第5話 マンドラゴララペのサンドイッチ 前編

翌朝。拠点の街に向かうため、ジェイクさんを含めて三人で進んだ。


鬱蒼とした森を抜けると、開けた丘に出た。


一面に草原が続いている。建物なんてない。木とゴツゴツした石がまばらにあるだけだ。


爽やかな晴天である。まさに、ピクニックにぴったりなロケーションだった。


「おっ。これはいいや」


のんびり歩きながら野草を採取する。


魔素の噴出により、変化してしまったのはなにも動物だけではない。


植生だって様変わりしてしまった。


この辺りにはマンドラゴラが群生している。


抜いたとたん、耳にした者が絶命してしまうほどの悲鳴を上げる草だ。


本来は稀少な薬草だったそうなのだが、いまは簡単に手に入るようになってしまった。


それもこれも魔素噴出のせい。


以前は普通に食べられた植物が猛毒を持ってしまったりと、この世界の人々は食糧難に苦しんでいる。


だからこそ、神様は私に魔物食の知識を授けてくれたのだ。


――なにを食べればいいかわからなくなってしまった人々を導くために。


せっせとマンドラゴラの採取に励む。


「えっと。マンドラゴラの可食部は……根だっけ」


神様からもらった知識を脳内でなぞりながら、ナイフをマンドラゴラの根元に突き刺す。


「ギィッ……」


小さな悲鳴が聞こえた。これで、引っこ抜いても安全なはずだ。


収穫したものを、ポイポイと異次元収納に入れて行く。


私たちだけで食べるには多すぎるが、神殿に納めれば、住む場所を追われた人々へ施してくれるだろう。


旅先ではなるべく食料を採取するように努めていた。これも勇者の仕事の一環だ。


……それにしても、のどかだなあ。


日差しがポカポカとしていて暖かい。魔物の姿も見当たらないし、頬をなでる風も心地よかった。


いっそこのままお昼寝でもしてやろうか。


そんな気になる。


本来ならなるべく早く峠を越えるべきなのだろうが――。


なんとなく先を急ごうと言える雰囲気ではなかった。


「せやああああああああああっ!!」


白刃に弾かれて、陽光がきら、きらと輝いている。


刀を構えた妹は、気合いを入れて勢いよく斬りかかった。


「甘い」


必殺の一撃かと思われたが、ジェイクさんはわずかに半身になっただけでかわしてしまった。


すれ違いざまに背中を大剣の柄で殴打する。妹の顔が痛みで歪んだ。


たたらを踏んだところを、すかさず足払いする。


「きゃんっ……!」


無様に倒れ込んだ妹を、ジェイクさんは余裕たっぷりに眺めていた。


「攻撃が素直すぎる。これじゃあ、当たるものもあたらないぞ」


「ううううっ! まだまだあっ!」


もう一度、妹がジェイクさんに斬りかかる。再び最低限の動きでかわされてしまった。


まるで勝負にならない。幼い子どもを大人がいなしているみたいだ。


よくやるなあ……。


マンドラゴラを集めながら、戦闘を繰り返す妹たちを眺める。


『ねえ、手合わせをしてほしいの!』


そう言い出したのは妹だ。


私にはちっともわからないが、妹いわくジェイクさんからは〝強者の匂い〟がするらしい。


せっかく出会えたのだからと、一戦申し込んだのだ。


ジェイクさんは快く請け負ってくれた。


神殿騎士であった頃は、若い者に稽古をつけるのも仕事だったようだ。


『危なっかしいからな。すこし鍛えてやろう』


余裕綽々な様子には言い知れない貫禄があった。


……もしかして、かなりのお偉いさんだったのだろうか。


疑惑をほんのり抱きながら、ふたりの手合わせを眺めていたのだが――。


「うっうっうっ……。どうして当たらないのよ~!」


妹が顔を真っ赤にして悔しがっている。


ポロ、ポロと大粒の涙をこぼしてさえもいた。


「私ってなんて弱っちいの」


ぐいっと涙を拭うと、悲嘆にくれた顔が泥で汚れていた。


妹は、もともと剣道の全国大会常連校のエースだ。


幼い頃から天才剣士と噂されていた。強化指定選手に選ばれる程度には実力があり、同年代に敵がいないほど。


妹が初めて真剣を手にしたのは、神殿の訓練場。


手練れだという騎士を圧倒していたのを覚えている。


異世界に来てからも敵なしだったのだ。


つまり、妹にとってこれが初めての挫折というわけで……。


――ああああああああっ! 見ていられない!!


「ちょっと休憩にしませんか! そろそろお昼ですし!!」


「それもそうだな」


声をかけると、ジェイクさんが剣を納めた。


急いで妹にかけよる。


「お疲れさま」


強く抱きしめてから、汚れてしまった顔を拭ってやった。


「おねえちゃん……」


いつになく落ち込んだ様子の妹の頭を撫でながら、密かに決意する。


――よし。妹を勝たせてあげるんだ。



   *



今日のメニューは、マンドラゴララペのサンドイッチだ。


焚き火から白い煙が立ち上っている。


湯を沸かしているジェイクさんの横で、妹は膝を抱えてうつむいていた。


ちくちくと胸が痛む。気を引き締めて、ランチの準備を進めて行く。


収穫したてのマンドラゴラは、鮮やかな橙色をしていた。


生食も可能で、熱を通せば甘くなるのだそうだ。


洗ったマンドラゴラを、なるだけ薄くカット、千切りにしていく。


それを、酢とオリーブオイル、砂糖、塩胡椒を混ぜたドレッシングで和える。


しんなりするまでしばらく放置しておこう。三十分くらいがベストだろうか。


「よし。マンドラゴララペはできた!」


いわゆる西洋風酢漬けだ。


火食鳥の肉で作った自家製ハムもスライスしておく。


これは作り置きだ。味が染みるように竹串で穴を開けた胸肉を、塩、生姜、ネギの青い部分を入れた水に入れて茹でる。沸騰したら、弱火で二分。火を切ったら、冷めるまで放置しておく。簡単に作れる鳥ハムだ。


ほんのり塩味と生姜風味が付いたハムは、エペの味を邪魔しない。


サンドイッチには、やっぱりお肉だろう。


野菜だけじゃ足りないボリューム感を補ってくれる。


「これを、バターを塗ったパンに載せて……」


パン、鳥ハム、マンドラゴラエペ、生食可能な葉もの野菜、パン。


崩れないようにギュッと挟んで、数分なじませてからカットする。


よし。綺麗に切れた。断面のトリコロールカラーが目に楽しい!


「はい、できた! マンドラゴララペのサンドイッチ!」


スープも用意してある。鳥ハムの煮汁を温め、卵を溶いて、ネギを散らしたもの。


鳥の出汁と生姜の風味が利いた塩スープだ。


「ラペだ!!」


できあがったサンドイッチを見たとたん、妹の表情が明るくなった。


元の世界にいた時から、キャロットエペは妹の大好物。お弁当の定番だ。


「なんで、俺のにはマンドラゴラが入っていないんだ?」


ジェイクさんが首を傾げている。


彼に用意したのは普通の鳥ハムサンドイッチだった。


「フフ。秘密です。そっちも美味しいですから」


「……まあ、別に構わないが」


納得いかない様子のジェイクさんに心の中で謝罪していると、妹が大きな口でサンドイッチにかぶりついた。


「ふおお。おいっしいっ!!」


キラッキラ。大きな瞳が輝き始める。


ほっぺたをリスみたいに膨らませたあかりは、うっとりと目を細めて言った。


「ラペの酸味が絶妙! シャキッシャキで、甘いのに酸っぱくて。すんごいさっぱり!」


「この鳥ハム。よくできているな。驚くほど身が柔らかい」


「狼のおじさん、わかってるね~! 鳥ハムはおねえちゃんの得意料理なの。ぜんぜんパサついてなくって、ラペで口がさっぱりしてるところに食べると、お肉の旨みがじゅんわ~って来て……。くうっ! 最高」


じゃくっ! じゃく、じゃく、じゃくっ!


妹の大きな口が、次々にサンドイッチを削り取っていく。


あっという間に一切れ食べきってしまった。


「おかわりっ!」


「はいはい」


威勢のいい声に、笑顔で応える。


ホッと胸を撫で下ろす。


さっきまで死にそうな顔をしていたのに……。


「はあ。幸せ!」


妹は、落ち込んでいたのが嘘みたいに元気になっていた。


やっぱり、まもりはこうでなくっちゃね。


健啖ぶりを嬉しく思いながら、そっと妹の様子を確認する。


本人は気付いていないようだが、身体がわずかに発光しているのがわかった。


「これできっと……」


「おねえちゃん?」


「ううん。なんでもない」


ニコニコ笑って自分もサンドイッチをほおばる。


うん、美味しくできた。きっといい結果を連れてきてくれるはずだ。

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