5-2


“オアシスを拠点としていたグループから、北の町に移住するから同行しないかと誘われた。あっちは河のおかげで食料生産はうまくいっているとのことだ。町に名前もついたらしい。ホーゼルの名前をとってホーゼナイだと……笑ってしまう。


 まだ若いつもりでいたが、気づけば私もいい年だ。残念だが潮時らしい。結局、かつての文明とは袂を分かって再出発をするというのが人類に課された試練であるようだ。ここも、時が経てば砂に埋もれ、朽ちた遺跡となるのだろう。


 悲しいが、デュシカはここに置いていくしかない。町に連れて行ってもみんなを恐がらせてしまう。

 ここが悪党の拠点にならないよう、番人として残しておこう。責任を持って処分するべきなのはわかっている。でも私には、友人を死なせるようなことはできなかった”


――サヴィー103.txt



「それで、どうする? 電気が無いとコンピュータも動かないんだろ?」


 カイリアが尋ねてくる。前世界文明の脆弱さを指摘するような口調だった。


「電気室を確認してもいいけど……僕の知識で復旧が出来るとは思えない。それより心配なのは、エレベータも止まっていないかだ。そうだとしたら電気室まで降りるどころか、ここから帰るのにだってあのおんぼろ階段を使わなきゃならない」


 一階上がるだけなら努力してみる気はあるが、さらに下階へ降りるのはごめんだ。電気が戻らなかったら、下った分だけ上らなければならない。

 停電がどこまで及んでいるかはわからないが、とにかく長居は無用だ。一同ここで骨にでもなったら、カイリアの母に申し訳が立たない。


「この遺跡はもう十分だ。考えるに、サヴィーたちが砂漠にたどり着いた時にはもう僕はヒュ=ジの里である山の頂上で眠りに就いていたんだろう。かつての僕は、この砂漠を訪れたことはなかったんだ」


「ワタシもそう思います」


「むむむ……でも何かが、引っかかる。わたしたちは、先祖はどこからやってきたんだ……くそ、情報が足りない。頭も鈍ってきた……」


「寝不足だろう。僕も、さすがに眠たくなってきた」


 薄らと頭痛もする。脳が休息を求めているようだ。


「では、参りましょうか。おそらく、そろそろ夜明けの頃ですし」


 僕らはサヴィーの部屋を後にすべく、振り返る。カイリアの持つランプに照らされて、ソイツの姿が現れる。

 すっかり忘れていた、部屋の出入りを妨げるように鎮座する古のロボットに僕は声なき悲鳴を上げるのだった。



「……廊下も真っ暗ですね」


「この分だとエレベータも止まっているかも。参ったな……サヴィーの日記には、停電が起きてもしばらくすれば自動で復旧するとあったけど。どれくらい掛かるかな」


 来るときは煌々と照らされていた通路も、電力が絶えればまさしく古代の遺跡、闇に閉ざされた冷たい空間となっていた。


 魔法石ランプの目映いことは承知だが、この広く長い通路にあっては心許こころもとなかった。行く手を照らす光は途中で散ってしまっている。


「うーん、変だな。来たときにはもっと光が強かったはずなのに」


「そう言われて見れば……月明かりが射してた場所でもあれだけ眩しかったのに」


 二人が疑問を発する。照明の明るさを示す尺度は……照度? だったか? 忘れたが、遺跡前で見せてもらったときの光加減ならこの闇の中、もっと遠くまで照らせそうなものだ。


 言っている内にも、ランプの光が強まったり弱まったり。終いには狂ったように明滅を始めた。


「これは……! 魔力切れとかじゃないぞ、絶対におかしい! 魔法石が異常な挙動をしている!」


 カイリアが俄に慌て出す。ランプの明かりは最終的に、今にも消えそうな蝋燭のように弱々しいものになってしまった。再び通路が闇に閉ざされる。僕の腕にはおそらくシヴィラのだろう、二本の腕が巻き付いてきていた。


「もしかするとこの遺跡は……いや、それならあり得る話だ。エイユーの言ったように、やはりこの建物が未だに前世界での姿を保っているのは異常だった! 二人とも、早いところここを離れたほうが良いぞ」


「ま、待ってカイリア。僕にも説明してくれないか」


「……エイユー、この遺跡は【魔域】と化している。わたしの推測では」


「魔域って……」


 また新しい言葉が出てきて、思わず辟易するような声を出してしまった。カイリアはそれを気にせず説明を続けた。


「魔法石の中には自然界で成長を果たし、周囲の環境に影響を及ぼすものがある。その影響下では、魔法石の性質によって様々だが通常考えられないような現象が起こる……と言われている」


「つまり……この遺跡の電気が生きているのは、魔域とか言うものの所為せいじゃないかってこと?」


「最初は前世界の技術ならと思っていたが、やはり千年以上放置された複雑な機械が正常に動くなんて考えられない。エイユー自身そう思ったんだろ?」


「うん……常識ではあり得ないと思ったけれど、現実動いているのだから受け入れてしまっていた」


「魔域は読んで字のごとく、魔法石のテリトリーだ。見た目は人工の建物でも、魔域の中にあれば人間の領域ではない。核となる魔法石からは魔力の瘴気が放たれ、長時間それに晒されると体調に影響が出る……実際わたしは既に魔力酔いが始まってるみたいだ」


 かろうじて照らす明かりの中、カイリアが胸の辺りを押さえ息苦しいというジェスチャーを取ったのが見えた。


「わたしも本でしか知らなかったが……この魔力酔いとランプの魔法石の異常、魔域の特徴に合致する。この遺跡は魔法石によって古の姿を留めているんだ」


「この遺跡全体が魔域ということですか……。山で時々小さな魔域を見かけることはありましたが、こんなに大きな、それも建物を取り込んでいるものなんて……。それよりカイリアさん、体は大丈夫なんですか?」


「ああ、瘴気の量によっては1時間も立っていられないと聞くが……ここはそれほど強い汚染はないみたいだな。二人は?」


「少し、頭痛がするくらいかな。魔域が原因なのかはわからないけど」


「ワタシはなんともありません」


「影響の受けやすさは個人差があるらしいからな。わたしが少し瘴気に弱いだけだろう。とはいえ、時間と共に体へのダメージは大きくなる。酷いと後遺症が残ることもあるとか……なるべく早く、この遺跡を出てしまおう」


「すまない、カイリア。僕が長居したせいで」


「何故謝る。エイユーは魔域のことなんて知らなかったし、わたしもさっきやっと思い当たったところだ。さあ、こんなときこそ慌てずに。明かりは乏しい、足元に気をつけて行くぞ」


 カイリアがランプを掲げ、出発を促した。


 とりあえずはエレベータホールに向かわなければ。非常階段も近くにある。来た道を戻るだけ、複雑な経路でもない。

 だがやはり、視野を絶つ暗闇に尻込みする心が足を重たくするのだった。

 ……いや、物理的にも重たい。シヴィラが僕の袖と裾をそれぞれの手で握って離さないから。ここではぐれてしまうより断然良いけれど。



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