第4話 火食鳥レバーのアヒージョ 後編

野営の準備を終え、夕食の支度を始める頃には、妹はうつらうつらと船を漕ぎ始めていた。


疲れているのだろう。思えば、トレントと大立ち回りしたばかりだ。


食事が出来たら起こすからと横にして、さっそく調理に取りかかる。


「手慣れたものだな」


手早く火食鳥をさばく私に、ジェイクさんが感嘆の声を上げた。


「練習したんです」


異世界にスーパーなんてない。仕留めた獲物は自分でさばかないといけなかった。


この世界に来ていちばんに覚えたのが解体だ。最初は本当に大変だった……。


さばいた生き物に襲われる夢を見て飛び起きるくらい。若干トラウマである。


「勇者が魔物を喰らうというのは本当だったのだな」


よほど興味があるのか、ジェイクさんは私の手もとを繁々と眺めている。


「抵抗がありますか?」


「いや、それほどではないな。火食鳥だって火を吐かなければただの鳥だ」


「それはよかった。とっても美味しいんですよ」


ホッとしつつ、調理を進めることにした。


すると、ジェイクさんが微妙な顔をしているのに気がついた。


「すまんな、俺が増えたせいで食える量が減ってしまって。別に俺のぶんまで用意しなくともいいんだぞ。携行食くらいは持っている」


あまり身厚いとはいえない火食鳥の肉を見たからだろう。


頭の上についた耳をぺたんと伏せ、しっぽをだらりと垂らしてしょげている。


よく気がつく、いい人だ。


初めて会った勇者の世話を焼こうと思うくらいである。善人なのは間違いない。


「アハハ。大丈夫ですよ。この鳥、もちろんお肉も美味しいんですけど、どっちかというと内臓の方が味わい深いんです」


「内臓?」


「ええ! なので、今日はレバーのアヒージョなんてどうでしょう」


「アヒー……。なんだそれは」


「まあまあ。見ててくださいよ」


肉は塩を振って串を刺した。焚き火のそばに刺して焼き肉にする。


これは妹のぶん。あの子は内臓とか臭みがある部位はあまり好きじゃない。


逆に、私はちょっぴり癖がある食べものが好きだ。なにせにぴったりである。


「おお……。新鮮な内臓は綺麗だな」


「ですねえ」


体内に火を噴く器官が備わっているせいか、火食鳥の肝臓はとても大きい。


さばきたては濁りのない赤色。臓物とは思えない色鮮やかさがあった。


ひとくち大にザクザク切る。心臓は真ん中から割って、血の塊を取り出しておいた。


おっと。砂肝も忘れちゃいけない。


白い筋膜はあえて残して(触感がコリコリになる)薄切りにしておいた。


あとは鷹の爪が一本。にんにくは二欠片をスライスしておく。


味付けは塩胡椒。香り付けにローリエの葉っぱ。よし、これで準備は完了!


あとは、鉄製のスキレットに具材と香辛料を入れ、ひたひたになるくらいオリーブオイルを注ぐ。レバーに火が通るまで煮込むだけだ。


「……なあ、ひとつ聞いていいか」


テキパキと料理を進めていると、ジェイクさんが口を挟んできた。


なんだろう。首を傾げていると、ソロソロと私の手を指差す。


「お前、さっきから奇妙な調味料を使っているな。見たことのないハーブやら、香辛料が次々と。ローリエとはなんだ。その赤い野菜は? お、オリーブ? 聞いたことも見たこともない」


「ああ! 説明してませんでしたっけ」


汚れた手を拭いながら、改めて自分の恩恵の説明をした。


「私、もともと自分がいた世界で使っていた材料を、いくらか喚べるんです」


「は……?」


「こっちの世界に来る時、神様に直談判したんですよ。見知らぬ世界で、未知の材料ばっかりじゃあ、思うように料理が作れないじゃないか!って」


「それは確かに」


「だからこうやって……」


手のひらを上向きにする。


ぶわわっ! 水が湧き出るように、ホールの胡椒が山盛りになった。


「イメージしたものを、好きなぶんだけ用意できます。まあ、お肉や魚、穀物とかは無理ですけどね。調味料と香辛料、香味野菜程度ならいけるみたいです」


「……すごいな」


ジェイクさんは呆れ顔だ。爪先で胡椒をつまんで繁々と眺めている。


「売れば一儲けできるんじゃないか」


「フフ。それは駄目なんですって。釘を刺されちゃいました」


「誰に?」


「神様に」


獣の耳がピクリと反応する。私はクスクス笑った。


「特別な恩恵を与えてくださったのは、あくまで世界を救うため。つまりはそういうことなのだそうですよ」


「……ふうん」


ジェイクさんはどこか不機嫌そうに尻尾を揺らした。


「都合よく喚びだしておいて、勝手な話だな」


思うところがあるらしい。まあ、わからないでもない。


「人を超越した存在はいつだって身勝手。人間の運命を翻弄してもお構いなし。そんなイメージがありますよねえ」


不敵に笑ってジェイクさんの瞳を覗き込んだ。


「なら、こちらだって好き勝手やればいいじゃないかなって思ってるんです」


「どういう意味だ……?」


困惑しているジェイクさんを前に、異次元収納から木製のコップを二つ取り出した。


空のコップの縁に指をつける。私は静かにイメージした。


「……それは!」


指先からあふれ出したのは、深紅のしたたり。


血よりもなお鮮やかな赤い流れは、みるみるうちにコップを満たしていった。


すん、とジェイクさんが鼻をひくつかせる。驚いたように目を見開いた。


「酒の匂いがする」


「ワイン、いや葡萄酒って言ったほうがいいのかな。いかがですか?」


「お前……」


「フフフ。お酒だって料理に使うんですよ? 調味料みたいなもんです。つまり! これはまっとうな能力の行使です!」


むん、と胸を張る。


そうなのだ。この力があれば、お酒飲み放題!


どんなお酒だって、イメージさえできればじゃんじゃん出せるのだ!!


……イメージが貧弱なせいで、いまだ大吟醸は出せていないけど。


いつかは気合いで出してみせる。密かな夢だった。


「しかも、私の料理には回復機能があります。二日酔いにもならない。最高ですよね!」


ビシィ! と親指を立てる。ある意味、酒飲みにはうってつけの能力だ。


神様が意図した使い方では絶対にない。


けれど、別にこれくらいいいじゃないか。


あっちだって私たちを利用しているのだ。これくらいは許容範囲にしてほしい。


「ハハハハハハハハハハ!」


ジェイクさんがお腹を抱えて笑っている。


目の端に浮かんだ涙を拭って、私の肩をポンと叩いた。


「最高だな。穂花」


「でしょう?」


「というか、もう酒が飲める年なのか」


「失礼な。私、今年で二十三になるんですが」


「……人の子の見かけは本当にわからんな」


「お互い様では?」


楽しく雑談をしながら、スキレットを確認する。


オイルがクツクツと煮立っていた。


レバーがいい色に変わってきた。そろそろ食べ頃だ。


「ジェイクさん。お酒は好きですか?」


パンを用意しながら訊ねれば、「もちろんだ」と即答された。


「じゃあ付き合ってくださいな。美味しいですよ、レバー。赤に合う」


「ぜひとも相伴に預かろう」


にんまり笑ってコップを合わせる。


予期せず出会った私たち。


一緒に食事をするなんて、思いもしなかった。


だけど、神様に内緒の晩酌は非情に美味で。


起きてきた妹と一緒に、楽しいひとときを過ごしたのだった。





――――――――――――――

火食鳥レバーのアヒージョ


火食鳥レバー(鶏レバー) 200グラム

砂肝、ハツはお好みで

にんにく 二欠片

ローリエの葉 一枚

オリーブオイル 適宜

鷹の爪 一本

塩胡椒 少々


*作中では省略していますが、スーパーで買った鶏のレバーは一度牛乳で洗って臭み取りをした方がよいと思います。


*牛レバーほどパサつかない鶏レバーは、まったり濃厚で実に美味。うちの近くのスーパーでは、ハツといっしょくたになって売っています。安くて家計にも優しい。鉄分補給のためによく買います。オイルに旨みがしみ出すので、ぜひパンを浸して。

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