第15話 木崎穂花の異世界ルーティン 後編

【15:00】


ラボは神殿の東側にあった。


倉庫なんかが建ち並ぶ区画で、そのなかでも奥まった部屋にある。


「お邪魔しま~す……」


ソロソロと室内を覗き込むと、いっせいに視線が集まったのがわかった。


「「「「「キャー!!」」」」」


甲高い声をあげたのは、二歳くらいの幼児……っぽい生き物だ。


人間の子どものように、全体的にもちもちふくふくしている。


髪の毛は真っ白。肌は浅黒い。小さなおててには鋭い爪が生えていて、瞳は熟れた果実みたいに真っ赤だ。


麻のズボンを履いていて、身体に似つかわしくない大きな工具を手にしていた。


彼等は大地の精霊なのだという。


「「「「「キャッ、キャー!!」」」」」


人のように言語は操れない。代わりに全身で感情を表現する精霊たちは、私を見つけるなり群がってきた。


「わ、わわわわっ……! こ、こんにちは! あの、えっと。うぷっ!」


抱きつかれたり、足を掴まれたり。


私は彼等のお気に入りのようで、いつも熱烈に歓迎してくれる。


――ちょっぴり過激過ぎやしないかと思うのだけど。


「コラー!! 仕事をさぼってなにをしておる!!」


「「「「「ギャー!!」」」」」


ラボの奥から叫び声がすると、精霊たちは一斉に散っていった。


物陰でブルブル震えている。よほど怖いのだろうか……。


「なんじゃ。ひどい態度じゃのう。こんなプリチーなワシの声で震え上がるなんて! ひどい。傷ついちゃう。あんまりな仕打ちにワシ――……」


ぶおおおおんっ!


よく分からない機械をふかして、その人は暗い笑みを浮かべた。


「……お前らを料理して食っちまうかもしれんのう!!」


「「「「「キャー!! キャー!! キャアアアアッ!!」」」」」


迫力のある脅しに、室内は阿鼻叫喚の様相を呈している。


ちびっ子が怯えている様子が楽しいのか、その人は「カッカッカ!」とやけに貫禄のある笑い声を上げていた。


「ムッ!?」


不意に私を見つけて片眉を上げる。


にんまりと、ギザギザの歯を見せて笑った。


「おおっ! 酒が来た! よう来たのう!!」


「その言い方はあんまりじゃないですか……」


「そうか?」


まったく悪びれる様子もない。


小首を傾げたその人こそ、天才の名を我が物としている大発明家の女の子。


魔道具作りのプロフェッショナル、ドワーフのギギだった。




ドワーフは、普通は地下深くに棲んでいる。


物作りが得意で、誰もが屈強な体つきをしていた。


手や足が普通の人間よりも大きく、肌は浅黒い。身長は子どもくらいしかないのが特徴。


大地の精霊を神のごとく崇めている。


――って、説明を前に受けたんだけど……。


「お前ら、とっとと働け! はようせんと、いつまで経ってもワシが酒を飲めないじゃろうが!!」


「キャー!」


「なんだと? 口答えをするのか。ええい、生意気な。メシ抜きにしてやろうか!?」


ギギの精霊たちの扱いはいつだってぞんざいだった。


信仰対象へ接する態度とは思えない。


ドワーフってみんなこうなのかな。


もしかしなくとも変わり者かもしれない。


なにせ人を酒よばわりするようなタイプである。


「おい、なにを突っ立っておる。入れ、入れ。前に依頼されていた道具、試作品が出来上がっておるぞ」


「ほ、本当ですか……!?」


ワクワクしながら室内に入る。


白と赤のグラデーションが効いた髪をかき上げたギギは、自慢げに桃色の瞳をきらめかせて言った。


「ワシに不可能はない。どうじゃ、これが――」


ジャジャーン!


「魔導フードプロセッサーじゃ!!」


「わああああ……!!」


思わず歓声をあげる。道具を手に取って繁々と眺めた。


「すごい。ほんとうにフープロだあああああ……!!」


「フフフン。すごいじゃろう!」


「ありがとうございます! これで料理が捗ります!!」


本当に嬉しいッ!


これさえあれば、乾物を粉砕できるし、お肉だって簡単にミンチにできる。クッキーの生地だって、まとめてぶち込んだら勝手にこねてくれる。


手が汚れないのって神。手間が省けるって最高……!!


ちなみに、妹が使っていた結界を張る魔道具や、マタンゴのポタージュを作った時のブレンダーもギギ製だ。


彼女には、日本で愛用していた道具たちを再現してもらっている。


いまはふたつしかできていないけど……!


いずれ、電子レンジと、圧力鍋も作ってくれるそうだ。


ああ、待ち遠しい。やっぱり文明の利器があるのとないとじゃ、手間が段違いに違うもの!


「というわけで、穂花よ」


ひとり浸っていると、ツンツンと指で突かれた。


ハッと正気に戻る。目の前に手を突き出された。


「報酬をよこせ。酒とつまみ。くれるんじゃろ?」


ニヤ~ッと嬉しそうに笑う。


「はい。もちろん!」


【16:00】


フードプロセッサーのお礼はビールと揚げ物。


キンキンに冷やしたジョッキはガラス製。これも、私の話を聞いたギギが開発してくれた。


ちなみに妹の刀を作ってくれたのも彼女だ。


こと物作りに関しては、天才的な能力を発揮する。鍛冶だろうが、発明だろうが、建築だろうがなんでもござれ。


ギギにはずいぶん助けられている。


「プッハーーーーーーー!! たまらんのう!! 穂花、お前も飲め飲め。なんじゃ、ワシの酒が飲めないのか? ッカーーーー!! 真面目か? つまらんのう。酒は溺れてなんぼじゃろう。ンンッ? ワシ、この世の真理がわかったやもしれぬ!! 賢者への道が開いたぞおおおおお!!」


……正直、酒癖はいいとは言えないけれど。


口の周りに白い泡をたっぷりつけて、がぶがぶと酒を飲んでいる。


こりゃあ長くなるぞ、と思いながら異次元収納から料理を取りだした。


「なんじゃそれは」


「トレントのチーズコロッケですよ」


皿の上にゴルフボールくらいのコロッケが山盛りになっている。


昨日の晩に作り置きしておいたものだ。


コロッケって、買って食べた方がお手軽で美味しいイメージがあるけど、こればっかりは手作りには勝てないと思っている。


もちろん、ビールに合うから作ってきた。


材料はトレントの実にハム、青ネギ。


あとはプロセスチーズ。日本にいた頃は、さけるチーズを使っていたなあ。


作り方は普通のコロッケとそう違いはない。


トレントの実をホクホクになるまで茹でて潰す。


細かく切ったハムと青ネギ、塩胡椒と牛乳を入れてよく混ぜる。


まんまるに成形したら、真ん中にチーズを入れる。


ポイントは小さめのサイズ。どこから食べてもチーズに行き着くように作るのが美味しさの秘訣だ。


あとは、衣を着けて揚げていく。きつね色になったら完成!


トレントのチーズコロッケ。そのままでも、ソースを着けてもいい。お弁当に入れても美味しい一品だ。


「あちっ……あちっ……」


ギギが顔を真っ赤にしてコロッケを頬張っている。


異次元収納に入れておいたから、いまでも揚げたて熱々だ。


小さな口で齧りつくたび、ざくっといい音がする。


「んんんっ、チーズが濃厚で……トレントはほっくりしてて。こりゃあ……!!」


カッとギギの目が開いた。


すかさずジョッキを手にする。


ゴクッゴクッゴクッ!!


喉を鳴らして飲んだ。


「ッカーーーーーーーーーー!! なんじゃこれは。死ぬほど合う~~~~!!」


勢いに任せてもうひとつ。今度は、ケチャップにニンニクのすりおろし、ちょっとだけ醤油を混ぜたソースをつけた。


「ふおおおっ……こっちもたまらん。ネギがいいアクセントじゃな。ともすれば濃くなりすぎる味を引き締めてくれておる」


ジョッキを飲み干し、グッと親指を突き立てる。


満面の笑みで言った。


「さすがじゃの、穂花! お主は料理の天才じゃあ!!」


う~ん。……本物の天才に褒められるといたたまれない!!


苦く笑っていれば、いつの間にかコロッケの山が低くなっているのに気がついた。


「キャッ! キャー♪」

「「キャ~♪♪♪」」


辺りを見回すと、大地の精霊たちがいくつか持ち去っていたのに気がつく。


彼等も気に入ってくれたようだ。口の周りを汚しながら、嬉しそうに食べてくれていた。


「ああああああああああっ!! なんでお前らが食ってるのじゃ!! 穂花のメシはぜんぶワシのものじゃぞ!!」


「「「「「ギエーーーーーーー!!」」」」」


「な、なんじゃその声は……っ! お前ら、ワシに反抗するつもりかっ!?」


ジャキィッ!


動揺したギギが武器っぽいなにかを持ち出した。


ギラリと目を光らせて宣言する。


「わかった。戦争じゃ!!」


「いや、いっぱいあるから喧嘩しないで!?」


「「「「「キャーーーー♪」」」」」


「いや、私を盾にしないで!?」


……こうして、ラボでのひとときは賑やかに過ぎて行った。


なにはともあれ、フードプロセッサー……ゲットだぜ!


【17:00】


疲れ切って、トボトボと部屋に戻る。


ギギがいるとすごく助かるのだが、毎回あんな感じなのでとても疲れてしまう。


ご飯を食べたら早めに眠ろう……。


それとも、ちょっと晩酌してもいいかもなあ。


つらつらと考え事をしながら厨房前に差し掛かると、おばちゃんが声をかけてくれた。


「ああ、ちょうどよかった。届けようと思ってたんだよ」


籠いっぱいに入ったパンを渡される。


「注文してた奴。一週間分だね。焼きたてだから美味しいよ」


「わあっ……! ありがとうございます……!!」


パンの小麦色がまぶしい。


焼きたてかあ。どうやって食べよう!


あっという間に気分が持ち上がった。


【18:00】


妹と夕食。


焼きたてのパンは最高に美味しかった。


食卓には、トレントのチーズコロッケが上っている。


「おねえちゃんってば、やっぱり天才」


妹にも大好評でホッとした。


【20:00】


就寝の準備をする。


電気が通っていない異世界で夜更かしは油の無駄づかい。


辺りが暗くなるのと同時に眠る習慣がついてしまった。


「おねえちゃん、お話して?」


「子どもじゃあるまいし」


「そういう気分なだけ!」


「仕方ないなあ……」


ベッドに横になり、クスクス笑いながら妹にお話をする。


よくあるおとぎ話だ。


この世界では、私たちしか知らない物語……。


そうこうしているうちに、瞼が重くなってくる。


明日もまた頑張ろう。


ふわりと笑みをこぼして眠りに落ちた。





――――――――――――

トレントのチーズコロッケ 10個くらい


トレントの実(ジャガイモ) 中8個

ハム 5枚(細かく切る)

さけるチーズ 二本(五分割にカット)

青ネギ 1本(小口切り)

塩・胡椒 小さじ1

牛乳 大さじ1


小麦粉・卵・パン粉・揚げ油 適宜


*美味しいのでリピしているレシピです。明太子マヨにつけて食べても美味しい。ビールが進む。山盛りがあっという間に消えるので、デブ活が捗るなあと笑顔になれます(駄目)あの、どのくらい運動すればプラマイゼロになりますか……?

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