四天王グウ~魔界四天王だが職場がブラックすぎて辞めたい~

亜由村亜次

Case 1 それは俺の仕事じゃない

第1話 冒険者?

 人間は魔法を捨てて科学を選び、かつての剣と魔法の世界は、いまやスマホとネットの情報化社会へと変貌を遂げていた。

 一方、魔族は相変わらず剣と魔法で殺し合い、すっかり文明から取り残されていた。



 * * *



 昼休み。

 魔王城の屋上で、二人の魔族がランチを食べていた。


「俺、四天王やめていいかな……」


「急にどうしたん?」


 ボエエエエエッ、と不気味な鳴き声を響かせながら、三つ目の大鷲おおわしが周囲を旋回している。

 ここは魔王城の中核へ通じる第二の門。

 その屋上にあるベンチに二人は腰かけていた。

 一人は顔中がカラフルなうろこに覆われた、熱帯のド派手なカメレオンみたいな魔族で、もう一人は小枝のような角が頭に生えている以外は、ほとんど人間の青年と変わらない姿をしていた。


「もう限界だわ」

 と、人間っぽいほうの魔族が言った。


 彼の名はグウ。

 魔王親衛隊の隊長にして、魔界四天王の一人。

 慢性疲労と食欲不振に悩まされており、昼食はたいていエナジードリンクとゼリー飲料である。


「ちょっと愚痴ぐちっていい?」


「ええで」

 カメレオン風の魔族はフライドポテトならぬフライドフィンガーを口に放り込んだ。

「でも、その前に気になってること聞いていい? その怪我どうしたん?」


 グウはなぜか満身創痍だった。頭には鉢巻みたいに包帯が巻かれており、左頬ひだりほほにはガーゼが貼られ、右腕は三角巾で吊られている。


「四天王会議をリスケしてくれって言ったら、カーラード議長にボコボコにされた」

 彼は暗い目をして言った。


「それは災難やったな……」


「俺のせいじゃないのに。ダブルブッキングしやがったの、ベリ将軍なのに。つか、そもそも四天王会議って必要ある? なんで俺がスケジュール調整すんの?」


「なんでやろ……」


「いったい何なんだよ、四天王って……役職でもないし、具体的な役割が決まってるわけじゃないから、何でもかんでも相談されるし。部署とか関係なく呼ばれるし。しかも俺が四天王の中でいちばん下っ端だから、だいたい俺に押しつけられるし。ほかの三人、マジで非協力的だし……!」


 グウはだんだん話に熱がこもってきた。


「つか、あの人たち、なんであんな協調性ないの? まったく話聞かないんだけど。クソ魔王のお守りだけでも手一杯なのに、なんで俺があんなモンスター幹部共の相手まで……!」


 グシャっと左手に持ったゼリーの袋を握りしめる。残っていたゼリーが、ビタミンやミネラルと一緒に飛び出した。


「い、いったん落ち着こ。あんまり興奮すると怪我に響くで」


「知ってるか? こういうの人間界ではパワハラっていうんだぜ」


「いや、腕折るとか、もうパワハラの次元超えてるやろ」


「ああ、これ折られたんじゃなくて、引きちぎられた」


「えぇ……」


「断面グチャグチャで、なかなかくっつかないし。もう再生したほうがはやかったかも」

 ふう、とグウは大きなため息をついた。

「なんかゴメンね。しょっぱなから愚痴り散らかして。あいたたた、また胃が痛くなってきた……」


「おいおい、大丈夫か? てか、お前またせた? 体調崩す前に休んだほうがええんちゃう?」


 そんな二人の会話を、一人の魔族の若い娘がグリフォンの石像の後ろに隠れて聞いていた。

 グウと同じ紺色の軍服風の制服(ただし、下はスカート)を着た、おさげ髪の少女。


(どうしよう。出ていくタイミングを完全に逃して、上司の本音をガッツリ聞いてしまったわ……)


 彼女の名はギルティ・メイズ。

 名門メイズ家の令嬢で、18歳にして魔王親衛隊の副隊長となった天才少女。

 実力に反して容姿は可憐で、ぱっちりした丸い目のせいか、年齢より幼く見える。魔族の特徴である角もなく、明るい栗色の髪からのぞくとがった耳さえなければ、人間と見分けがつかない。

 急用があってグウを呼びに来たが、声をかけるタイミングを逃して今にいたる。


(はっきりクソ魔王って言ってた……)


 ギルティは着任一ヶ月にして、職場の闇を垣間かいま見た気がした。


(あんなにボロボロに疲れてらっしゃるグウ隊長に、さらに面倒な仕事をお届けする私……ああ、なんて嫌な役目なの! でも、呼んで来いって言われたし、呼ばなきゃダメよね? 私は名門メイズ家の娘、仕事は完璧にこなさなければ……いけ、ギルティ!!)


 ギルティは意を決し、石像の影から飛び出した。


「グ、グウ隊長! お食事中に失礼します!」


 二人が振り返った。


「おお、どうした? ギルティ」


「ちょっとご相談がございまして」


「あ、もしかして、この子がさっき言ってた新入り?」

 カメレオンっぽい魔族がたずねた。


「そうそう。先月、諜報課から転属になったばかりのウチの新しい副隊長。初めての女子だから、皆はしゃいじゃってさ。ギルティ、こちらは魔王直属暗殺部隊のギニョール隊長。俺の同期だ」


 ギルティは背筋をぴんとのばして、敬礼をした。

「ギルティ・メイズです! よろしくお願いします!」


「へえ、こんな可愛いお嬢ちゃんが副隊長か。全然そんなふうに見えへんなあ」


 そう言われて、ギルティはドキッとした。

 自分でもそんなふうに見えない自覚がある。弱そうだし、子供っぽいし、制服のタイトスカートもぜんぜん似合ってない気がする。


「でも、諜報課から来たんなら、きっとエリートなんやろな」


「聞いて驚け。魔界高校を首席で卒業したスーパーエリートだ」

 グウが言った。


「ほえー、すごいなあ。高校行った人なんか初めて会ったわ」


「いえ、全然そんなっ。私なんて勉強くらいしか取り柄がなくて」

 ギルティが慌てて否定した。


「てか、なんか急ぎの用事だったのでは?」


「あ! そうでした!」ギルティはハッと思い出した。「じつは、冒険者っぽい一行が城門の前に来てまして、何やら勇者っぽいことを言っていると」


「へえ、珍しい。このご時世に魔王討伐なんて思い立つヤツいるんや」

 ギニョールが感心したように言った。


「いや、今どきありえないでしょ。てか『勇者っぽいこと』って何だよ」

 グウは信じられない、という顔をした。


「なんか『討伐』とか、『光ファイヤー』とかって……」と、ギルティ。


「光ファイヤー……?」


「必殺技? なんかアホっぽいな。ほんまに勇者か?」

 ギニョールは腕を組んで首をひねった。

「てか、よく魔王城までたどり着けたよな。『別れの森』とか『モグラ高原』とかを越えて来たってことやろ?」


「あ、いえ。直接ヘリで来たそうです」


「ショートカットしすぎやろ」

「なんの冒険もしてねえ」


「それで、その勇者っぽい一行が四天王グウを出せと言ってるそうで。警備課から隊長を呼んでくるよう要請されまして……」


「え、俺?」


「四天王を呼び出し……強気すぎる」

 ギニョールは唖然あぜんとした。


「なんでいきなり俺なんだ……べつに戦わないとは言わないけど、せめてどっか雰囲気のある場所で中ボスっぽく待機させてほしいんですけど」


「で、ですよね! 私も言ったんですよ! 呼ばれてノコノコ出ていく四天王がいますかって! でも、どうしてもグウ隊長に来てほしいって、警備課の人に頭下げられちゃって……うう、すみませんっ」

 ギルティは申し訳なさそうに言った。


「しょうがないなあ」

 よっこらしょ、とグウは腰を上げた。


「なるほど。大変やな、お前」

 ギニョールが憐れむように言った。

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