第141話 黒幕日記①

 四月。

 アーキハバルにある小さなライブハウスで、僕は初めて彼女と言葉を交わした。


「セイラ、紹介しよう。このライブハウスの新しいオーナー、ラウルさんだ」


 ギラついたチンピラ風の社長が連れてきたのは、まだ幼さの残る素朴な少女だった。


「初めまして。チェリー☆クラッシュのセイラです。よろしくお願いしますっ」


 元気いっぱいの挨拶。いいねえ。

 動画の印象通りの、素直で明るい子みたいだ。


「やあ。よろしくね、セイラ。君、その歳で一人暮らししてるんだって? この辺りは家賃も高いし、大変なんじゃない?」


「そうなんですっ」

 彼女はブンッと勢いよくうなずいた。

「今、時給の高いバイトを探してるんですけど、私の歳だと働けるお店が少なくて……」


「それは困ったねぇ。もしよければ、僕の経営してるレストランで働いてみる? けっこう時給もいいし、美味しいまかないも出るよ」


「まかない!?」

 彼女は目を輝かせた。すごい食いつきだ。

「いいんですか!?」


「もちろんろーん♪」


 こうして、思惑どおり、セイラは僕のレストランで働くことになった。

 僕はウキウキでデメにメールを送る。


『来月あたり、僕のレストランに食事に来ない? もちろん僕のおごりだよ☆』


 案の定、すぐに返事は来なかった。

 デメって基本的に僕には塩対応なんだよね。

 ひどいよねえ。いつも親切にしてあげてるのに。


 でも、僕は知ってるんだ。

 君が来月、チェリー☆クラッシュの2周年記念ライブに行こうとしていることを。


 せっかくアーキハバルに来るんだから、ぜひ僕の店に立ち寄って欲しいな。

 だって、僕は君とセイラの素敵な出会いのパターンを何通りも考えて、そのためにライブハウスだって買ったんだから。


 そう。

 僕はデメを殺すためなら、どんな小さな可能性にだって全力で投資できちゃうんだ。


 この300年。

 デメに敗北し、肉体を封印されてからというもの、寄生虫のように他人の体を転々としながら、僕は考え続けてきた。

 どうやったらデメを殺せるかを。


 もちろん、300年前に戦った時だって、ちゃんと考えたんだよ?

 けっこう戦略も練ったし、必殺技の腐食光線も編み出した。

 でも負けちゃった。

 あいつ強すぎ。もはや理不尽な強さなんだよね。

 それで、僕はこういう結論を出したんだ。


 戦って倒すのは無理ゲー。


 どうにか戦わずにデメを死に導くような方法を探す必要がある。

 それはそれで無理ゲーに近いけど、必死に探せば、何か一つくらい方法があるんじゃないかな。

 そのためには、まず敵を知ることが大事だよね。

 情報収集は得意だから任せてほしい。


 ――と、ポジティブに考えたはいいが、ここで一つ深刻な問題が。


 デメのやつ、引きこもりすぎ。

 引きこもりすぎて、死亡説まで流れてるし。

 ここまで動きが少ないと、何の情報も取れないよ。

 もはや誰も会ったことがないUMAみたいに言われてるんだけど、もしやデメ君、友達いないのかな?

 これは僕が友達になってあげるしかないかも。


 というわけで、どうにかデメと仲良くなろうと、人間界の珍しい品物を持って、遊びに行きまくった。

 予想通りメチャクチャうざがられたけど、めげずにグイグイ距離をつめていくうち、次第にデメはあきらめモードに。怒るかわりに、ガン無視するようになってきた。

 土産に対しても総じて反応が薄かったが、唯一興味を示したのが、当時の最新式のおもちゃだったテレビゲーム。

 えらく気に入ったようで、初めてちょっと感謝された。


 で、次に興味を示したのがパソコン。

 さっそく一式を買い揃えてやり、魔王城でインターネットができるように手配してやる。


 回線の契約者は、当時、僕が寄生し始めたばかりの若きラウル・ミラー。


 身分証を持たない魔族が、人間界のサービスを利用するのは結構ハードルが高い。

 その点、人間社会に属している僕は、魔王サイドにとっても便利な存在だった。

 ITの知識なんぞあるはずのない魔族たちは、すべて僕に任せきり。


 もちろん、通信を傍受する気は満々だ。

 デメのパソコンに限らず、魔王城に設置されているすべてのデバイスを監視しています。


 さて、何がわかるかなー?

 と、ワクワクしながら、通信記録をのぞき始めたはいいが……僕を待っていたのは、終わりの見えない虚無だった。


 デメのやつ……ゲームしかしないんだけど。

 一日の大半をゲームに費やし、動画サイトを開いたかと思えば、ゲームの大会の観戦か、プロゲーマーの解説動画の視聴。

 たまに通販サイトを開いても、買うのはフィギュアとかだし。それもゲームに出てくる女の子のやつ。

 ああ……

 僕にはわからないよ、デメ……絶対的権力者として、その気になればいくらでも酒池肉林を謳歌おうかできるというのに……そんな架空の女の人形を眺めて楽しいのかい?


 そんな感じで、何年もデメのオタクライフを観測し続けるだけの日々に、さすがの僕も虚無感を覚え始めた頃だった。


 おや? 

 珍しいな。プロゲーマーじゃない、無名の女の子のゲーム実況を視聴とは。

 へえ、地下アイドルなのか。

 ゲームとは関係ないライブ映像も観てるし。一日にめちゃめちゃ検索してる。SNSをフォローし、イベント情報を調べ、グッズを購入…… 

 おおっ……なんか、すごい勢いでのめり込んでない?

 今までにない興味深い反応だ。

 いいねぇ。


 チェリー☆クラッシュのセイラちゃんか。

 魔王と地下アイドル。

 この二人、会わせたらどうなるだろう?


 僕の中でふつふつと湧き上がる好奇心、そして、探求心。


 もし、デメが彼女に特別な感情を抱いたとしたら――

 もし、魔族には無縁なはずの《愛》などという感情が芽生えたとしたら。

 そうなったら、彼は愛する女のために命を捨ててくれるだろうか?


 僕は長年、『魔族には他者に対する愛情がない』と主張してきた。

 僕が500年前に書いた『無情論』は、魔界の哲学・心理学の礎となり、今でも広く読み継がれている。


 だが、学問というのは時代とともに変化するものだ。

 新しい発見があれば、知識をアップデートする必要がある。


 もし、この計画が成功し、セイラを利用してデメを殺せたとしたら、それは『魔族には愛情がある』ということの証にほかならない。

 僕が否定した《魔族の愛情》を、僕自身が証明することになるわけだ。

 じつに面白いじゃないか。


 これは、僕が魔王に返り咲くための最重要プロジェクトであると同時に、壮大な愛の実験でもある。



 * * *



 さて、この実験を成功させるために、大事なことが一つある。

 それは、いかに他の奴に邪魔されないか、だ。


 最大の懸念は、魔界元老院最高議長・カーラード。

 人間嫌いの奴のこと。デメが人間の少女に夢中だと知ったら、最悪セイラを暗殺しかねない。


 だからと言って、魔王じゃない今の僕は「止めろ」と命令できる立場にないし。

 勝手に動かれるくらいなら、むしろ仲間に引き入れるほうが得策かもしれない。

 その上で、こちらで主導権を握ってコントロールするのがいい。

 奴も政治家だし、一筋縄じゃいかないと思うけど、僕だって駆け引きには自信があるんだ。フッフッフ。


 そうそう。

 残りの二人の四天王にも注意を払わないとね。


 ベリは、魔王デメに次ぐ戦闘力の持ち主という点では無視できない存在だけど……あの子、すっごいバカだからなあ。正直、放っておいても大丈夫だと思うけど、一つだけ心配なことがある。

 グウと組んで敵対してきた場合だ。

 たしか、グウはもともとベリの配下だっけ。


 穏健派で平和主義者のグウのことだ。デメを殺す計画を知ったら、きっと阻止しようとするに違いない。

 グウがベリを味方につけたら厄介だ。

 できれば、あの二人は対立させておきたいなぁ。


 となれば、アプローチするのは、アホのベリちゃんのほうだよね。

 さっそく王都にある彼女の屋敷にレッツゴー。


「ねえ、ベリちゃん。最近どう? 何か面白いことあった?」

「なーい。退屈で死にそぉ」


 彼女は着ていたTシャツを脱ぐと、ソファに向かってポイッと投げた。メイドがせっせとそれを片付ける。

 六枚目の試着。

 かれこれ20分、こうしてずっと服を選んでいる。

 近所でお茶しようって誘っただけなのに、延々とファッションショーを見せられております。


「もうデメとは戦わないの?」

「だって、デメちゃん、戦ってくれないんだもん。何回ケンカ売ってもスルー。つまんないよねー」


 七枚目のワンピースを脱ぐベリ。

 僕がいるのもおかまいなしに、下着姿で部屋を歩き回る。


「それ、ケンカの売り方が弱いんじゃない? せっかく軍のトップなんだからさ、がっつりクーデターでも起こしてみたら?」

「くーでたー? って何? どーやんの?」

「教えてあげるよ。そのかわり一つ頼み事きいてくれない?」

「んー? 頼み事ってー?」

「グウのこと殺して欲しいんだ」


 ジーッと、彼女は無言でスカートのファスナーを上げた。

 派手な赤いパンツが、デニム生地の中に隠れる。


「いいよ」


 彼女は笑顔でそう答えた。


 いいねえ。さすが初代魔王。

 元部下を簡単に切り捨てる、その冷酷さ。

 倫理観のないバカって大好きだよ。



 * * *



 五月。

 アーキハバルにある僕のレストランで、デメとセイラが運命的な出会いを果たした。

 ガチガチに仕組まれた運命だけども。


 推しのアイドルのライブの帰りに、たまたま立ち寄ったレストランでそのアイドル本人がバイトしてるなんて、すごい偶然だと思わない?

 もし、そんな奇跡が起こったら、それは何かしらの罠だと思ったほうがいい。


 僕はあえてセイラの事務所のブラックな部分をベラベラと話した。デメが彼女を気にかけるように。ほら、健気で不憫ふびんなアイドルを放ってはおけないだろう?

 その後、チンピラ社長がイイ感じにクズっぷりを発揮してくれたおかげもあり、セイラとデメがちょっと心を通わせ合ったみたい。

 ナイスアシストだよ、社長!


 これは思ったより、あるぞ。

 実験は順調に進んでいる。このチャンスを潰さないよう、慎重に事を進めなきゃね。


 ま、それはそうとして。


 グウがまだ生きてるんだけど。

 どういうことかな、ベリちゃん?

 ちゃっかり四人で仲良く人間界までドライブしちゃったけどさ。もしかして、僕のお願い忘れてる?


 あとで聞いてみたら、

「ごめーん。殺そうとしたけど、やめちゃった」

 だってさ。


「えー、なんで?」

「何となく」


 気まぐれすぎない?

 やっぱこの子とは気が合わないかも。


 まあ、二人が手を組まないなら、いったんOKか。

 グウはそのうち排除するとして、やっぱり最優先はカーラードだよね。


 カーラードの奴はすでに魔界で地位を築いちゃってるぶん、よほど勝算がない限り仲間に引き入れるのは難しいだろう。

 一緒にデメを殺そうよ――なんて雑に誘おうものなら、デメにチクられて終わりだ。

 それに、仮にも主君を討つわけだから、何かもっともらしい大義名分を用意してやらないといけない。


 そう、たとえば「魔界を救うため」とか。

 そういう立派な旗印、スローガンが必要だ。


 そうだな……


『魔界再生委員会』なんてどうだろう?

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