第28話 不死鳥の出汁からあげ 後編②
「……ね、リリィは?」
ぽつり、不満をこぼした少女の猫耳がピクピク動いた。
あ、忘れていた。この子もどうにかしなくちゃ。
「まもり。リリィがね、どうしてもおねえちゃんが欲しいらしくて。いっそ、ふたりの妹にしたらどうかなって。養子にするって話じゃないよ。そういう扱いをするってだけなんだけど――」
妹に提案しようとする。
おままごとみたいで、ちょっぴり恥ずかしいけどね。
子どもの寂しさを紛らわせるにはいい考えだと思う。
いつかはダーニャの元へ帰るのだ。一時的な話だから、協力してほしいと言おうとして、思わず口を閉ざした。
まもりが、いつになく険しい表情をしていたからだ。
「……どうしたの?」
「おねえちゃん、あのさ」
じっとリリィを見つめた妹は、言いにくそうに言葉を紡いだ。
「悪いんだけど。あんまり、この子と関わり合いにならない方がいいと思う」
「どういうこと?」
「上手く説明できないけど。なんだか嫌な感じがするの。あ、嫉妬とかじゃなくて。この子の存在自体が――」
モゴモゴと言葉を濁らせたまもりは、意を決したように顔を上げた。
「なんだか普通じゃない感じ。胸の辺りがチリチリして落ち着かない」
絶句した。
せっかく仲直りできたと思ったのに。
妹はなにもわかっていないじゃないか。
「なんでそんな意地悪を言うの!?」
声を荒げた。妹は悲しげにかぶりを振る。
「意地悪じゃないよ。むしろ、おねえちゃんはなんで気付かないのさ」
「気付くってなにによ」
「なんていうかっ! うまく説明出来ないけど!!」
「それを言いがかりっていうの」
「なんでわかってくれないかなあ~~!」
妹が地団駄を踏んでいる。私は苛立ちが抑えきれないでいた。
わかれと言われても困る。
これじゃあ、生理的に無理だって言っているようなものじゃないか。
「……ひどい」
リリィがこぼした言葉にドキリとする。
また泣くんじゃ……?
あの時みたいに癇癪を起こされたらたまらない。
慌てて慰めようとするが、すぐに口を噤んだ。猫耳を生やした少女がまとう雰囲気ががらりと変わっていたからだ。
「こりゃひどいね。穂花に魅了をかけられなかっただけじゃなく、妹勇者にまで正体を見抜かれているだなんて」
クツクツ笑ったリリィは、ぱさり、黒髪を手で払った。小さな口がみるみるうちに三日月型に吊り上がっていく。黄金色の瞳をぎゅうっと細め、可愛らしい顔にまったく似合わない不敵な笑みをたたえて、チッと舌打ちをした。
「自信をなくしちまうねえ。困ったものだ。これじゃあ、弟に会わせる顔もない」
「あ、あなたは……?」
恐る恐る訊ねようとして――
瞬間、大地の奥底から突き上げるような衝撃に見舞われた。
「きゃあっ!?」
「おねえちゃんッッ!!」
妹が駆け寄ってくる。ガタガタと世界が激しく揺れていた。
「地震……?」
「わかんない。なんだか変だよ。すごい音がする」
妹の言うとおりだった。
建具が揺れる音だけじゃない。遠くから轟音が聞こえる。巨大な建物が崩れるような音。まさか、どこかが倒壊したのだろうか。
「勇者様がたっ! よろしいですか!」
ひとりの神殿騎士が駆け込んできた。青ざめた顔をして、ただならぬ様子だ。
「教皇様がお呼びです。城門の上にいらしてください」
「城門の……?」
「ご案内いたします。急いで!」
有無を言わせない様子に、妹とふたりうなずく。
「あ、リリィ……」
「いいから、行こう!」
ふたりそろって部屋から駆け出した。
*
走っている間じゅうも、ずっと地面は揺れていた。
一歩踏み出すたびに轟音は大きくなっていく。
いったいなにが起きているの。
嫌な予感がする。ひやりと冷たい汗が背中を伝った。
――十数分後。ようやく城門の上に到着する。
そこには、大勢の神殿騎士と、ギギと大地の精霊、教皇ジオニス、ジェイクさんが到着していた。
「穂花、まもり」
ジェイクさんが気遣わしげに私たちを見てくる。
騎士たちが私たちのために場所を空けてくれた。ジェイクさんの隣に立つ。目の前に広がった光景が信じられなくて、思わず自分の目を疑った。
太陽が遠く山際に沈みかけている。
赤光に照らされた世界で、私たちの前に黒い影がそびえ立っていた。
一晩にして山が出来上がっている。
そう遠くはない。西の森……今日、妹たちが討伐に赴いた場所だ。木々は押し倒され、数え切れないほどの鳥たちが脱出を試みていた。みるも無残な状況だ。
「……なに、これ」
思わずこぼした言葉に、教皇ジオニスが答えてくれた。
「たぶん、アースワームだと思うよ。地面の奥深くにいたアースワームが、地上近くに上がって来たんだ」
「ドワーフの伝承にあった?」
「よく知っているね?」
「深淵の魔女の家にあった本を読んだんです。暴走したアースワームによって、古代のドワーフの里は滅ぼされてしまったと……」
ぞくりと怖気が走る。まさか、と視線で問いかけると、ギギが割り込んできた。
「お主の懸念は当たっておる。いやあ、まさかこんな時に、我が故郷が滅びた原因が判明するなんてのう! フハハハ、まさに運命じゃ」
「「「「「キャー……」」」」」
大地の精霊たちが怯えを見せている。
腰にまとわりつく精霊たちを優しく撫でたギギは、桃色の瞳を忌々しげに細め、小さな指で突如出現した山を指して言った。
「アースワームを暴走させた原因――おそらく、高濃度の魔素じゃな。ほら、アレを見よ」
アースワームが作ったという山の頂上からは、青紫色の煙が立ち上っている。
「あれが魔素?」
「おう。普通は視認なんぞできないがな――。どうやら、西の森の地下に、魔素溜まりでもあったようじゃの。前兆はなかったか? 魔物が大量出現したり」
「……じゃあ、近ごろの異変は――」
ジェイクさんの表情が引きつった。
教皇ジオニスは青ざめた顔をして言葉を失っている。
「なんじゃ。事前に異変を察知しておったのに放って置いたのか?」
「ち、違うッ! 原因はまだ調査中で――」
「だから手遅れになったと? 困ったのう。このままじゃ、街ごと平らに均されるぞ」
「なっ……!」
ギギの発言に、神殿騎士たちから動揺の声がもれる。
瞬間、再び轟音が辺りに響いた。
「あれは……!」
慌てて音の方に顔を向けると、小山の向こうに大きな影が見えた。
恐ろしく巨大だ。分厚い岩の表皮をまとった蛇状の生き物が、地面のごくごく浅い部分をゆるやかに移動している。
そのたびにボコボコと大地が隆起した。鳥が悲鳴のような声を上げて飛び去って行く。ミシミシと木々がへし折れる音が、ここまで聞こえてきた。
「……アースワームってミミズじゃないの?」
青ざめた妹がぽつりとこぼす。
得意満面のギギがかぶりを振った。
「なにをいう。地竜の一種に決まっておろう。奴には並大抵の刃は通らぬぞ。普段は温厚なのが唯一の救い。暴走したアースワームは、己の気が済むまで周囲のものを破壊しまくるのじゃ! ここも危ないぞ。はよう人間どもを避難させるんじゃな! ちなみにワシはすぐにでも出られるぞォ! 準備は万端じゃ!」
小さな胸を張って、なぜか得意げにしている。
冗談のつもりだろうが、周囲の人たちは誰も笑わなかった。
笑えるはずがない。アースワームは明らかに神殿に近づいてきている。
「ギギ、アースワームを倒す方法はないのかな?」
教皇が小さな発明家に訊ねた。ぱあっと表情を明るくする。
「よくぞ訊いてくれた! もちろんあるぞ。ワシの故郷を滅ぼしてくれたにっくき奴を倒すため、一振りの魔剣をこしらえてある!!」
「おお……!! それは本当かい!」
「ああ。硬い岩の表皮すら溶かす炎の刀じゃ。今代の勇者ならばきっと扱えるじゃろう」
「……!」
人々の注目が、いっせいにまもりに集まった。
瞳を瞬かせた妹は、居住まいを正してはっきり宣言する。
「わかった。私がやる」
「危険じゃぞ? 命を落とすかも知れぬ」
「そんなのわかってる。でも――私がやらなくちゃ」
妹の言葉に感嘆の声がもれた。
「勇者様……!」
「さすがは頼りになる」
異世界から喚ばれた勇者ならば、きっとやってくれる。
誰もが安堵の表情を浮かべ、期待のまなざしを妹に注いでいた。
――そう。私を除いて。
「まもり……」
ぎゅっと拳を握りしめた。
おおぜいに注目されている妹を見ていられない。
泣きそうになって、思わず背を向けた。
「ひどい話だねえ。また世界の危機に勇者を生贄に捧ぐのかい?」
幼い癖にやたら妖艶な声が響く。
ドキリとして顔を上げれば、目の前に笑みを浮かべたリリィが立っていた。
私の手をそっと握る。「可哀想に」と表情を歪めた。
「震えている。冷たい手だねえ。妹と仲良く暮らしたいだけなのに。命を懸けなくちゃならないなんて――。やっぱりひどい話だとは思わないかい。ねえ? おねえちゃん」
私を見上げて、にぃっと口もとをつり上げる。美しくも、どこか恐ろしい笑み――。
その表情には、見覚えがあった。
「まさか――ダーニャ?」
「アハハ。バレちまったねえ」
リリィが嬉しそうに笑む。瞬間、少女の姿は激変した。
すらりと妖艶な魔女の形に変容する。黒い手袋を嵌めた手には、意識のない黒猫が抱かれていた。
「深淵の魔女ダーニャがいる!」
騎士のひとりが声を荒げた。おおぜいの注目がこちらに集まる。
身内の姿を視界に認めた教皇ジオニスは顔色を変えた。
「姉さん? こんな時になにをしに来たんだ! いまは姉さんの冗談に付き合っている暇も余裕もないんだ。帰ってくれないか」
「うるさい弟だね。用事があってきたんだよ」
弟の抗議もどこ吹く風。
深淵の魔女は、私を余裕たっぷりに見下ろしている。
「……リリィは?」
お持たず訊ねると、ダーニャは言った。
「おや、まだわからないかい。妾がリリィさ。この子の身体には妾の魂の分体を封じてあったのさ。魔女はいくつも魂を持っている。自分の記憶の断片を閉じ込めた魂を、他の入れ物に隠しておいたんだ。とんでもなく長寿で、殺されても何度も蘇るのはそのせい。言ってたろう? リリィはリリィだって。猫でも人でもない。魔女の分身。……別人みたいだったろう? でも、あれも妾だ。幼い頃の記憶の入れ物だったからね。子どもの頃と妾と同じ姿形をしている」
ずいっと私に顔を近づけた。
「それはともかく、穂花?」
甘ったるい匂いを辺りに放った魔女は、私の耳もとで囁くように言った。
「妹を連れて、妾の棲み家へおいで。まもりを戦わせる必要なんてないさ。妾が守ってやろう。なぁに、アースワームなんて放って置いて平気さ。アイツを命懸けで倒したって、遅かれ早かれ人間は滅びる。魔素の噴出って災害は誰にも止められやしないんだからね。だったら、魔女の隠れ家で平穏に暮らしたらいいじゃないか。可愛い妹と一緒に。だろう?」
「どうして私なの」
そろそろと訊ねた私に、魔女はニィッと再び妖しく笑んだ。
「言ったろう? 気に入った。うちで飯を作れと」
「……それだけ?」
「飯は美味いに越したことないだろ。弟も棲み家に連れて帰るつもりだからねえ。できる限り、楽しく暮らさせてやろうと思って。そのためには――お前が必要だ」
「こ、この状況でジオニス様を連れて帰る!? 正気ですか」
声を荒げた私に、クスクスと魔女は笑った。
「なにを言うんだい。当然だろ。妾だって〝姉〟なんだから」
魔女の言葉にドキリとする。
「妾の気持ちはお前が一番わかるはずだよ」
さらりと私の頬を撫でて、瞳を覗き込む。
うっすら頬を染めた魔女は、ひどく限定的に、そして確信を持った様子で告げた。
「世界を背負ってる覚悟なんてない。自分にとって大切なものは身内だけ。戦う姿なんて、本当は見たくない。大切な人が傷つく姿を想像したら――それだけで死にそうになる癖に」
「……ッ!」
息を呑んだ。
胸が苦しくて。勢いよく視線を逸らす。
「おねえちゃん……?」
まもりが不安そうに私を見つめている。
けれど、あまりにも断定的な魔女の言葉に――
反論できるだけの余裕を持ち合わせていなかった。
――――――――――――
不死鳥の出汁からあげ
不死鳥の肉(鶏肉 もも) 400グラム
醤油 大さじ2
酒 大さじ2
白だし 大さじ1
生姜 チューブ2センチくらい
にんにく チューブ2センチくらい
片栗粉・小麦粉 同量
揚げ油
*白だしが入っている分、多少焦げやすいです。
*夫は軟骨大好きマンなので、手羽元で唐揚げをしないと文句を垂れるのですが、歯に肉が挟まるので断固としてもも肉派。
*フライパン炊飯は覚えると本当に便利。少量の炊き込みご飯や、ピラフなんかは、フライパンの方が美味しく作れます。
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