But baby,I've been,I've been praying hard
But baby,I've been,I've been praying hard【6-1】
“とうとう足は動かなくなった。眼も霞んできている。いよいよ限界らしい。
娘、――(滲んで読めない文字) 餓えた体に、まだ流せる涙が残っていたとは。
こんな形であなたの前から居なくなるわたしを許して欲しい。いつか届くと信じてあなたへの言葉を残すわ。
人生という砂漠を行かんとする娘よ、夢を追いなさい。
夢とは人生の到達点のことではないわ。
夢は眠っていては手にすることはできない。見せられているだけ。目を開いて、足を踏み出しなさい。
果てに見えているのは蜃気楼。
求むるものは、行く砂の中にこそある。”
――フォーエの遺跡で見つかったエリガンの手帖
「エイユー。ようやくこの日が来たな」
5日ぶりに会うカイリアは、初めて見る服を着ていた。
「おっ、この服か? 仕立ての工房に邪魔して一緒に作ってもらったんだ。服飾の仕事は初めてだったからいい経験になった。エイユーの装備を参考にデザインして、丈夫で動きやすく、ポケットもたくさんついている。何よりわたしの体にもぴったり。この世にまたとない装備だ! そうそう、生地にはヒュ=ジの織物を使ってるんだぞ」
「よくお似合いです。本当にエイユー様みたい!」
シヴィラが嬉しそうに跳ねる。靴底に弾かれた小石が転がって水面へ落ちていった。
装いを新たにしたカイリアと待ち合わせたのはホーゼナイ港。天気は快晴。絶好の航海日和りだ。
今日、僕たちは船に乗り、ホーゼナイを発つ。カイリアとともに。
時はカイリアがタルクに熱いキスをしたあの朝に遡る。
「ほ、本当に言ってるのか、カイリア……エイユーたちの旅についていくって……」
交わした口づけの熱が冷めやらぬままに、カイリアの唇が紡いだ言葉。それにタルクはもちろん、僕やシヴィラ、リグラートも驚きの追い打ちを食らった。
「その通り、それがわたしのやりたいこと、その2だ。エイユーからはとある依頼を受けていてな。しかし、それを達成するにはホーゼナイに居ては不可能だ。故に、アルパクールへエイユーたちを連れて行こうと思う。エイユーは、それで構わないか?」
アルパクールとは、また別の所にある都市だろうか。その子細は後で聞くとして。
「カイリアがそうすると言うなら。僕は従うよ」
カイリア自身が、自動小銃の弾薬をこの世に蘇らせると決断した。住み慣れたホーゼナイを離れてまで、だ。
その決意の裏には、モノリから贈られた言葉があるのだろう。たった今、肉親からの言葉は呪縛から祝福へと変わったのだ。
「うむ。そういうわけで、当面わたしは工房を空ける。後のことは頼んだぞ」
「簡単に言ってくれるよ。うちの職人はあれで気難しい、カイリアだから言うことを聞いていたところがあるのに」
台詞とは裏腹にタルクの顔には笑みが浮かぶ。
「エイユーの望む物が作れれば、帰ってくるんだろ。どれくらいを見込んでる」
「……いや。わたしはその後も、エイユーたちについていく。だから、次に戻ってくるのはいつになるかわからない」
「えっ……」
タルクと会って以来初めて聞く、悲痛な感嘆が漏れた。
「エイユーの武器は、非常に特殊な代物でな。わたしでなければ手入れができない。アルパクールで目的のブツを調達できたとしても、今後の運用に問題が起こると予想できる。何せエイユーは……わたしたち以上に無知なものでな」
「……いいのか、カイリア。僕らの旅は、目的はあっても当てはない。いつ、何処へ行くことになるかわからないんだ。もちろん、キミやシヴィラの故郷に帰る時も」
カイリアはホーゼナイにたくさんのモノを残していくことになる。まして、つい先ほど気持ちを伝えた青年をも。
「案ずるな。自分の面倒は自分で見れる。帰りたくなったら自分で帰るさ。それに、もうわたしはエイユーの旅路に不可欠な人間になっていると思うが? わたしのような人材を今後見つけるのは苦労するぞ」
悪戯な表情でカイリアは笑いかけてくる。
「わたしだってホーゼナイに未練が無いわけじゃない。だが、さっきも言っただろう。わたしはやりたいことは全部やることにしたんだ。依頼を完遂するというのもそうだが……それ以上に、エイユーたちの旅の先には面白いことが待っている気しかしない」
カイリアの意思は固い。今さら僕が何を言ったところで撤回されないことは解っていた。
「わかったよ、カイリア。でも……家族にだけはちゃんと話して欲しい」
カイリアの意思表明を、黙して聞いていたリグラート老は目深に帽子を被り直し日差しを除ける。
「おじいちゃん……聞いての通りだ。わたしはエイユーとともに世界を見て回ることにした。でも技師としてのわたしを捨てるわけじゃない。むしろ技師としての高みに立つために、この眼と足で必要な物を見つけるんだ」
やはりというか、カイリアの口から出るのは伺いではなく宣言だった。
一方でリグラートは予想外にも落ち着き払っている。カイリアを溺愛するリグラートのことだ、カイリアに街を出て欲しくない理由を並べ立てると思われたのだが。
「……天才とおだてられすぎて、そんな今さらなことを言っておるのかの」
暫時の沈黙を経て、リグラートは口を開く。若者を叱りつけるような口調に、少し場に緊張が走る。
「わしだって若い頃は、王都はじめ国中を回ったものじゃ。ホーゼナイの工房におるだけで学べると思ったら大間違いじゃぞ。……行きなさい、カイリア。おまえはもっと、遠くまで歩んでいけるはずじゃ」
「おじいちゃん……いやここはこう呼ばせてもらう。感謝します、工場長」
出立を認められたカイリアは糸が外れたように、ぴょこんと僕らに向き直る。
「というわけで、エイユー、シヴィラ。アルパクールへ向かうにあたってのことは追って話すから、5日くれないか。何度も言うが、わたしはやりたいことは全てやると決めた。ホーゼナイに居るうちに、できることを済ませておく。それまで待っていて欲しい」
それでその日は解散になった。何せ全員が徹夜である。僕とシヴィラはともかく、その日は仕事だったであろうカイリアとタルク、そして工場長リグラートとエリガンの男はそれはそれは辛い一日となったに違いない。
そうして5日の時間をコードンでのアルバイトに費やし路銀を蓄えた。今朝宿のフロントに伝言された通り、僕らはホーゼナイ港で待ち合わせ今に至る。
「宿の人が大金を渡してきたときは何事かと思ったよ……」
「気にするな。わたしのために余分に泊まることになったんだから」
カイリアが4泊分の宿代を肩代わりしてくれたのだ。
「それに、わたしが記憶の旅の同行者になった以上、二人の路銀はわたしの路銀と同義だろう。貯金など、ホーゼナイに残しておいてもなんの意味も無い」
僕たちが滞りなくホーゼナイを出れるようカイリアが施してくれた処理はそれだけに留まらない。
遺跡への侵入の件も、発掘責任者に取り次いで不問にしてくれた。何でも、カイリアに恩があるらしく、それでもって帳消しにしてもらえたのだとか。
「エリガンも協力的だったし、エイユーが遺跡に入る鍵を持ってることは隠し通せた。わたしも服に工具の調達、工房の引き継ぎに挨拶回りも済ました。タルクとも……ああいや、何でも無い……旅に出る準備は万端だってこと。アルパクール行きの船も手配済みだ」
「何もかもすみません、カイリアさん」」
「……それはわたしの台詞かもな。エイユー、シヴィラ。ホーゼナイでは何もかも、世話になった。そしてこれからは、旅の世話になるぞ」
上向きに差し出された手に、握手を求められていることに気づく。
握り返すその小さな手のひらは、迷い無く力を込めてきた。
「これからよろしく、カイリア」
「よろしく、エイユー」
「よろしくお願いします、カイリアさん!」
シヴィラも手を重ね、3人は道を交えることを誓った。
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