入隊試験

5年前までは街だったその場所は、妖魔と呼ばれる人ならざるモノに襲われ、今は誰も住んでいない。

以前はデパートだった3階建ての建物も、壁のあちこちに穴が空き、外から中が丸見えだ。


もはや廃墟と言っても過言ではない。なにせ人が足を踏み入れたのは実に3年ぶりのできごとなのだから。


「は!?そんなやり方今までやったことがありません!」


聞こえてくるのは、ひとりの女性の叫び声だった。声の発生源は3階のショッピングスペースで、女性の前には、10代半ばの少女と同い年ぐらいの男が立っていた。


彼らの目的は、この地に現れた妖魔の排除だ。5年前にはすべて排除したはずだったが、数ヶ月前に新たな妖魔が現れたと情報が入ったのだ。


それも確かなものではなく、離れた場所に現れた妖魔の発生源がここである可能性があるという程度のものだ。


本来ならば、調査専門の先遣部隊が足を運び、得た情報を元に妖魔を討伐するための討魔隊が派遣される。

だが今回は異例だった。


今この場にいるのは討魔隊で、先遣隊の情報のないぶっつけ本番状態だ。

そもそも、討魔隊に入れる人間は限られている。


妖魔と戦うためには特別な力が必要で、その力を得るためにはとてつもない努力が必要だ。

だからこそ先遣隊を派遣し、妖魔と戦える人間の被害を最小限に抑えていた。


「その程度、私ひとりで十分です!」


女性は声を荒らげ、剣を抜いた。

彼女は厳密に言えば討魔隊のメンバーではない。


今日この地で、正式にメンバーになれるかの試験を受けるところである。


「これは訓練じゃない。実際に妖魔も出てくる。慎重に動くべきだ」


男がなだめるが、女性は一向に聞こうとはしない。


「この剣と私のこの力さえあれば大丈夫です!今までそれでうまくいってきたんですから!」


彼女の言葉に嘘はない。これまでにいくつもの妖魔の群れを、ひとりで倒してきた。

その力は絶大で、正しく使えば多くの人を救うことができるだろう。


それに試験ということもあり、いいところを見せたいという思いもあったのだろう。

男はやれやれと言った様子で、諦めたように言った。


「好きにするといい」


女性は頷くと、ひとりで歩き出す。妖魔に対して、「返り討ちにしてやるから、早く襲ってこい」と言わんばかりに。


「#蓮__れん__#君怒ってる?」


黒髪の少女が少年の顔を覗き込んだ。


「怒る?そんな感情はとっくの昔に捨ててきたさ」


その言葉どおり、蓮と呼ばれた少年は無表情のままで、ひとりで進んでいく女性の背中を見つめる。


「うーん…じゃあ聞き方を変えるね。不合格?」


討魔隊の採用基準は、部隊ごとに様々だ。

各部隊には部隊長がいて、判断の全権を委ねられている。


そして、この部隊の全権を握っているのが蓮だった。


全権があるとは言え、試験で実際の現場に行くことはほとんどない。

妖魔と戦える存在は貴重だ。


今は部隊に合わなくとも、正しく教育すれば戦力になることだってある。

もし死なせようものなら、上からのお小言は避けられない。


だが、蓮にとって世間体などどうでもいいことだった。


「もう送った。彼女は1分前から我々の管轄ではなくなった。自分の判断で妖魔のいる地に足を踏み入れた、ただの一般人だ」


言い終わったと同時に、悲劇は起こった。女性の足元が崩れ、周囲に大きな穴を作り出す。

「キャー」と悲鳴を上げながら女性は落ちていき、蓮たちの視界から姿を消した。


そして、落ちた場所には、瓦礫の山が積み上がった。

中からは人の気配はしない。助けを呼ぶ声も、抜け出そうと抵抗する様子もない。


「だから慎重に動くべきだと言ったんだ」


崩れたのは女性が歩いた場所だけだった。元々ボロボロだったところに刺激を与えたせいなのか、はたまた他の理由があるのかは分からない。


ひとつ言えることがあるとすれば、蓮は目の前で落ちていく女性を見捨てたということだ。


「入隊の条件はただひとつ。素直であること。指示を聞かないものは不要だ」


「レンレンは相変わらず厳しねー」


蓮と黒髪の少女しか立っていなかったはずの場所に、いつの間にか少女がひとり増えていた。

金色の髪を揺らし、人懐っこい笑みを浮かべる姿は、廃墟の中では異質な存在にも見える。


「常に命のやりとりをする場所にいるんだ。信頼できない要素がひとつでもあるなら切り捨てる」


「知ってるよー。それにウチもその考えには賛成だから」


金髪の少女の顔には先程までの笑みはなく、感情を失った赤い瞳は冷たく光った。


「それでミキ、妖魔の拠点は見つかったか?」


加藤ミキ。それが金髪少女の名前だ。

彼女は別行動で妖魔の動向を探っていた。


「うん、大まかな場所は分かった。森の中から穴を掘って、この町の地下につなげているみたい」


「建物が崩れたのはそれが原因か?」


蓮は無表情に瓦礫の山を見つめる。

情など一切感じさせず、冷静の目の前の出来事を分析しているようだ。


「そこまでは分からないかなー。そういう難しいことはウチの管轄じゃないから」


「ゆきなと絵里は安全地帯にいるか?」


「そだねー。呼んでこようか?」


脳天気な声に、蓮は淡々と答えた。


「絵里を呼んできてくれ。ゆきなはそのまま待機で」


「オッケー、えりりんだねー。穴の座標はレンレンに送っといたけど、集合場所はそこでいい?」


「ああ、頼む」


「オッケー」



言い終わるが早いか、ミキの姿はすでになかった。

蓮と一緒に残ったのは、黒髪の少女だけだ。


「蓮君、ひとつ聞いてもいい」


「ああ、いいぞ。玲奈」


三好玲奈。キレイな黒い髪は腰まで伸びていて、和風美人という表現がしっくりくる。おまけに普段から巫女服を着ていて、あまりに似合っているものだから、初対面の人からは本物の巫女と良く間違われる。


「建物が崩れって分かっていたの?」

「いや、それはない。ただ建物が老朽化している上に、妖魔がどこかに隠れているかも分からない。崩れることよりも、敵の急襲がないかの方が不安だった」

「だから絵里ちゃんじゃなくて、私が一緒に来たんだね」


話題に出てくる絵里は、言ってみれば部隊の参謀だ。状況分析力が優れている一方で、戦闘力は皆無に等しい。


「ああ。今回は情報のない場所に行くのに加えて、信頼できるか分からない人物も一緒だったからな。結果的に正解だったわけだが…と、話はここまでだ。自分たちも移動しよう」


「うん。足場には要注意だね」


「いや、崩れる可能性がある以上、もっと安全な方法を使おう」


蓮は足元に手を触れると術を発動した。周囲の足場が光で包まれ、建物の端からは地面に向かって光の足場ができあがった。


「確かにこれなら安心だね。さすが蓮君」


「褒めても何も出ないぞ」



感情を感じさせない無機質な声と表情。蓮は淡々と答えていたが、玲奈はどこか嬉しそうだった。

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