第144話 黒幕日記④

 12月1日。


 異空間に浮かぶ天空の城で、僕は秘密のお茶会を開いた。

 招待したのは、ベリ将軍とカーラード議長。

 ここで、ベリちゃんを正式に『魔界再生委員会』にお誘いする。


「――というわけなんだけど、わかってくれたかな? ベリちゃん」


 デボラの声で説明を終えた僕は、彼女のほうに目をやる。

 ベリは白いテーブルクロスの上に突っ伏して、スヤスヤ眠っていた。


「あれ? ベリちゃん? おーい!」


 ベリはぼんやり目を開けると、寝ぼけた顔でこう言った。

「んー? ごめーん。説明が長いから途中で寝ちゃった。結局、私に何して欲しいんだっけ?」


 これには、僕もクソデカため息です。

「まったく。何も聞いてないじゃん。ベリちゃんには、作戦当日に魔王軍を率いて、グウと親衛隊が守る魔王城を攻略して欲しいんだってば」


「えっ、何それ、楽しそう!」


「でしょでしょ?」


 結局、ダリア討伐作戦で魔王親衛隊を崩壊させる計画は失敗に終わった。ならば――と、グウを反逆罪で告発するも、先日、無事釈放されてしまい、また失敗。

 こうなったらもう、ベリちゃんに殺してもらうしかないよね。


 たとえデメの暗殺が成功したとしても、グウが僕たちに降伏することはないだろう。むしろ、僕やカーラードから人間界を守るため、死に物狂いでデメの屍肉を奪いに来る可能性すらある。

 奴に時間を与えてはいけない。デメの暗殺と同時に始末しておくべきだろう。

 急に主君が消えて混乱しているところを一気に潰しちゃえ。


「でも、たぶん私、グウちゃんには余裕で勝っちゃうよ? 勝ったらデメちゃんと戦える?」

 ベリは無邪気な顔でたずねた。


「いや、だから、デメは僕が異空間に呼び出して始末するから、その肉を三人で山分けしましょって話」


「ええっ、そんなのつまんなーい! デメちゃんと戦えないんじゃ意味ないじゃん。私やらなーい」

 ぷくーっとほほを膨らませるベリちゃん。


「そう言わないで、ちゃんと聞いてよ。デメと戦うより、もっと楽しいことになるからさ!」


「楽しいこと?」


「そうそう。考えてみなよ、ベリちゃん。今、君が退屈してるのは、自分が強くなりすぎて、強敵と戦う機会がなくなっちゃったからでしょ? 現状、魔界で君より強いのはデメだけだ。つまり、デメを倒しちゃったら終わりってこと。今デメと戦えば、一回は楽しめるかもしれない。でも、一回だけだ。それでいいの?」


 ベリは真顔になった。

 ガラス玉のような目で、僕をじっと見つめる。


「でも、デメの肉を食えば、僕やカーラードもパワーアップできる。たぶん今の君より強くなっちゃうよ? もちろん、ベリちゃんにだって肉の取り分はあるけど、べつに自分で食べなきゃいけないって決まりはない。魔王軍の部下にあげたっていいんだ。好きなだけ強い奴を増やせばいいよ。そうしたら何回戦える? 数えてみなよ! 猛者もさたちがしのぎを削った戦いの日々を、もう一度やり直せるんだ。また三人で天下を賭けて争ったっていい。三国戦争時代の再来だ!」


「三国戦争時代……!」ベリの目がキラキラと輝いた。「最高じゃん!」

 無邪気な喜びが顔中にあふれる。

 きっと、この子はあの時代が一番楽しかったんだろうな。


「で、ベリちゃんとグウが戦ってる間に、カーラード議長殿は政敵のデュファルジュ元老を暗殺――って流れでいいかな?」


「それについては――」

 カーラードが答えようとしたそのとき、


「デュファルジュは殺すな」

 ベリが急に低いトーンで言った。

「あのおじいちゃん、私の恩人なんだよね。だから殺しちゃダメ♪」


 少しの沈黙。


「……ま、いいでしょう。ベリちゃんがそう言うなら」

 僕はカーラードに目配せをする。


 わかるよね、カーラード。

 ウンと言っとけばいいよ。こんな口約束なんて意味ないんだから。


 そう。だって、この日死ぬのはデメとグウだけじゃない。

 ベリもだから。


 もとより、僕たちは彼女に分け前を与えるつもりはなかった。

 ベリを始末することは、事前にカーラードと合意済みだ。 


 そして、殺すなら彼女がもっとも消耗しているタイミング――ベリとグウを戦わせ、ベリが勝利した直後だろう。

 漁夫の利を得るラッキーな役目は、カーラード君に任せよう。うまくいけば、ベリとグウを両方食えるぞ、議長殿。

 デュファルジュなんて、そのあとゆっくり殺せばいいっしょ。


 カーラードはコホンとせき払いをした。

「となると、私が魔王城に出向く意味はほとんどありませんな。ベリ殿と魔王軍がいれば、戦力としては十分。ならば、私もこの異空間で待機させていただこう」


 お?

 なんだ? 気が変わったのか、カーラード?


「ほーん。べつにいいけど? またどうしてコッチに?」


「魔王様を殺す役目は貴殿が引き受けると言いましたな。それは大いに結構。だが、魔王様を殺したあと、その屍肉を貴殿が独り占めしないという保証はない。もし、その場で貴殿がデメ様の魔力をすべて吸収すれば、私やベリ殿を殺すのは容易なこと。そのような好機を、みすみす貴殿に与えるとお思いか?」

 カーラードは金色の目でギロリとこちらを見た。


「アハハッ。そうか。君はまだいにしえの魔族を食ったことがないのか」


「何ぃ?」

 一瞬で不機嫌な顔になるカーラード。

「それがどうしたというのだ」


「君が思ってる以上に、古の魔族の魔力はすさまじいってことさ。デメをいっぺんに食うなんて無理だよ」


「……たしかに、一度に大量の魔力を吸収するのは、肉体への負担が大きいが――」


「いやいや、そんなモンじゃないんだって」

 彼の言葉をさえぎって、僕はパタパタと手を振る。

「僕が初めて魔王を食ったとき、どうなったか教えてあげよっか?」


 経験の浅いカーラード君のために、僕は手短に実体験を語ってやった。

 初めて魔王になったときの話。

 倒したのは、第二代魔王レギ。めちゃくちゃ強い魔王だった。

 なにせ、ベリちゃんを倒して魔王になった奴だからね。同じ古の魔族であっても、当時の僕の何倍も強かった。

 ただ、彼は完全な脳筋タイプだったので、謀略の限りを尽くしたら殺せた。


「もちろん、すぐに死体を食ったよ。ほかの奴に横取りされたら最悪だからね。急いで魔力を吸収しようとした。で、僕がどうなったと思う?」


「…………」

 カーラード君は回答せず。


「爆散したんだよ」


「何と?」

 彼は眉間にしわを寄せた。


「強すぎる魔力に細胞が拒絶反応を起こして、体の半分が吹き飛んだ。いやぁ、焦ったよ。ふつうの負傷と違って、すぐに回復もできないし。仕方なく、近くにいたアンデッドと融合して、どうにか生き延びることができた。ちなみにデメの魔力は、低く見積もっても魔王レギの十倍。とてもじゃないが、一人で一気に食うなんて無理さ。少しずつ、何日かに分けて食わないと」


 ちなみに、これはマジな話。

 ベリちゃんなら知ってるかな、と思ってチラ見すると、またしても彼女は眠っていた。まあいいや。ここからは彼女が聞く必要のない話だ。


「僕の話が信じられないというなら、君がデメを殺すかい? それで奴を一気にドカ食いしてみるといい。きっと派手に吹っ飛ぶから。アハハッ。まあ、その前に、君がデメを殺せるならの話だがね」


 カーラードは苛立いらだちで目尻をピクピクさせながらも、

「信じられぬとは、一言も言っておりませんぞ」

 と、平静を装った。

「貴殿の言う通り、いくら魔王様が自ら命を差し出したとしても、私にはあの方に致命傷を与える術はない。あの異常な生命力を持った化け物を殺せるとしたら、貴殿のあの魔法しかなかろう」


「そうそう。君も300年前に見てたもんね。僕の『腐食光線』がデメに傷を負わせるところを」


 300年前のドクロア城での戦い。

 あの日、僕の放った腐食光線がデメの腕をかすめた。

 ほんの小さな傷だったが、たしかに皮膚を切り裂いた。


「いかにも。かすり傷ではあったが、貴殿が魔王様に与えた傷は、数日経っても回復せず、結局、その部分を切除しなければ皮膚が再生しなかったと聞いている」


 カーラードは当時の状況を語り、僕はうなずく。


「腐食光線は、古の魔族の再生能力を上回るスピードで組織を破壊する死の魔法だ。本来なら徐々に傷口が広がっていくはずだが、そうならなかったのは、デメの回復力が強すぎて、腐食光線の破壊力と拮抗きっこうしていたからだろう。だが、それで問題ない。傷が再生しないということが分かれば十分。まあ、任せてくれ。僕は今まで三回も魔王になったが、三回とも前魔王を殺して王座を奪っている。もはや魔王殺しのエキスパートと言っても過言じゃないよね!」


 フッフーン、と僕は胸を張って言った。

 カーラードは無反応だったが、かまわず続ける。


「デメは魔祖まそから竜の姿を経て人型になったという点では、第二代魔王レギと同じだ。竜族って、うんざりするほど強いんだけど、決して不死身じゃないんだよね。僕みたいにバラバラになった体の一部に意識を留めたりはできないワケ。大概、首を落とせば死んじゃう。てことは、デメだって、再生不可の腐食光線で頭部を切断し、一定時間体と分離すれば、ほぼ間違いなく殺せるはずだ。無抵抗であれば、たぶん僕より殺しやすいよ。自分で言うのもなんだけど」


「無抵抗であればな……」

 カーラードが低い声でつぶやく。

「シレオン伯爵、今一度問うが、本当にデメ様は命を差し出すのか」


「心配症だな、カーラード。大丈夫だよ。そんなに怖がらなくたって、そもそも君はデメの前に姿を現す必要すらないんだから。最悪、無関係でしたってシラを切り通せば? それに、もしデメが土壇場で命を惜しんだとしても、ちゃんと策を用意してある。もし、人質作戦が失敗した場合は、異空間ごとデメを封印しちゃう予定だから」


「封印だと? あのデメ様を? そんなことできるはず……」


「それができるんだよ。とある方法を使えばね」


 僕はその方法を詳しく説明した。

 カーラードは恐れ入ったような、あきれたような顔をした。


「そのような大がかりな仕掛けまで……」


「もし計画が失敗しても、この方法でデメを封印すれば、少なくとも怒り狂ったデメに殺される心配はなくなる。だが、それだと、せっかくの魔王の肉が食えなくなる。この世で最も魔力の詰まった極上の肉が。それはあまりにもったいない。だから、封印はあくまでも最終手段だ。まあ、そうなる可能性は低いと思うよ。きっとデメは死んでくれるからさ」


「なぜそんなことが分かるのだ」


「フフンッ。これを見れば、君もきっとそう思うよ」


 僕は机の上のタブレットを手に取り、デメのスマホから発見したメモ帳のデータを見せてやった。


 そこからのカーラードの表情の変化は面白かった。

 驚き、呆れ、怒り。

 それは、彼が主君を完全に見限るのに、十分な威力を有していたようだ。


「もはやデメは魔王にあらず……!」

 ドンッ、と彼は机を叩いた。

「魔導協会と密会していたグウを許したことといい……あの方の心は、完全に人間に毒されてしまっている!」


「そうだねえ。魔導協会の件は、僕も手応えがあったんだけどなあ。まさか許されるとはねえ」


 僕は音声データを提供してくれたコーデリアに対して、申し訳ない気持ちになった。

 まあ提供というか、正確に言うと、奪い取ったのだけど。

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