋無垢じゅんすいむくな妹が自分をあざむき、躊躇ちゅうちょなく動脈を斬った事に衝撃を受ける。燈の手からナイフが落ち、傷口を手で抑えるが血は大量にあふれ出る。その場に座り込む。


「ごめん、ごめんね。お姉ちゃん!」

 篝は常備している止血帯しけつたいで燈の腕を縛る。


「い、いやー……。 負けたよ、カガリちゃん。 まさか、ここまでの覚悟とは」

 止血帯での止血方法は、30分に一回は帯をゆるめて、血流を再開させないと手指が壊死えししてしまう。戦闘続行は不可能だ。


「お姉ちゃんの止血は私がするから」 篝は泣きべそになっている。


「こらこら、それじゃあ意味ないだろう? たけるんの元へ行ってあげなよ。 ほら、これあげるから。 止血だったら、一人でもできるよ」

 燈は瑪瑙メノウ翡翠ヒスイの勾玉を篝に渡し、スマホで時間を計り始める。


「で、でも……」


「カガリン。 私は霧島家の代表なんだよ? この程度で死にやしないよ〜」


「お姉ちゃん……。 うん。 行ってくるね!」 篝は走り去る。


「はあ〜。 いつの間にやら、大人になったんだなぁ。 ちょっと寂しいぞ」


 燈は篝を見送った。



 _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _



「タツにい! タツにい! 起きてくれ!! アビーが死んじゃうよ!」

 太助たすけがタツトラに声をかけ続ける。地面に伏したタツトラはぴくりともしない。

 肩が脱臼したアリスはアビーを見守るのが精一杯で次の手を決めあぐねていた。


「降参するなら、君は見逃してあげます。 どうしますか?」


「ふざけるな! 二人の仇だ、勾玉を返せ!」 太助は航平に殴りかかる。


「……残念です」 航平はカウンターのフックを、太助の顎へ打ち込む。


ガゴッ! フックは綺麗に決まり、太助は倒れ込む。


「あなたもどうですか? まだ戦えますよね?」 航平がアリスに近づく。

 アリスには次の手が思いつかなかった。降参したら許してくれるのだろうか?



「待たせたな、航平さん! 俺とも遊んでくれよ!」

 篝と合流した武命たけるが、航平の前に立ち塞がった!


「ああ、はい! あなたの事も知っていますよ、武命君!」 航平は嬉しそうだ。


かがり、タツトラ達を頼む!」 「は、はい! 武命さん!」



「あんたに遠慮は必要なさそうだな? 悪いが木刀を使わせてもらう」


「もちろんです。 それなら私は双節棍ヌンチャクを使わせていただきます」

 航平がヌンチャクを懐から出す。本来は隠し武器なのだが、変なところで正々堂々している。


 武命は青眼せいがんの構えで、ジリジリ間合いを詰める。どう考えてもリーチで武命が有利だ。

 しかし、先に航平のヌンチャクが武命の手首へ飛んでくる。慌てて防ぐ。


 ヌンチャクを半身で送り出すように振ると、リーチを稼ぐことができる。斬る様に使う時より威力は落ちるが、手や指を狙うなら十分であった。


 武命は上段の構えをとって対応する。手が上に上がる為、手を狙われなくなるし、武命のリーチは長くなる。

 爆発的な踏み込みで遠距離から飛び込み、航平の額に斬りかかる!


 航平はヌンチャクの鎖で木刀を受ける。超人的な洞察力だ。

 しかし、ヌンチャクにそこまでの防御力はない。 航平の肩に木刀が当たる。


好機チャンス!」 武命は連撃を試みるが、航平はヌンチャクの鎖を木刀に絡めて封じ、一息に間合いを詰める!

 武命は木刀を捨て、即座に縦拳たてけんを打ち込む!

 航平もヌンチャクを捨て、縦拳を払って腕を抑える。ズシリと重さが武命へ伝わる。


おもっ!!」 一瞬で航平の実力を理解する。強い!

 抑えられた腕を捻ってくる。 関節技を警戒して脇を締め、後ろへ下がる。

 下がるところへ航平の突きが打ち込まれる! 流水の如く、起こりが無くて重い。

 武命は脳震盪のうしんとう対策にあごを引く。


 ボゴッ! 顔面で受けて、鼻血が噴き出る。唇を歯で切ってしまう。

 航平はさらに間合いを詰め、フックを放つ。 武命は腕を上げ、ガードする。

 ガードしたフックが貫手ぬきてに変わる。航平の指が武命の首に刺さる!


「うげっ! 痛え!!」 武命はガードした手で航平の手をなんとか振り払う。

 振り払った手を見ると、人差し指の第二関節が折れ曲がり、脱臼している。振り払う際に折られたのだ。


 武命に恐怖がまとわりつく。 航平に近づくと、必ず急所に攻撃される。 筋肉の隙間すきまや骨のつなぎ目を正確に突いてくる。

 武命は指を整復するもとにもどす。「ボキリ」と鳴って、骨がハマるが痛みが戻ってくる。


 (航平あいつに近づきたくない! 木刀を拾うか? 一旦逃げて作戦を練り直すか?)


 武命は航平を観察する。 航平は殺気を絶やさずに、武命を待っている。



「あ……」 武命は航平の立ち姿と、今立っている場所から昔のことを思い出す。


「ガキの頃、ここで父ちゃんと稽古したな。父ちゃんも、絶対的に強かったな」

 武命は(こんな時に何を呑気なことを)と、自分でも可笑しく思う。



「よし! 父ちゃん、覚悟を決めたぜ! いっぺん、死んでみるよ!」


 武命は航平に近づいていく。航平は武命の目に覇気はきが満ちていることに気づく。


「面白い! 武命君、死んでください!」 航平も武命の覇気に答える。



 ジリジリと間合いを詰めていく。ジャブもフェイントも無い。

 武命が先に動く。航平の腹へ縦拳たてけんを放つ。航平が腕を振ると、武命の突きは外側へ弾き飛ばされる。 武命の急所がガラ空きになる。


 航平は武命の喉へ一本貫手おやゆびを刺して、他の指が首を掴む。

「アグァッ!」武命は激痛に耐えながら後ろへ倒れ込む。航平は喉の骨を折るべく、倒れこむ武命を追って腕を伸ばす。


 武命は伸び切った航平の手首を両腕で掴み、体ごと捻っていく。捻り続けると航平の腕は武命の脇に挟まる。捨て身の脇固わきがためが完成した。

 航平ほどの武道家に、単純な捨て身技は通用しない。武命は地面に膝をつき、体幹の力を脇固めに伝える。


 ブチブチッ! 航平の肘の靱帯が切れる音が聞こえる。しかし、航平は脚を送り出して武命の膝を蹴ろうとする。

 武命は航平の蹴りをかわしながら、航平の首に手刀を叩き込む!


 航平は手刀で脳が揺らされていながらも、起き上がる動作をそのまま肘打にする。武命の胸に当たり、肋骨が折れる。

 後ずさった武命に航平が大きく踏み込み、掌底を打ち込む。

 武命はその航平の腕を鉄槌てっつい(手刀を握った形)で撃ち落とす!


 航平の腕が落ちる。 武命は重心を落としながら大きく踏み込んで、航平のあごへ渾身の掌底しょうていを打ち込んだ!



「うぐっ! 見事です、武命君!」


「タフだな、あんた」


「僕の一本貫手ぬきて脇固わきがためで返したのは見事でした。どうして貫手が来るとわかったのですか?」


「あんたの殺気だよ。 強すぎる殺気で、必殺の急所を狙ってくると思ったのさ」


「人体急所をおとりにするとは……。狂人の発想ですね。 ですが、見事でした」



 航平は武命に鼈甲ベッコウ琥珀コハク滑石カッセキの勾玉を投げてよこす。


「それは差し上げます。 今回は僕の負けです。また鍛錬たんれんの楽しみが増えました。 ありがとう、武命君」 

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