(まもり視点)第11話 厚切りマッドピッグサンド 前編

物心ついた頃から、いつもおねえちゃんの背中ばかりを見てきた。


ほっそりした儚げな背中。


実際、見かけどおりにか弱い。


なのに、おねえちゃんは私を守ってくれた。


私に危害が及ばないよう、身を挺してかばってくれたのだ。


正直、辛い出来事の方が多かったはずだ。


私といることで、思うようにならないことだっていっぱいあったはず。


でも、おねえちゃんは嫌な顔ひとつせずに尽くしてくれて――。


大丈夫だって微笑んでくれた。


いまの私があるのは、間違いなくおねえちゃんのおかげ。


だからさ。


今度は私が守ってあげる。


おねえちゃんは、私の背中を見ていればいい。


痛いのはぜんぶ私が引き受ける。


そう決意してるんだ。



   *



「ふはははは! これでわかったでしょ! 私に挑むなんて無駄無駄!」


神殿の訓練場。


威勢よく宣言すると、むんと胸を張って仁王立ちした。


私の前には、まさに死屍累々といった様子の騎士たちが倒れている。


神殿騎士だ。


フロレンスがど~~~~~しても私と戦いたいというので、いつもどおりにコテンパンにしてやったところ、他の騎士たちまで挑んできた。


仕方ないので相手をしてやったけど――。


「うう……」


「……完敗だ」


だーれも私に敵わなかった。


こんなんで大丈夫なのかな。


神殿って人類最後の砦じゃなかったっけ?


「ま、マモリ・キザキッッ……! きさま、前よりも強くなっていないか……!?」


いまにも死にそうな顔でフロレンスが叫んだ。


「ふふふん! よくぞ聞いてくれたね!」


ビシリと指を突きつける。得意満面で言った。


「旅の道中で稽古をつけてもらったの。すっごく強い獣人のおじさんに!!」


「獣人のおじさん……?」


「うん。灰色の毛をした大剣使い。ジェイクって言ったかなあ」


「なっ……!?」


瞬間、騎士たちがさあっと青ざめた。


「ジェイクって……伝説の騎士団長様じゃないか!?」


「すげえっ……! どうりで!」


「いいなあ。俺も稽古を受けてみたい」


ポワワワン、騎士たちの表情が緩む。


誰もが憧れに頬を染めていた。


ひえ~。あのおじさん、そんなにすごい人だったんだ。


「それで、マモリ・キザキ! ジェイク様はいまいずこに!?」


興奮気味なフロレンスが詰め寄ってくる。


あまりの剣幕に思わず後ずさった。


「し、知らないよ。ここまで一緒に来たけどさあ」


「そうか! ならば、捜せば会えるかもしれないというわけだな!」


満面の笑みをたたえて立ち上がる。


「だ、団長……?」


副官のギルがこの世の終わりみたいな顔をした。


嫌な予感でもしているのだろうか。


……うん。たぶん、君の想像は当たっていると思うよ。


「ようし! お前たち!! ジェイク様を捜しに行くぞっ!!」


体力馬鹿のフロレンスが号令をかける。


さっきまで死にそうな顔をしていた癖に。よくやるもんだ。


「あ、あの。どうか考え直していただけませんか……。まもり様に完敗したばかりでそんな」


「さすが団長! 言ってくれると思っていたぜ!」


「俺も行くからな!」


ギルが必死に止めようとしているのに、脳筋の騎士たちが賛同する。


鼻息を荒くしている騎士たちを眺め、フロレンスは瞳を潤ませた。


「お前たちのような部下を持てて、私は幸せだッ……!! 共に伝説の戦士に教えを請おう!!」


「団長おおおおおおおっ!!」


ガッシと抱き合う。顔をクシャクシャにして頷き合った男たちは、死ぬほど暑苦しさを撒き散らしがら拳を振り上げた。


「よしッ! 行くぞお! 見つかるまで今日は帰らないからなッ!」


「望むところだッ!! 整列ッ! 団長に続けッ! オイッチニー! オイッチニー!!」


汗臭い号令を上げて、騎士たちは出口へ駆け出していく。


「ま、待ってくださいよ~……」


その後ろを、ギルがヨタヨタと着いていった。


親に置いてかれまいと焦っている子ガモみたいだ。


大変だなあ。


後でおねえちゃんのご飯を差し入れしてあげようかな……。


そんな風に思っていると、訓練場の隅におねえちゃんを見つけた。


「わあ! 迎えに来てくれたの?」


軽い足取りで近づいて行くと、表情が暗いのに気がつく。


ムムム。なにか悩んでいるみたいだ。


おまんじゅうと羊羹、どっちを食べるか迷っている時と同じ顔をしている。


「ど~う~し~た~のッ!」


勢いよく抱きつく。


柔らかくって温かい。優しい温度を嬉しく思っていると、思いのほかおねえちゃんの反応が悪いのに気がついた。


「……あれ。本気の悩み?」


予想が外れたみたいだ。


こりゃあほっとけない。


「私に話せるやつ?」


一応確認すると、おねえちゃんは事情を説明してくれた。


「あのね。ジェイクさんにお人好しもいい加減にしろって言われちゃって」


どうやら、狼のおじさんについて悩んでいるようだ。


あのおじさん、騎士団長だったってだけでなく、他にも事情があったみたい。


先代の勇者と因縁があるせいで、異世界人の私たちに思うところがあるようで……。


だから、偶然を装って接触してきた。


心優しいおねえちゃんは、そんなおじさんが気になって仕方がないようだ。


「ふうん。なるほどね!」


フムフムとうなずいて、少し考え込む。


いやあ。おじさんにそんな事情があったなんて。


人生いろいろだね。


だけど……おねえちゃんを悩ませるなんて許すまじ。


「ね、おじさんの件。私に任せてくれない?」


「え?」


「ようするに、狼のおじさんは私たちになにかあったら嫌だな〜と思ってるわけだ。正直、部外者だし放っておいてもいいんだけどさ」


「こら。言い方」


「あっ。ごめん、ごめん」


「街まで安全に戻れたのは、ジェイクさんのおかげなんだよ。親切にしてくれた人への感謝を忘れたら……」


「わ、わかってるってば! つい言っちゃっただけ!」


延々と続きそうなお小言をさえぎる。


こうなると長いのだ。慌てて話題を戻した。


「ともかく。任せておいてよ。おじさんと話をつけてくる」


「大丈夫なの……?」


「だ〜いじょ〜ぶだって! すぐに戻ってくるよ。ニコニコ顔のおじさんを連れてね!」


胸を張る。


おねえちゃんはどことなく不安そうだった。


う〜ん。まだまだ信用度が低いなあ!


苦く笑いながら、おねえちゃんの腕を掴む。


「心配しないで。こ~んな悩みは、まもりさんが万事解決してみせようじゃないか!」


おじさんにどうアプローチをするかはもう決めていた。


それにはおねえちゃんの協力が不可欠だ。


「だからさ、おねえちゃん! アレ作ってよ!」


「アレ?」


「そう〜! 勝負の時に欠かせないアレ!」


おねえちゃんが目をしばたく。


すぐに思い至ったのか、クスクス笑った。


「わかった。すぐに用意する」


「やったあ!! できたらおじさんとこに行くね」


「急いで準備しなくちゃね……」


ふたり連れ立って歩き出す。


うん。これできっと大丈夫。


さ、心配性のおじさんをなだめに行こう!



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