あの人の言う通り【5-3】
ランプの明かりを頼りに通路を歩む。いや、頼りにはしていない。魔法石の光はせいぜい足下を照らす程度。僕たちは記憶と、カイリアが残したマークに縋ってエレベータホールを目指していた。
「カイリア――」
「わたしの体調が心配だからって、急ごうとするなよ」
技師は言葉を先回りして答える。
「焦る気持ちは失敗を生む。そうすると余計に遠回りをすることになる。おじいちゃんがよく言っていた。……でないと、母さんの遺体を運び出し損ねてしまうかも知れないからな」
自分の体が瘴気に晒されようとも母の亡骸を持ち出したい……僕にはそれこそ、カイリアの焦りであるように思えた。
「エイユー様……さっきから、何かが後ろをついて来ている気がするのです」
通路を半分くらい進んだかと思った所で、シヴィラが僕の裾を引っ張る。どうりで、
「怖がるからそんな気がしてくるだけだろう」
「こ、怖がってなんか……。足音だってするじゃないですか!」
「僕には聞こえないよ」
「わたしもだ。みんなの足音が反響してるんじゃないのか」
「でもわたしには聞こえるんです! ツン、ツンと爪先が立つような音が……」
そこまで言うなら。僕らは立ち止まり、耳を澄ます。
「ほ、ほら! 近づいてきてます」
「静かにしてくれ、わたしには
カイリアが苛立つような口調でシヴィラを黙らせた。僕にも足音は聞こえていない。だが近づいているというのなら、
「…………」
確かに。何か固くて細いもので突くような音がしている。一定のリズムで鳴るそれは足音と認識できる。が……人間のものではない。一歩当たりの音の数が多すぎるのだ。二足歩行のそれではない。
デュシカ。その名が頭をよぎった。かつてサヴィーが飼っていたペットと思われる生き物の名だ。コンピュータに残った日記によると、彼はこの場所に置き去りにされている。
いやいや……。それは僕が元いた時代、千年前の話だ。動物がそんなに長生きするはずがない。ましてやこんなところで……。
くだらない思いつきを、頭を振って払う。足音はシヴィラの言葉どおり、だんだんと大きくなってきていた。後方20メートルくらいのところまで来ただろうか。
闇に浮かぶカイリアの表情が
不意に足音が止まる。それで僕らは反射的に後ろの闇を振り返った。その時だ。
「あっ……」
消灯していた通路の明かりが、戻った。それは一瞬の間。すぐに暗黒に閉ざされる。
しかしその刹那、僕の網膜には信じがたいものが焼き付いていた。
「今……見ました?」
シヴィラが問うてくる。ということは、僕が見たのは幻ではないらしい。
「二人にも見えたのか? 魔域酔いで幻覚が見えたのかと思ったが」
カイリアがランプを高く掲げて少しでも照らそうとするが、光は届かない。
二対の細脚に載る錆だらけのボディ。見間違うはずもない、サヴィーの部屋に鎮座していたあのロボットだ。
「う……動いてるってことなのか。あのオンボロが……」
「動くはずがないと言ったのはわたしだが、今はもう事情が違うぞエイユー。この遺跡は魔域だ。他の機械も電気も魔域の力によって動かされている。あのロボットも魔域によって蘇ったのだとしたら……」
三人で闇の先を見つめる。誰かが唾を飲む音が聞こえた気がした。
「み、みんな何を待っているんだ。早くここを離れよう」
「待たせているのはエイユーだろう。わたしたちはあのロボットが何なのか全く見当つかないんだ。どうするべきなんだ。上のお掃除ロボットみたいに気に留めることなく進むのか? それとも、化け物に遭ったつもりで走って逃げるべきなのか?」
「い、急ぐんだよ! 僕はもう気を失ってしまいそうなんだ!」
また震え出す膝頭を押さえつけ、僕は先頭を切って走り出す。
「ああ、エイユー様!」
「独りで行くとはぐれてしまうぞ!」
二人の声に構うこともなく、僕は一目散に出口を目指す。が、飛び出したところで明かりがなくては足下も覚束ず、結局は二人が追いつくよう速度を落とす。
「エイユー、あれは何なんだ! ロボットは人間が創ったものだろう、何故こうして逃げなければならないんだ!」
「前世界は繁栄してたかも知れないけど、決して争いのない世界じゃなかった! 人を攻撃するために造られた機械だって存在する!」
「お、追いかけてきてます、速いですよ!」
僕らの走りに呼応するように、多脚の足音が速度を増していた。
あのロボットを見てから脳裏で鳴り続けた警鐘はこういうことだったのだと思う。あれは人を襲うのだ。軍事用か何なのかわからないが、あれは命を持たぬ命の収穫者だ。
記憶か、それとも想像か。僕はあのロボットがどのように人を襲うのか理解しつつあった。ツォングシャラと同じだ。狩りをする動物のように。獲物が逃げ出すまでは身を潜めて、ゆっくり後を
走りながらではカイリアの残した道しるべの確認も危うい。少ない視野でも見逃すまいと眼球を回していると、不意に通路が明るさを取り戻す。電気が再び復旧したのだ。一時的なものかも知れないが、乗じて僕らは後ろを振り返った。
「っ……!」
三人で息を呑む。追走モードに入ったロボットは四つの脚をガシガシ言わせて距離を詰めてきていた。さながら巨大な虫が人の領域を侵すような姿に、足下から血が冷えていく。
また電気が落ちた。姿は見えなくとも、闇の中を人工の魔物が走っているのがわかる。それが余計に恐怖を駆り立てる。
「ああ、どっちだ!?」
「右、右だ!」
丁字路にたたらを踏んだ僕を、カイリアが服を引っ張って導く。
「この先だ! わたしたちの乗ってきた昇降機があるのは!」
「シヴィラ、ついてきてるか!?」
「は、はい!」
施設の電気システムは安定しなかった。何度も明かりが点いては消えを繰り返す。そのせいで、ヤツが次第に僕らとの距離を縮めているのがコマ送りのように見せつけられる。
僕らは一心不乱に走り続けた。幸いだったのは、三人の誰も極端に足が遅いことはなかったことだろう。
逃げて逃げて、何処まで逃げればいいのか……それについて考えている余裕はなかった。
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