(まもり視点)第12話 厚切りマッドピッグサンド 中編

狼のおじさんは、神殿の奥にある大樹のたもとにいた。


高く枝葉を伸ばした大樹から木漏れ日が落ちている。


あまり人気がない。


神殿で暮らしている人も近づかない場所らしい。


「なにしてるの」


後ろから声をかけると、おじさんの耳がぴくりと反応した。


「まもりか。なんの用だ」


機嫌が悪そうだ。


そこにいるだけなのに、肌がピリピリするくらいに迫力がある。


……あいかわらず、すっごい存在感。


強者と呼ぶにふさわしい人だと思った。


剣道の試合なんかじゃ絶対に出会えない。


ずいぶん長い間、戦場に身を置いてきたのだろう。


血にまみれながら、容赦なく命を刈り取ってきた者特有の気配がする。


「お節介な忠告をしてくれたおじさんの顔を見にきたの」


「……お節介か」


「うん。しかもいらない奴」


笑顔を作っておじさんの前に立つ。


ぎろり。女の子に向けるには、いささか鋭すぎる視線を投げかけられたけれど、さらっとスルーした。


「聞いたよ? 前の勇者と仲が良かったんだって?」


「…………」


「魔王と戦って相打ちになったって聞いた。本当?」


狼のおじさんは沈黙を貫いている。


否定しないってことは事実なのだろう。気にせず話を続けた。


「勇者が死んじゃって悲しいんだ。だから、私たちを心配してくれてる。でも、それってこっちとは関係ない話でしょ?」


「……ッ! そんなわけがあるか!!」


グルルルルッ! おじさんが喉の奥で唸った。


するどい犬歯をむきだしにて叫ぶ。どこか必死だった。


「神が異世界の人間を不当に酷使しているのは事実だ。使命だの、役目だの……綺麗ごとを並べ、便利なスキルを与えて使い捨てている。相手の尊厳を踏みにじる行為だ。だってそうだろう! 強制的に故郷を捨てさせるんだぞ。役目を果たしたら返してやる? そんな馬鹿な話があるか。人は道具じゃない」


拳を握りしめる。強く、たくましいはずの巨躯は小さく震えていた。


「お前たちの故郷は、とても平和だと聞いた。……誰が好きこのんで、こんな世界に来たがるんだ。いつまでも不安定で、化け物が跋扈する、他人に救ってもらわなくちゃ続けられないクソみたいな世界に。縁もゆかりもない場所で死んでどうする」


黄金色の瞳に哀愁がにじむ。掠れた声で言った。


「アイツだって家に帰りたがっていた。お前、わかっているのか。死に際に泣いても遅いんだぞ!」


仲が良かったという勇者に、故郷の話を聞いていたのだろうか。


狼のおじさんは騎士団長だったという。


きっと勇者と肩を並べて戦った経験もあったに違いない。


もしかしたら、共に魔王に立ち向かったのかも。


だからこそ、後悔しているのだ。


大切だった人の亡骸を前にして、散らしてしまった命の重さを思い知った。


なくなっていく温度を噛みしめ、二度と悲劇を起こすまいと決意して、ここにいるのだろう。


「……ふふ」


思わず口もとが綻んだ。


「まもり?」


ギョッとしている様子のおじさんに近づく。


胸もとのもっふりした毛を勢いよく撫でてやった。


「おじさんはやっぱり優しいねえ! だけどやっぱり余計なおせっかいだなー!! でも、気遣いに感謝!」


「うわ。なんだ、なにをする!」


動揺しているおじさんに構わず、グシャグシャにしてやる。


忙しげに耳を動かしている狼のおじさんに、一転して真顔で言った。


「おじさんって、すごく健全な家庭に育ったんだねえ」


「……は?」


「前も言ったでしょ。みんながみんな、元の世界に帰りたいって思うはずがない」


にっこり笑って、異次元収納に手を突っ込んだ。


「ま、食べながら話そうよ。お腹空いてない?」


籐のバスケットには、おねえちゃんが作ってくれたご馳走が入っている。

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