5-4


「ついた! エレベータ!」


「早く扉を開けろ、エイユー!」


 再び挑むこととなった遺跡内でのチェイス。脱出口であるエレベータホールに到達する頃には電力は完全に復旧したようで、遺跡内には光が戻っていた。

 対照的に、カイリアのランプは光を絶やして完全に沈黙してしまっていた。


 エレベータに乗ってしまえば、あのロボットとは大きく距離が取れる。ヤツが階段を使えようとも、あそこは穴や亀裂だらけで登ってこれないだろう。とにかく一階へ逃げてしまえば、僕らを追えないはずだ。


「急げ、ヤツが追いついて来るぞ!」


「わかってる! もうボタンは押した!」


 押したのだが……ドアは開かない。


 はたと思い当たる。エレベータは最後に人を乗降させた階に留まるとは限らない。設定によっては決められた階に自動で戻ることもあることに。


「別の階に行ってしまっているのか!」


 通常であれば待ち時間など気にならないほど、このエレベータは高速で昇降してくれる。だが、今の状況ではその数秒が致命的だった。


 駆動音とともに後からロボットが現れ、屈伸するようにその場で身を低くした。一定の距離をとって獲物を観察しているようだった。


 ほんの短い時間、沈黙が空間を支配する。足を止めることで行き場を失った血流が無闇に頭を回転させた。


 僕らを捉えるセンサーアイ。胴を巻くように8つの円が配置されている。正面寄りの二つはカメラアイか、一回り大きいガラス面の奥ではレンズが細かく動いているような光の反射があった。

 これで脚がもう4本あれば、まさしく巨大な蜘蛛といった様相だ。見た目の悍ましさは、敵により恐怖を植え付けるための設計か。


 ロボットが人に変わって戦闘をする……SF作品ではよくあるテーマだ。だがこれほどまでに自律的に行動する対人ロボット兵器が造られているとは。


 チン、というベル音が沈黙を破る。エレベータドアが開くのと、機械の獣が地を蹴るのが同時だった。


「乗れ!」


 僕は両腕で二人を箱の中へ突き飛ばす。そして、僕も突き飛ばされた。


「エイユー!」

「エイユー様!」


 悲痛な叫び声がエレベータ内から聞こえる。なんとか二人は助けられたみたいだ。


 ロボットの突進を受けた僕の体は、エレベータホールの壁に叩きつけられていた。アドレナリンのおかげか、さして痛みは強くなかったが……すぐには立ち上がれない。


 間髪入れず、ロボットの前足が槍のように突き出される。咄嗟とっさに身を捩ってかわしたが、ギリギリだった。顔に巻いていたスカーフが背後の壁に突き刺さる。


「エイユー様!」


 ロボットに壁際まで詰められ、釘付けとなった僕にシヴィラが叫ぶ。


「僕はいい! 早くエレベータを動かすんだ!」


 二人が箱から身を出しているせいで、エレベータドアが閉まらない。


「エイユー様を見捨てていけるはずがありません!」


 ロボットの脚の隙間から、シヴィラが弓を構えているのが見えた。無駄だ、そんなことをしても……。


 シヴィラの連続して放つ矢はいずれも突き立つことはなかった。カン、カンと虚しい音を鳴らして鋼鉄のボディに阻まれる。


「やめろ、シヴィラ!」


 ダメージにならないとしても、反応してロボットはターゲットを変えるかも知れない。僕の制止の声が聞こえていないかのように、シヴィラはなお矢を放ち続けた。


「この! エイユー様から、離れて!」


 幾度目かの矢の衝撃で、ロボットの体から何かが剥がれ落ちる。劣化した装甲板の一部と思われるそれは、シンバルのようにやかましく響かせながら僕のすぐ側まで転がってきた。

 そこに書かれていた文字を認めて、僕は思わず呟く。黒い塗料で、乱雑に塗りたくった字だった。


「デュ……シ、カ……」


 サヴィーが飼っていたペットと思しき名前。それがこのロボットの一部だった物に記されている。


「サヴィーとともにいたのは……このロボットだったのか。こいつが、デュシカ!」


 日記に書かれていたとおり、デュシカはこの遺跡で待っていた。番人としてサヴィーと暮らしたこの場所を守っていた。その身を錆だらけにしながら。


 眼前まで迫ったカメラに睨まれ背筋が凍る。サヴィーの隠れ家に侵入した者に対する敵意すら感じる気がした。


 バキバキと音を立てて壁からデュシカの前足が引き抜かれる。裂かれたスカーフがはらりと落ちた。次なる刺突のため畳まれていく人工の関節。


 死ぬ。直面した終わりに全身が痺れる。振り上げられるデュシカの足。尖端から目が離せない。


「エイユー、何してる! ライフルを使え!」


 いつの間にか止まっていた矢撃の代わりに、カイリアの怒号が飛んだ。

 言われて気づく。自分が背に武器を負っていることに。


 どうしてか今まで小銃を使うという発想が出てこなかった。僕はスリングを手繰り、相棒を前に持ってくる。

 だが震える手が構えることを許さない。焦るほどに、指が見えない壁に阻まれるようだ。


 デュシカは足を振り上げたまま……まるで人間の怯える様を観察して楽しんでいるかのように、僕を凝視している。おかげで僕の命は長らえているわけだが。


「エイユー様、早く!」


 シヴィラの叫びで僕の指に力が戻る。その間になんとか小銃の発砲準備を済ませた。


 でも何処を狙う? カメラか? 脚か? 狭まる視野で狙うべき的を探す。


 ロボットの目の上。ちょうど額に当たるところに赤く透き通った部品があることに気づいた。直感が告げる。あれがコイツの弱点だ。


 僕は銃を持ち上げる。照準を……照準を合わせないと。


 この至近距離、狙うのは難しくないはずだ。けれども、銃の揺れが止まらない。激しい呼吸を抑えられない。腕が震える。体が言うことを聞かなかった。


 デュシカの足が動く。僕は耐えかねて、両目を固く瞑った。せめてもの抵抗として、引き金を……僕は引き金を、引けなかった。


「エイユー様! イヤああああっ!」


 耳を裂く叫声に攻撃を悟った僕は体を強張らせる。


 シヴィラとカイリアだけでも無事に脱出してくれるように。真っ白になっていく頭の片隅でそう思った。



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