6-4


 砂漠の街がどんどん小さくなっていく。互いに遠く見えなくなろうとも僕らの旅は続き、彼らの日常は回る。時計の針は疲れ知らずだ。


「えーと……そうそう、アルパクールについてもっと説明しておかないとな。旅先の安全のために」


 惜別から気持ちを切り替え、僕らは今後のことについて共有する。


 僕らの乗る船の目的地である『アルパクール』は、ホーゼナイから真っ直ぐ海を越えた北に位置する都市だ。


 魔法石技術に優れたそこでならば、弾薬に使える魔法石を調達できるとカイリアは踏んでいる。


「アルパクールは歴史的に王国と帝国の緩衝地帯だ。百年前の戦争をきっかけに、どちらにも属さない中立都市として認められた。故に、両国の文化や技術を遮るものなく取り込んで昇華させてきた先進的な街だ。自由な競争によって産まれた独自性ある社会は一国に値するだけの力を持っている。あそこなら国と関わらずに自動小銃のための魔法石を作れるというわけさ」


 語るカイリアは目を輝かせていた。いかにも、カイリアが好きそうな街だ。


「ふむ……しかし、門戸が開けているとも言える。僕らや自動小銃のことを内密にしてくれるだろうか」


 その街で自動小銃を見せれば、きっとカイリアのように食いついてくることだろう。その進んだ技術と経済力によって、あっという間に自動小銃を複製してしまうかも知れない。


「そこは当てがある。わたしはアルパクールに行くのは初めてではない。ホーゼナイは『ヴァルヴァレト家』と取引があってな。おじいちゃんの許しを得て、何度か商談に同席したことがあるんだ」


「『ヴァルヴァレト家』……?」


 どこかで聞いた名だ。ああ、そうだ。この船の着くのがヴァルヴァレト港という港だった。港湾経営者の家名ということだろうか。


「おっとそうそう……アルパクールの『ファミリー』というのを説明しておきたかったんだ」


「みゃ! それでしたら、エイユー様にはワタシの方からご説明を……」


「いやいや、わたしから話そう。わたしは実際に『家』のひとつ、ヴァルヴァレト家と取り合ったことがある」


 シヴィラの提案を蹴り、カイリアは甲板の柵にもたれかかる。身長のおかげで、海に滑り落ちる心配はなさそうだ。


「さて……今語ったように、アルパクールは基本的には魅力的な街だ。帝国、王国双方との貿易によって潤っていて、かつ王や諸侯のような独占的権力者もいない自由な街だ。アルパクールには何でもあるという言葉が比喩では無いのさ。夜の遊び場もたくさんあるが……羽目を外しすぎないようにな。エイユーに限ってないことだと思うが」


「……治安が悪いってことかい? 犯罪に気をつけろと」


 光が強くなればそれだけ闇も濃くなる。そういうことが言いたいのだろうか。


「自由に人が出入りするだけ、悪どい奴らも増える。自由に金が動くだけ、富がある者とない者に分かたれる。だが無法というわけではないぞ。エリガンが警吏を兼ねているホーゼナイと違って、治安局という独立した組織が犯罪を取り締まっているからな。……だがそれ以上にアルパクールには、安易に付き合ってはいけない連中が存在する。それが、『家』と『騎士』だ」


 アルパクールは自由競争による発展を遂げた。その結果生まれたのが、財を蓄えた家系を中心とした組織『家』。都市内には複数の家グループが存在しアルパクールの覇権を争っている……というのが実情らしい。

 僕の少ない記憶でもピンと来た。マフィアのようなものだ。それらがアルパクールを実質的に支配しているのだ。


「騎士ってのはともかく……家は、僕らがこれから接触しようとしてるヴァルヴァレト家も含まれてるんだろう。嫌でも会わなきゃいけないじゃないか」


「大丈夫。わたしはヴァルヴァレト家とは取引先の関係、邪険にはできないはずだ。だが、他の家はそうもいかない。血の気の多い奴らもいる……表向き平和な街だが、裏では家同士の抗争がずっと続いているんだ。巻き込まれないようにしないと」


「……油断できない相手だってことはわかったよ。でもこれまでよりはましかも知れないな。黒き獣、ツォングシャラ、ああ、あと盗賊団。話すら通じない奴らばかりだったから」


「言うじゃないか、エイユー。あの夜、ツォングシャラがーサメ除けがーと喚いていたのとは大違いだ。やっぱり男は度胸があった方が良いぞ」


 カイリアが珍しく歯を見せて笑った。よく見ると、上の前歯が一本なくなっている。工具でもぶつけて折ってしまったのだろうか。

 歯がないのを見られたのに気づいたのか、カイリアは慌てて顔を背ける。……カイリアがあまり口を開けて笑わないのは、そういう理由からだったのか。


「そ、それでだ。胆力がついてきたらしいところで聞くが、エイユーよ。今までにその自動小銃で……人を撃ったことはあるのか」


 顔を繕ったカイリアは背負われたライフルを僕の体越しに透かし見るようにして言った。

 それは、この世界に目覚めてから、という意味で良いのか。


「……人を撃ったことはない。そういう状況に直面したこともないから」


「盗賊団に襲われたと言ってたが、その時ですらもか?」


「撃たなかった」


 撃つ気はあったが。あの時のことを説明するのはちょっと面倒くさい。


「そうか……エイユーは、本当に大戦を戦い抜いた英雄なのか不安になるほど甘っちょろい感じがするからな……もしやとは思っていたが」


 戦った記憶など無い僕からすると謂れ無い非難だ。僕に代わってシヴィラが唇を尖らせる。


「むむ、守護者として聞き捨てなりません。エイユー様は頼もしい人です。でなければ、砂漠を生き延びてホーゼナイまで来られなかったでしょう。この世界のことをまだよく知らないので、慎重になっているだけです」


「慎重なのは大いに結構。だが躊躇わない大胆さも必要になるときがある。この先、身の危険を感じたら……迷わず自動小銃を使え。これからは、その覚悟が要るぞ。……シヴィラもだ。その弓で人を殺める覚悟が」


「ワタシは……もとよりできていますとも。エイユー様に仇なすものなら……」


 シヴィラは言うが、この子に人殺しなんてさせたくない。なおのこと僕が躊躇するわけにいかないな。


「わかった……肝に銘じておくよ。それで、もうひとつの『騎士』っていうのは?」


「ああ、これも家についての続きになるんだが……。各家のトップには一人の当主がいて、その右腕となるのが騎士、実質的に組織のナンバー2となる役職だ」


「騎士なんて言うから、アルパクールが持ってる軍隊なのかと思った」


「よくある誤解だ。騎士の呼び名は伝統的なもので、それが変わっていないだけらしい。それで、なぜ家とは別に騎士を挙げたかと言うと……家は組織単位で危険になるが、騎士はそいつ一人だけで脅威だからだ」


 当主の側近である騎士は、言わば汚れ役を買って出るのが仕事らしい。家名を背負う当主ではできないことを全て任される……つまり、法を犯す行い。たとえそれが殺人であってもだ。


「抗争にあたっても主に動くのは騎士だ。当主の命に従い、どんなことでもやる。家の暴力装置とでも言おうか……故に、自分を騎士だと名乗る人間が接触してきたら気をつけないといけない。いや、接触されてからでは遅いか。もしそうなったら、抵抗せず従った方がまだ無事で済む可能性が残るだろう」


「そんなに……エイユー様のらいふるでもってしても、太刀打ちできないというのですか!」


「相手はプロだからな。騎士が人を殺した話はいくらでも聞いたが、騎士が殺されたというのは耳にしたことがない。それに勝てたとして……騎士を殺したやつがアルパクールにのんびり滞在していられるわけがない。その家の子飼い共が昼夜問わず報復に来るだろう」


 船上に言葉が途絶える。帆の鳴る音が耳障りだった。


「そう重くなるな。もしも万が一、という話だ。ヴァルヴァレト家は義理堅い。客人となればわたしたちの身は守ってくれるだろう。あとは一人で外出せず、裏路地は避けて、知らない奴にはついていかない。そうすれば、一生忘れられないくらい楽しい滞在になるさ」


「……まあ、いつ化け物に遭うともわからない場所よりずっとマシか。シヴィラ、わかったかい」


「わ、わかってますよ、そのくらい……ヒュ=ジはみんな旅先での心得は教わるんですから」


 シヴィラは随分尖った口調で答えた。カイリアも気がついて声を掛ける。


「ん。どうしたシヴィラ、不機嫌な顔して。船に酔ったんなら、船室に入ろうか? 船は後ろの方が揺れが弱いからな」


 的外れな提案に、僕から補足させてもらう。


「カイリアすまない。今までこの世界についてはずっとシヴィラが教えてくれていたんだ。君に役割をられたみたいで不満なんだよ」


「え、エイユー様。そういうことはわかっても口に出さないものですよ」


「くははっ、これは悪いことをした! 技師ともあろうわたしが、人の仕事に手を出してしまっていたとはな。次からはシヴィラに解説を任せるとしよう」


「いいんです。わたしは里で教わっただけで、山の外へは何処へ行っても初めての未熟者なんですから」


「そう拗ねるな~、全く可愛いやつめ。これからは共に行く仲間なんだ。仲良くやろうじゃないか」


「みゅ~……」


 カイリアが少女の顔を激しく撫でる。本人はお姉さん風を吹かせているつもりなのだろうが……こっちからは同い年の女の子同士がじゃれ合っているようで、別の意味で微笑ましい。


「……新たな場所、か。旅をしているのだから当然だけど」


 二人が仲良ししている間、僕は海へ視線を投げる。揺蕩たゆたう水は青を濃くし、水平線にはまだ何も現れない。話しているうちに、ホーゼナイはすっかり見えなくなってしまった。


 砂漠での良き出会いの数々。そして別れ。しかし道連れとなった者もいる。旅路は少し、賑やかになった。


 この海の向こうアルパクールでも、良い出会いが待ってくれていることを。


 いつの間にか、弾薬のことも記憶探しのことも忘れて、僕はそう祈っていた。



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