第150話 猛攻のカーラード

 魔王城で激戦が繰り広げられる一方、異空間の中の城でも、運命を賭けた戦いが始まろうとしていた。


 その舞台となるのは、前後左右に階段があり、踊り場に大きな絵画がある、四方がまったく同じ景色のホール。

 シレオンが創り上げた異空間の中に、新たに創り出された異空間の中である。


「私を食うだと?」


 ドスのきいた低い声がホールに響く。

 カーラード議長は金色の鋭い目でグウたちをにらみつけた。


「笑わせるな。これしきのことで優位に立ったつもりか? まさか、これで私を閉じ込めたとでも思っているのか?」


 ギルティはギクッとした。


 たしかに、空間魔法は封印魔法とは違い、相手を閉じ込めるための魔法ではない。

 決して出入り不可能というわけではないのだ。


「ギルティ、ベリ将軍がこっちに入ってくる可能性は?」

 グウが小声でたずねた。


「それはありません。ベリ将軍からは、この異空間は見えてないはずなので」

 ギルティは答えた。

 おそらく、ベリ将軍視点では、三人は透明な壁に取り囲まれたあと、跡形もなく消えてしまったように見えたはずだ。認識できないものには、侵入しようがない。


「空間魔法で作った異空間は、出入口を作らない限り、外からの侵入はまず不可能です。でも、中から脱出することは、より強大な魔力で異空間を破壊すれば可能です……」


「そのとおり」

 と、カーラード議長の落ち着き払った声。

「空間魔法は最高難度の魔法とされているが、苦労して習得したところで、さほど戦闘で使える技でもない。弱者の空間魔法など何の意味もないことを教えてやろう」

 彼は嫌味たっぷりにそう言うと、左手を前に突き出した。大きな手の指に力が込められ、バキッと関節が鳴る。


「避けろ!!」


 グウの声にハッとするギルティ。

 その直後――


 ドオオオン!!

 激しい閃光と轟音。壁に巨大なエネルギーがぶつかった衝撃で空気が震えた。


 気づけば、グウが自分に覆いかぶさって、床に伏せていた。

 間一髪で助けられたのだと気づく。


 攻撃はまだ続いていて、バチバチと、頭上すれすれのところを稲妻が生き物のように暴れまわっていた。


「さて、あと何秒持つかな」

 カーラードは指に力を込め、さらに出力を強める。


 壁にヒビが入り、ホール全体がグラグラと揺れた。

 強力な電撃に異空間が揺らいでいる。


「させない! この中で倒しきる!」

 グウは床に手をついた。

「襲来せよ! 力なき侵略者!」


 緑色のつる植物が床から大量発生し、カーラード議長に向かって伸びていく。


 だが、議長の反応は速かった。

 今度は右手を前に出すと、手の平から炎を噴射した。


 増殖を続けるデクロリウムの蔓と、それを焼き尽くす炎。

 炎は一気に燃え広がり、ホール内に煙が立ちこめた。


美味しい水フレッシュ・ウォーター!!」


 ギルティのつえについた人面鳥の口から、勢いよく水が噴射された。

 消火を試みるが、魔力で勝るカーラードの炎のほうが勢いが強く、なかなか鎮火できない。


 そのとき、カーラードの背後でサッと影が動いた。


 ザクッ!!


 グウの剣の切っ先が、カーラード議長の左手のてのひらを貫いた。

 光線のような、鋭く速い刺突。

 議長はシールドを張ろうと手をかざしたようだが、一歩遅かった。


「この……!!」


 ボオオッと、逆の手から炎攻撃を繰り出すカーラード。


 グウは素早く距離を取る。そして、再び攻撃に転じようと地面を蹴ったそのとき、カーラードが左手で電撃を放った。


 至近距離のため避け切れず、グウの体に衝撃と痛みが走った。


「くっ」

 体がしびれ、思わずひざをつく。


 そのすきにカーラードは床に手をかざし、見覚えのある武器――トゲトゲのついた大きな金棒を地面から取り出して、グウに向かって振り下ろした。


 ゴオォン、と低い金属的な音がホールに鳴り響く。

 身長二メートルのカーラードが振り下ろす巨大な金棒。それをサーベルで受け止めた衝撃はかなりのもので、グウは手が痺れた。じりじりと押しつぶされそうになるのを、左手を剣のみねに添えて、どうにか両手で受け止める。


水の錐ハイドロ・ドリル!」 

 ギルティの声が響いた。


 杖の人面鳥の口から、ものすごい水圧の水がビームのように発射される。


「くだらん」

 カーラードは右手に金棒を握ったまま、左手でシールドを展開した。


 二対一でも、ほとんど圧されている感じがないカーラード議長。

 怪力もさることながら、反応も身のこなしも速くて隙がない。


 彼はもちろん、ギルティのように人間の魔法なんて使ったりしない。小難しい呪文を唱えたりもしない。

 彼が使うのは、魔族が最も得意とする、原始的な放出系魔法。炎や雷を出すだけなら下級魔族にも可能だが、違うのはその圧倒的な出力だった。

 まさに力こそパワーといった戦法。


 ガキイィン!!

 金棒の横薙ぎの攻撃を剣で防ぐグウ。

 すさまじい衝撃だ。普通のサーベルであれば確実に折れているだろう。


 カーラードはそのまま腕を振りぬいて、怪力でグウを壁まで吹き飛ばした。

 さらに態勢を立て直そうとしたところを、すかさず電撃で攻撃。


「うっ」

 この電撃がかなり厄介だった。

 殺傷力の高い技ではないが、高速の電撃を避けるのは、魔族の身体能力をもってしても困難を極める。

 グウは再びひざをついた。

 動きを止めたところに、カーラードが金棒で襲いかかる。

 剣で防ごうとするが間に合わず、金棒の直撃を受けて体ごと壁に叩きつけられた。


「グウ隊長!!」


 壁にヒビが入り、ずるりと床に落ちたグウは血まみれだった。

 腕がおかしな方向に曲がり、骨がそでを突き破って飛び出ている。


 ギルティは血の気が引いた。

(右腕が……あれじゃもう剣は……)


「ギルティ……あれを!」


「あれって!? ……あ!!」

 グウの声にハッとしたギルティは、急いで首にかけたペンダントをブラウスの中から引っ張り出した。



 ――もし、俺がヤバい重症を負ったら、この石をかざして『再生せよ』って唱えて欲しい。



 その言葉を思い出した彼女は、大きな声で叫んだ。


「再生せよ!!」


 エメラルド色の宝石がきらりと光った。


 ギギッ、ゴリゴリッ。


 砕けた骨と飛び散った血肉が、不気味な音を立てながら接合されていく。

 まるで逆再生の映像を早送りで見ているような……


 そうして、大きく裂けたそでから見えたのは、傷のないつるりとした皮膚だった。

 ほんの数秒で、折れた腕が元通りになった。


「なっ」

 カーラードは驚愕きょうがくの表情を浮かべた。

「なんだ、その再生スピードは……いにしえの魔族並ではないか」


 驚いているのはギルティも同じだった。

 これほどの再生スピードは見たことがない。

 いったい何が起こったのか……


 カーラードはちらりと自分の手の平を見た。

 すでに血は止まっているものの、まだ完全に回復しきっておらず、痕も残っている。

 自分も回復力は高いほうだが、グウの回復スピードは、完全にそれを上回っていた。


「なるほど。その石か」

 カーラードはジロリと、ギルティが首から下げた緑色の宝石に目をやった。

「たしかその石を使えば、お前に何でも命令できると魔王様が言っていたな。つまり、再生せよと命じることで、自身の再生能力を上回る回復効果を発揮できるというわけか」


 グウは腕を曲げたり伸ばしたりして、感覚を確かめたあと、

「まあ、そんな感じですかね」

 と、答えた。


 ギルティは衝撃のあまり絶句した。


(な、ななな!? グウ隊長に何でも命令できる石!? なんでそんなアイテムがこの世に存在するの!? ていうか、そんな大事な物を私が預かってていいの!?)


「興味深い品だ。つまり、小娘からそれを奪い取れば、勝利は確定というわけだな」

 カーラードがギルティのほうを見てニヤリと笑った。


「!!」

 ギルティはハッとして石を握りしめる。


「渡すかよ!」

 グウは床に残ったデクロリウムの根に触れた。


 するとつるが一気に息を吹き返し、爆発的に生い茂り、カーラード議長の腕に巻きついた。

 議長はそれを怪力で引きちぎり、さらに炎で焼き払う。


溺死の牢獄アクアプリズン!!」


 ギルティの杖から大量の水が噴射され、議長のまわりに水の膜を作った。相手を水の中でおぼれさせる技――のはずだったが、彼は金棒で薙ぎ払うだけであっさりと脱出してしまった。


 カーラードはグウに向かって左手をかざした。グッと指に力をこめる。


「電撃はやめたほうがいいですよ!」

 ギルティが叫んだ。


 たしかに、それは彼が電撃を繰り出すときの動作だった。


「足元をよく見てください」


 カーラードが足元を見ると、靴が半分ほど水に浸かっていた。

 いつの間にか、ホールは水浸しだった。

 ギルティが何度も水系の魔法を使ったからだ。


「この状態で隊長を電撃で攻撃すれば、床の水たまりを通じてあなたも感電しますよ」

 ギルティは警告した。


「…………」

 カーラードは眉間にしわを寄せ、ギリッと奥歯を噛んだ。


 ギルティが水系の魔法を多用したのは、カーラードの電撃攻撃を封じるためだったのだ。


「ナイスだ、ギルティ!」

 グウが弾んだ声を上げた。


「小賢しい弱者どもめ……圧倒的な力でねじ伏せてくれる!」

 カーラードはそう言うと、ゴォン、と金棒で床を思い切り叩いた。

「出でよ!! 赤毛の鬼ドムウ!!」


 メリメリメリメリッ

 大理石の床に亀裂が走り、赤い体毛に覆われた巨大な手が飛び出してきた。

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