Cpt.3

『義剣のレフ』

0-1


 ――暖かい日差しの中でうとうとしていると、今朝の会話が夢となって思い出される。


 私と、友人のフィリラ。私に仕事を寄越すのが彼女の仕事。


『レフ、あなたに会いたいという人がいるわ』


 フィリラはお茶を嗅ぎながら話した。まるで通りですれ違った演劇俳優の感想でも言うみたいに。


「それは仕事の話? それとも個人的な意味で?」


『治安局職員からのお誘いよ。名はザイン・ベセスター』


「……出頭命令?」


『違うわよ。彼は情報を提供してくれるらしいの。なんでも、港で不法な積み荷を揚げ降ろししている輩がいるとか』


「そんな命知らずがまだこの街にいるとは」


『彼と一緒に連中を暴き出して……あとはわかるわよね。それが今日の仕事よ』


「ええ、ええ。すべてはヴァルヴァレト家のために」




「もし……。レフ・ヴァルヴァレトさん? お待たせしました」


 体が反射でびくっと跳ねる。不意に降る男の呼び声に、私は心地良い微睡まどろみから目を醒ました。

 だから人を待つのは嫌なのだ。特によく晴れた日に、人通りの少ない静かな場所で待ち合わせるのは。しかもおあつらえ向きにベンチまで設えてあると。


 瞼を開いて声の主である男を見る。黒の制服。やせ気味の体を天に向かって真っすぐ伸ばし、髭のキレイに剃られた顔が日を受けて白んでいた。

 彼は上着のボタン一つ外さず佇んでいる。この陽気では暑いだろうに、真面目なことだ。暑そうな格好という点では、私も人のことは言えないが。


「いかにも。貴方が情報提供者ですね」


 居眠りしていたのをごまかすように、立ち上がらぬまま、低く平坦な声で返す。


「治安局のザイン・ベセスターと申します。お休み中失礼します」


 ごまかせていないうえに、勝手な気遣いまでしてくれた。おかげでうなじがかっと熱くなる。その熱が顔全体に広がる前に、口から吐き出す。


「ザインさん。早速ですが、現地へ向かいながらお話を聞かせてもらいます。よろしいですね?」


「さすが噂に名高いヴァルヴァレトの騎士。迅速な行動、ありがとうございます」


 座って打ち合わせなどされたら、また寝顔を晒すことになるだろうから。

 私たちはどちらが先を行くでもなく歩き出す。目的地は、港だ。


 本来、彼のような治安局の職員と、私のような『騎士』が会うのは滅多にないことだ。あるとすれば、取り調べか、治安局員の汚職のとき。都市全体のために働く治安局と、それぞれの『家』のために身を切る騎士とでは、相容れないものがある。

 幸いにして、今回は事情聴取でも賄賂の受け渡しでもない――私はどっちもゴメンだが――互いの利害が一致しての協力だ。


 今朝の食事の席で、概要は聞いている。私の属するヴァルヴァレト家の港で、違法な積み荷を揚げている輩がいるという。あそこはヴァルヴァレト家が直接契約した業者しか使えない。無断で船を泊めるだけでも許されないが、違法な物をヴァルヴァレトの港に揚げるとは、ずいぶん恐れ知らずな奴らだ。


「しかし驚きました」


 不意に治安局の彼が言う。何に、と一瞬考えたところで察しがついた。私の外見に関することだろう。


「ヴァルヴァレトの騎士……義剣のレフが、その……こんな愛らしい女性だったとは。さぞ才の光ることとお見受けします」


「どうも」


 世辞はありがたく受け取っておく。しかし内心では初見で私を女と見抜いたのには驚いていた。

 身近な女性たちは、香水に華美な衣装にと忙しい。汗臭い軽鎧に身を包む私は彼女たちと違って楽なものだ。ただヴァルヴァレトの紋だけを誇りにしていればいい。


「違法な積み荷……有り体に言えば武器の密輸です」


 話を聞き過ごしながら路地裏を行く。極端な話、私に必要なのは標的が誰で、どこにいるのか。それだけ。それだけあれば問題解決には十分なのだ。騎士流の解決法においては。

 だから治安局員の彼には悪いが、眠気がぶり返してすらいる。あくびをこらえながら港へと歩くことに集中していた。


「税関の目をくぐり抜けているようで…………捜査しようと言っても、上司は証拠が無いと動けないの一点張りで…………」


 相づちを打たなくともしゃべり続けてくれるのは楽でいい。周囲を警戒するようなふりをして、路地を形作る居住棟を眺めた。

 窓から窓にかけられたロープに洗濯物が揺れる。住人は皆働きに出ていて、留守を守るのは鳥のさえずり。ヴァルヴァレト家の繁栄は、この家々に住む者らが担っている。彼らの平和と、一族の利益を守ることが私の役目だ。


「……港の管理者であるヴァルヴァレト家なら、自分らの領域で起きている悪事は見逃さないだろうと思い、こうしてご足労いただいたわけです」


「……ヴァルヴァレトの縄張りで悪事に手を出したのが運の尽きですね」


 久しぶりに応答があったからか、局員のザインは少し嬉しそうな顔をした。だが直後、砂糖と間違えて塩をまぶした菓子を食べたような顔になる。


「密輸犯は今日中に殲滅します。それが『今日の仕事』だと言っていたので」


「で、できれば検挙したいのですが……密輸ルートや、首謀者の情報が欲しい」


「あら、私の顔を知らないばかりか、騎士の仕事も知らないと……あなた、局員になったのは最近ですね。ザインさん……でしたっけ?」


 別に生かして捕らえて治安局に引き渡したって、私はいい。しかし、ヴァルヴァレト家はそれでは納得しない。


「下手人の生死については、諦めてください。騎士が出るとは、そういうことです」


 ザインは咳払いをひとつすると、それきり黙りこくってしまった。



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