第97話 慈悲
――お前らにはわかんねえだろうよ。弱者に生まれついた者の気持ちは。
ダブの
魔王はなぜか、そのセリフが頭から離れなかった。
わかるワケないだろ、と思った。
(俺より弱いくせに、俺よりカリスマ性があって、大勢の子分からリスペクトされてる奴の気持ちなんか、わかるワケない)
魔王は手の中のやわらかい内臓を
(俺には強さしかないのに……)
いつだったか。
まだ魔王になる前、一番の側近だったカーラードに、こんな思いを吐露したことがある。
「俺、人と話すの苦手だし、というか、人付き合い全般苦手だし……王とか向いてないと思うけど……」
それに対し、カーラードはこう答えた。
「誰とも話す必要はないし、付き合う必要もありません」
むしろ、他人に好かれる努力などしてはならぬ、とカーラードは言った。
常に無慈悲で冷酷であるべきだ、と。
「魔界の王には人望など不要。ただ、強く恐ろしくあればよいのです」
それならできる、と魔王は思った。
むしろ、それしかできない。
* * *
ある意味、一番リスクの大きい選択かもしれない。
と、グウは思った。
「魔王様、ひとつご報告したいことが……」
これで万が一、魔王がブチ切れて暴れるようなことがあったら……死ぬのは、自分とビーズだけじゃ済まない。
最悪、ダリア市が消滅する。
「報告? ていうか、お前、その腕どうした? みんなも、えらくボロボロだな。何かあった?」
魔王は血まみれのグウの腕と、満身創痍の親衛隊を交互に見た。
「あー、これは、大丈夫です。いや、大丈夫じゃないけど、結果として大丈夫というか……」
グウは頭を
「魔王様、落ち着いて聞いてください」
「何だ、改まって」
「じつは、今回の作戦中に、反逆罪に該当する行為を働いた者がおります」
「なに?」
魔王の目尻がぴくりと動いた。
「しかし、決して魔王様に刃向かおうとしたわけではありません。その者は、ある事情により、黄金の牙と接触し――」
「誰だ?」
魔王が食い気味にたずねた。
「誰が裏切った?」
その無機質な声のトーンに、空気が凍りついた。
「お、俺です」
ビーズが自ら名乗り出た。グウの後ろに
「申し訳ありません!!」
「お前が?」
魔王が大きく目を見開く。
「よりによって、お前が? 黄金の牙と……俺の敵と通じていたと言うのか!? お前が!!」
声を荒げる魔王の眉間に、ビシィッと青い血管が浮き上がる。
初めて触れる魔王の怒りに、ビーズの顔が凍りついた。
「魔王様、落ち着いてください! ビーズは敵に寝返ったわけではありません! 情報
「何事もなく!? じゃあ、その傷は何なんだ!! グウ、貴様……俺に嘘をつく気か?」
魔王は目を細めて、刺すような眼光でグウを
「ジムノ!! 何があったか説明しろ!!」
「はい」
と、諜報課のジムノ課長が冷静に返事をした。
「この目で見たことをありのまま申しますと、ビーズ隊員は仲間を次々と襲ったあと、ここでグウ隊長と交戦し、さきほど敵との内通を白状しました」
「ならば、こいつは敵ではないか!! ぶち殺してやる!!」
魔王は拳を握りしめた。
手の甲にメキメキと血管が浮き上がる。
「ダ、ダメっすよ、魔王様! 許してやりましょうよ! また三人でセイラのライブ行こうって言ってたじゃないっすか!」
ザシュルルトが
「だまれ!!!!」
魔王は大声で怒鳴った。
「俺はもうライブには行けな……もう行かんのだ!!」
「え」
「魔王様、説明させてください! ビーズは利用されたんです。『魔界再生委員会』という集団に。仲間同士で対立するように仕組まれてたんです」
「は? 魔界再生……知らんわ、そんな奴ら! 急に何を言い出す……そんなことをして何の意味があるんだ! 誰が得をする!?」
「それは……」
たしかに突飛な話だった。だが、今回のことで得をする人物は実際にいる。グウはその名を口に出すかどうか迷い、そして――
「それは、カーラード議長ではないかと」
「はあ!?」
魔王は思い切り顔を
「何を言ってる……カーラードは三国戦争時代からの忠臣だぞ! デタラメを言うな!!」
彼は
「何なんだ、さっきから……」
と、混乱と不信感が入り混じった顔でグウのほうを見る。
「裏切り者を
「かまいません」
と、グウは答えた。
「隊員の不始末は、隊長である私の責任。ビーズを殺すというのなら、私にも同じ処罰を」
「何言ってるんですか、隊長!」と、ビーズが
「貴様……そうやって自分の命を盾にすれば、俺が情けをかけると思って……憎たらしい……己の言葉を後悔するぞ!!」
魔王はビシッとグウのほうを指さした。その指先には青白い光が集まっている。
「お待ちください!!」
と、ギルティが魔王とグウの間に立ちはだかった。
「グウ隊長を殺してはなりません! 私から見ましても、隊長は魔王様にとって絶対に必要な方。お願いします。ここはどうか寛大な処置を!」
「よせ、ギルティ! 下がってろ!」と、グウが慌てて止める。
「魔王に寛大さなど期待するな。俺は慈悲の心など持ち合わせてはいない」
「私はそうは思いません! 魔王様は、魔王にしてはわりと優しいほうかと!!」
「え?」
大真面目な顔で言うギルティに、魔王は一瞬、キョトンとした。
それを見ていたグウも、「そうですね」と同意した。
「魔王様はご自分で思っているより、ずっと慈悲深いお方です。きっと、ビーズを殺すと後味の悪い思いをされるはず。それならいっそ、思いっきりぶん殴ったほうがスッキリするんじゃないかと思うんですが。どうです?」
「は?」
「え」
魔王とビーズが同時にグウのほう見た。
「ええ、同感です。いったんボコボコにしていただいて」
「副隊長?」
ビーズがギルティを見つめる。
「死なない程度にタコ殴りにしてみて、それで気が済むかどうか判断してはいかがでしょうか。もし気が済まなければ、そのときに処罰すればいいだけのこと。お願いします。どうかご慈悲を」
泣きそうな顔で無慈悲なことを言うギルティに、魔王の感情が迷子になった。困惑が怒りを上回る。
全員がシリアスな表情を保ったまま、何とも言えない沈黙が流れた。
魔王が怒りを収めない限り、誰もそのシリアス顔を崩すことはできない。皆、チラチラと魔王の様子を
変な空気に耐え切れなくなった魔王は、はあ、とため息をついた。
「もういい。今回に限り許してやる」
彼は言った。
なんだか急に怒っているのが馬鹿馬鹿しい気がしてきたのだ。
「俺が本気で殴ったら死んじゃうから、お前らで殴っておけ」
隊員たちがわっと喜びの声を上げる。
「ありがとうございます、魔王様」
グウはホッと胸をなで下ろした。
「よかったっすね、ビーズ先輩!! オラァ!!」
「いって!!」
ザシュが思い切りビーズをグーで殴った。
それを皮切りに、皆がビーズに殴りかかる。
ドタバタと乱闘が繰り広げられる横で、ジムノ課長が「魔王様」と、声をかけた。
「さすがに一切お
「じゃあ、三カ月の停職で」
魔王が言った。
「では、私も同じ処分で」
グウがすかさず申し出た。
「お前は三日だ」
「くっ……」
こうして波乱のダリア討伐作戦は幕を閉じ、明くる朝、魔族たちは船でダリア市を後にした。
* * *
魔界帰還の翌日。
夕方。魔王親衛隊の執務室にて。
ギルティは自分の机の上に顔を伏せて、びろーんと伸びていた。
「はああ~疲れたあ~……」
一日中バタバタと動き回った彼女は、もうへとへとだった。
何しろ、隊員の半数以上が欠勤状態なのだ。
グウとビーズは停職中。
ゼルゼとザシュルルト、ドリスはまだ傷が回復しておらず、療養中だった。
「お疲れ様です、副隊長。はやり隊長がいないと色々と大変ですね」
ガルガドスが言った。
「アハハ……まあ、グウ隊長はずっと休めてなかったし、この三日間は休日だと思ってゆっくりして欲しいですね」
ギルティはそう言って苦笑いを浮かべた。
* * *
だが、ギルティの願いに反し、グウはゆっくり休んではいなかった。
彼は王都ドクロアにある、シレオン伯爵の館を訪問していた。
「おや、お前が訪ねて来るなんて珍しいね。もうダリア市から戻ってたんだ」
眼鏡の秘書(茶髪のショートカットのほう)に案内された応接間で、ソファに腰かけたシレオン伯爵が言った。
「ええ。昨日ダリア市から戻ったところです」
私服(ジャージ)姿のグウが答えた。
「よく僕が魔界にいるってわかったね」
「きっといらっしゃると思ってました」
「ほう。で、何の用だい?」
「少しお聞きしたいことがありまして」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます