第143話 黒幕日記③

 11月1日。

 僕はダリア市内にある、とある化学メーカーの研究施設に招かれた。

 応接室で待っていたのは、銀髪でボブカットが似合う綺麗なお嬢さん。


「初めまして、ミラー社長。魔導協会ヴァルタ支部・支部長コーデリア・エルドールと申します」


「お会いできて光栄です、コーデリアさん。いやあ、ずいぶんお若いんですねぇ。びっくりしちゃった」


 僕の言葉に、コーデリアは軽く愛想笑い。

 ソファに腰を下ろすと、さっそく本題に入る。


「本日お招きしたのは他でもありません。様々なビジネスを通じて、魔界と深いコネクションをお持ちの貴方に、ぜひ相談に乗っていただきたいことがありまして」


「おや、どんなご相談でしょう? コネクションといっても、ちょっと知り合いがいるくらいなんですが」


「ある魔族について教えていただきたいのです。グウという名前の魔族なんですが」


「ほう?」


 コーデリアは口元に上品な微笑を貼りつけたまま、淡々と事情を説明した。

 彼女の目的は魔界に内通者をつくることらしい。それも、できるだけ魔王デメに近いところに。


「私の先祖がグウさんという方に大変お世話になりまして。かなり人間に好意的な方のようなのですが、貴方から見ていかがでしょう?」


「私から見て? なぜ私が彼を知っていると?」


「あら、お知り合いではないのですか? たしか、マジカル電気通信という会社が回線工事の打ち合わせで魔王城を訪れた際、グウさんを呼び出すように指示されましたよね? あの業者を斡旋あっせんしたのは貴方でしょう? なので、てっきりお知り合いなのかと」


「アハッ。よくご存じで! さすがは魔導協会。あちこちにスパイがいるという噂は本当なんですね!」

 やるじゃん、魔導協会。

 さすが、大昔から暗躍してるだけあるね。

「いい人選じゃないですか? たしかに彼は魔族の中ではかなり温厚なほうだし、最も人間に好意的な部類ですよ」


「よかった」

 コーデリアは顔の前でポンと手を合わせた。

「ですが、いくら温厚な方とはいえ、魔族との交渉には不安が伴います。なにせ、こちらのお願いは『魔族を裏切れ』と言っているも同然。応じてくれるか心配ですわ。何か、こう、こちらの頼みを断れないくらいの、弱みでも握れればいいのですが……ご存じありません?」


 灰色の美しい目を上目づかいにして、彼女はたずねた。

 可愛い顔してなかなか腹黒いことを聞くなあ。


「アハハッ。あいにく弱みは知りませんが、なければつくればいいのでは?」


「と言いますと?」


「交渉中の会話を録音し、断れば魔界側にバラすと脅せばいいんですよ」


「なるほど? しかし、魔界側にバラすということは、我々の企みも魔族に知られてしまうということ。下手に敵を刺激すると、人間界に危険が及ぶ可能があります」


「それが狙いです。グウという奴は、それを放っておけない男なんですよ。だから脅しが成立する。あいつは人間界を危険にさらせない」


 コーデリアは一瞬、驚いたように目を見開いたあと、

「なるほど。フフフフフッ」

 と、妙に楽しげに笑った。

「さすがは、魔界との外交において影の交渉人と呼ばれ、ダリア条約や例の無限ゴミ処理施設にも関わっていると噂される、ラウル・ミラー社長。貴方とはとても気が合いそうですわ。よろしければ、私の研究成果をご覧になりませんこと?」


 思いのほか意気投合。

 このコーデリアちゃんて子、けっこうクセ者っぽいし、類は友を呼ぶってヤツかな?

 僕は『関係者立ち入り禁止』と書かれた地下エリアに入れてもらえることになった。


 その施設は、表向きは化学メーカーの研究所とされているが、じつは地下に魔導協会の実験場があり、ダリア市で生け捕りにした魔族を使って、秘密の実験が行われていた。


 そこで僕が目にしたのは、人間を使った人体実験では到底できないような、サイコな実験の数々。

 バラバラになってホルマリン漬けにされた同胞たちの、バラエティに富んだ死に様を眺めながら、僕はコーデリアの解説に耳を傾ける。


 魔法と兵器の効果の検証――と、彼女は誇らしげに語った。


「こちらをご覧になって」


 コーデリアが指さしたほうには、ガラス張りの部屋があった。

 床も天井も真っ白な、手術室くらい清潔そうな部屋の中には、黒いひつぎが一つ、垂直に立てて置かれていた。

 棺には錠前がついた金色の鎖が巻き付いている。


「あの棺の中には、うちの協会員が捕獲した盗賊団・黄金の牙の元幹部が封印されています。今この研究所で管理している中では、最も強い魔族です」


 壁に設置されたモニターには、CTスキャンで撮影されたと思われる、白黒の画像が表示されてる。映っているのは、縦長の箱と、せた男のシルエット。

 たしかに、中には人型の魔族がいるようだ。


「へえ。よく捕まえましたね」


「ナルスのひつぎですわ」

 と、コーデリアは誇らしげに言った。


「ナルスの棺?」


「ええ。大魔法使いナルスによって確立された封印魔法、『ナルスの鍵』の一つです。本来は人間が魔族を封印するための魔法でしたが、呪文の短さと使い勝手の良さから、魔族同士の抗争でもよく使われています」


「ほう」

 と、感心したフリをしてるけど、ホントは全部知ってます。

 それも、よーく知ってます。


 というか、現在進行形で食らってるんだよね。

 なにせ、僕の肉体を封印している魔法が、その『ナルスの棺』だから。


 ナルスの鍵。

 脱出不可の封印魔法で、用途によって三段階の封印がある。


 捕獲を目的とした『ナルスの鎖』。

 拷問や刑罰を目的と『したナルスのくさび』。

 完全封印を目的とした『ナルスの棺』。


 で、僕が300年前にデメにかけられたのが『ナルスの棺』。

 外部から完全にシャットアウトされ、かつ、強制シャットダウン状態に追い込まれるヒドい魔法。


 自分だけのオリジナルの魔法を好んで使うデメが、この魔法だけはアレンジもなしにそのまま使ってる時点で、『ナルスの鍵』がどれだけ封印魔法として優秀なのかが分かる。


「最強の封印魔法と呼ばれる『ナルスの鍵』ですが、格下の相手にしか通用しないという欠点があります。というのも、魔法使いが呼び出した魔力より強い魔力で反発された場合、簡単に破られてしまうからです。ですが、とある回復魔法の技術を応用することで、その欠点を克服できることがわかりました」


 コーデリアの言葉に、僕は素で驚く。


「え、回復魔法で?」


「ええ。『強制自己治癒型自動ヒーリング療法』という、魔界の医師が編み出した回復魔法を参考にしましたの。治療対象者の魔力を強制的に回復魔法に変換するという、珍しいタイプの魔法です」


 あ。その無駄に長いネーミングの魔法はたしか、腐食光線を受けたベリを治しやがった魔法じゃない?

 てか、魔界の医者なんてデュファルジュくらいしかいないし。


「我々はその回復魔法の仕組みを応用し、封印対象の魔族の魔力を強制的に『ナルスの棺』の魔術式に流し込むことに成功しました。つまり、相手が格上だろうと、その相手の魔力を利用して封印できるということです」


「ほえぇ、すごぉい」

 思わずガチで感心してしまった。


「残念ながら、対象を魔法陣の中に一定時間留める必要があるなど、クリアすべき制約が多いため、まだ実用には至っていませんが。でも、この魔法をブラシュアップしていけば、どんな強い魔族でも、一般の魔法使いの力で封印できるようになるでしょう。魔族との戦闘が格段に有利になるはずです」


「素晴らしい。今の時代でも、魔導協会は魔法の発展のために尽くされてらっしゃるんですね。とくにコーデリアさん、あなたの存在は魔族にとって最大の脅威といえるでしょう。あなたこそ、まさに人類の希望だ」


 僕は感動した。

 やはり人間の発想力、応用力、何より勤勉さには驚嘆すべきものがある。素直に拍手を送ろう。


「素晴らしいのはあなたのほうですわ、ラウルさん。魔族を恐れず、むしろ利用することで、莫大な利益を生み出すことに成功していらっしゃる。ぜひまたお話しを伺いたいわ。ダリア市にはいつまで滞在されるご予定?」


「二週間くらいはいるつもりです。もちろん。あなたのお役に立てるなら、何だってお話ししますよ」


 こうして、コーデリア嬢と仲良しになった僕は、今度ディナーに行く約束をした。



 * * *



 11月12日。

 ダリア討伐作戦当日の朝。

 僕はダリア市内のホテルのスイートルームで、ノートパソコンの画面を見ていた。


「ビーズ隊員、うまくやってくれるでしょうか」


 テーブルの上にカップが置かれる。

 コーヒーをれてくれたスーツ姿の眼鏡美女は、秘書のデボラ。


「どうかな。グウは殺せなくても、隊員の何人かは道連れにして死んでくれると嬉しいけど」


 トコトコと、手首から先だけの僕の右手がテーブルの上を歩いて、ラウル・ミラーのかわりにコーヒーに砂糖を入れ、スプーンでかき混ぜる。


 僕たちは少し前まで、魔王親衛隊のビーズ隊員に説得という名の拷問を行っており、さっきホテルに戻って来たばかりだった。


「それにしても、君とカーラードのあめとムチは最高だったな。さすがはデボラ。君は人をいじめるのがうまい」


「まあっ。私はシレオン様の言われた通りにやっただけですよ」

 素敵なデボラは照れ笑いを浮かべる。


 僕は自分の右手を小動物のように肩に乗せ、優雅にコーヒーを飲みながら、ノートパソコンでデメのスマホを盗み見る。

 僕が買ってやった彼のスマホには、もちろん不正アクセスのためのプログラムが仕込んであって、ネットの閲覧履歴も、保存されたデータも見放題だ。

 さてさて、何か面白いものは……っと、新しいメモ帳のデータが四件も?

 何かなー?


 …………。


「…………ッフ」

 内容を理解すると、思わず笑いがこみ上げてきた。

「フフッ、フフフフフッ……アヒャヒャヒャヒャヒャッ!!」


 急に爆笑し始めた僕に、デボラは不思議そうな顔をする。

「シレオン様?」


「クックック……デボラ、僕はどうやら勝てるみたいだ」


「え?」


「突然だけど、デボラ。ちょっと君の体をもらってもいいかな?」


 えっ、とデボラは小さく息をのんだ。


「ああ、ごめん。変な意味じゃないんだ。ちょっと面白いことを思いついてさ。この作戦がパターンDに入ったときのプランBとして、一回死んでみるのもアリかと思って」


「あの……何をおっしゃっているのですか、シレオン様」


 突如、床に魔法陣が浮かび上がり、デボラの顔色がサッと変わる。

「この魔法陣は……」


「一のふう、ナルスの鎖」


 ドアに向かって走ろうとする彼女だが、魔法陣から飛び出した金色の鎖に、一瞬にして四肢を拘束されてしまう。


 蜘蛛の巣にからまった蝶のように、哀れにもがくデボラに、僕はゆっくりと近づいていく。


「シレオン様! どういうことですか!」


 ゴトン、と何かが床にぶつかる音。

 彼女の手だった。手首から先が切断され、床に転がっている。


 僕はそれを拾い上げ、目線の高さに持ち上げた。

 綺麗な手だ。


「ぎゃあああ――」

 事件性のある悲鳴を上げようとするデボラの口に、切り落とした彼女の手を無理やり突っ込む。

「あぐっ!?」


「今まで本当にありがとう、デボラ」


 僕の右手がピョンと彼女に飛び移り、身動きが取れないデボラの体をゆっくりとう。

 そして、手首の切断面に向かって細い神経をチョロチョロのばし、彼女の体を内側から侵食していく。

 デボラはビクンビクンと痙攣けいれんしたり、白目をいたりして、やがてガクンと頭を垂れた。


 そうして、次に顔を上げたときには、彼女は僕になっていた。

 僕の目に映る、もう一人の僕。

 デボラの視界と、ラウル・ミラーの視界。


 一度に二つの体を操るのはけっこう難しいけど、マルチタスクは得意だから任せて欲しい。

 僕はラウル・ミラーの体で、デボラの淹れた最後のコーヒーを飲み干した。



 材料はそろった。

 これから計画は最終段階に入る。

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