第2話 治療と人違い

 かがりは肩の骨が外れていた。周りの靭帯なども傷を負ったようだった。

腕を上げることも出来ないのでこれ以上戦うのは無理だろう。


「ひ、ひどいことしないで! 本当に人違いなの!」


「……悪いが荷物と身体を調べさせて貰うぞ。」


 篝の持ち物を全て調べる。着ている服も身体も調べる。しかし、勾玉まがたまは無い。


 ルールでは各流派の代表者が勾玉を身につけて戦い、勝者が勾玉を奪っていく。

 最初に6つ集めた流派に、国から特権と役職が与えられる。古武術の道場などという商売的に安定しない職業の経営者にとっては最高のご褒美だろう。


 しかし、篝は勾玉を持っていない。本当に人違いなのか?

 対戦相手は自分の持つ情報網を使って勾玉の持ち主を探して戦っても良い。

 情報収集が苦手な者は、公安調査庁の指示を受けて決闘しても良い。

 武命たけるは指示を受けて来たのだが、プロでも間違えるのだろうか?


 武命は篝に服を着させてあげる。肩関節は整復したが、まだ着替えは難しい。


「悪いけど篝の実家へ行かせてもらう。勝者の当然の権利だよな?」


「す、好きにしたらいいよ」 篝はもう開き直っている。



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 篝の実家は古民家といった見た目で、道場は集会場のようなプレハブ小屋だった。武命は道場に案内してもらう。外はもう真っ暗で灯りをつける。中には老人がいた。


「うわっ! びっくりした」 誰もいないと思っていたので、驚く。


 老人はボサボサの白髪が肩まで伸びていて、作務衣を着ている。真っ暗な中で瞑想でもしていたのか、板間にあぐらをかいて武命たちを待ち構えていた形になる。


「おじいちゃん……。 あ、あの、私……」


「負けたのか?かがりよ。 こんなに早く負けて帰ってくるとは、流石に予想外じゃ」


「う、うぅ……」 篝は目を閉じて恥を耐えている。


「それで?小僧、貴様の名前は?」 老人が武命に向き直す。


「俺は香取武命かとりたける。『枝打ち』の勝者なんだが、篝ちゃんは勾玉を持っていないぜ? ルール違反なんじゃないか?」


「違反ではない。我が家の代表はその娘の姉、あかりじゃ。貴様、公安の調査官に騙されたんじゃあないか?」


「はあ!? なんだって?」


 確かにこの選抜『枝打ち』は勾玉を集めさえすれば、その方法は基本自由。スパイ育成のためのプログラムなのだ。「対戦相手くらい自分で調査しろ」というのが公安の本音かもしれない。

 しかも今回求められているのは「武術」であって「武道」ではない。教育的な道徳は求められていない。

 つまり卑怯な手段大歓迎ということだ。


「小僧、今日はもう帰れ。 かがりは貴様にくれてやる。好きにするが良い」


「なっ!? 自分の孫をなんだと思っているんだ!?」


「そんな!? おじいちゃん、どうして!?」


「わからんか? 負けた上におめおめと生きて帰ってきた娘を信じる頭領はいない。お前がその男にたらし込まれた可能性がある以上、我が家には帰ってくるな」


「そ、そんな……」 篝は自分の身体を抱き、ガタガタと震えている。


 一族から見捨てられることがそんなに恐ろしいのだろうか?どんな家なのだろう?正直、負傷した女子高生を預けられても足手纏あしでまといいになるだけだ。武命にとってなんの利益はないのであるが、武命は篝を見捨てることができなかった。


「わかった。 ありがたく頂いていくよ。かがりは超役に立つからな!超! 爺さん、あかりによろしくな。 行こう、篝!」


 武命は篝の手を引いて道場を出る。篝はショックが大きいようで、おぼつかない足取りである。目は髪で隠れているが、そのほおは涙で濡れていた。



(仕方ない、実家に頼るか。女子高生と電車で移動か。職質されなければ良いが)



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 東京郊外の武命の実家、離れに道場がある以外は一般的な日本家屋に帰ってきた。


「あ、お兄ちゃん。おかえり! その子彼女!? JK!? ロリコン!?」


 ジャージ姿の武命の妹「理衣奈りいな」が迎えに出てくる。


「リーナ、篝に服を貸してあげてくれないか?」


「篝ちゃんていうんだ? 別に良いけど、この子どうしたの?」


「後で説明するよ」




 香取家のキッチン。母親と妹と4人で食卓を囲む。あったかいお鍋だった。


「なるほど、家出じゃなくて家から追い出されたのね。今時酷い話だね。うちは全然迷惑じゃ無いから、いくらでも泊まって行きなさい!」

 


 「枝打ち」のことは家族には内緒にする。 怪我は稽古中の事故という事にした。

 夫を亡くして、子供二人を女手一つで育てながら、香取流柔術を護身術として経営する武命の母は、篝の面倒を見てくれるようだ。


「ありがとう、かーちゃん。助かるよ。リーナ、篝の肩に包帯巻いてくれないか?」


「良いけどさ、兄貴がやればいーじゃん!」


「俺がやっても良いけど、裸になって貰う必要があるからな。篝が可哀想だろ?」

 すでに一度ひんいた後だが、不要な恥はかかせたくなかった。


「み、みなさん……。あ、ありがとうございます。 私、なんてお礼したら良いか」


 武命の母が、ニカっと笑う。

「篝ちゃん、良い子じゃないか! お礼だって言うなら、香取家のお嫁さんになっておくれよ!」


「え、ええぇ!?」 篝が珍しく大きい声を出す。


「かーちゃん!からかわないでやってくれ! 篝は繊細なんだ。 篝、先にお風呂入っておいで。その後包帯巻くから。患部は温めないほうがいいぞ」


「わー、本当だ、酷い怪我だね。 痛そー。 一体どうしたの?」


「え、えっと。 そのぅ……」


 篝が武命を上目遣いで見る。


「いやあホント、酷い話だよな……」

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