あの人の言う通り

5-1


“――断続的な停電があったので、電気室の様子を見に行って驚いた。APC発電機が稼働し続けていたのだ。これを外に持ち出せれば、小規模な町なら明かりに困ることはなくなる。が、現実的ではなかった。重機もなしにこの地下深くから持ち出すのは。解体して運ぶにもたくさんの労働力がいる。北の町で暮らしているみんなには、そんな暇はないだろう――


~APCとは何だ? 

 サヴィーが来たときから既に電力はあった、彼が電気系統を修理したわけではなさそうだ

 補修のないまま千年稼働する、それがAPC発電という技術なのか?”


                     ――インクいらずで書かれた手記




 千年にわたり積もった砂を掻き、ついに届いた前世界へのきざはし。僕の時代に何が起きたのか。僕は何故この未来を訪れることになったのか。僕は……誰なのか。それらの手がかりが示されることを願っていたのだが。


「……ダメだ。生きているファイルには僕のことはどこにも書かれていない」


 長く画面を凝視していた疲れが襲い、僕は目頭を揉んだ。

 コンピュータ内に残されていたサヴィーの文書は破損しているものが多く、文字化けしているものやエラーが出てひらけないものがほとんどだった。


「そうか……他には何かわかることはないのか?」


 サヴィー自身技術者だったのだろう、専門用語を書き連ねた難解な文も度々あった。この施設に残されたものを使って失われた技術を蘇らせようと努力していたに違いない。

 僕には理解できないそれらの記録を読み飛ばしても、残るものはあった。


「そうだね……僕よりも、カイリアの方が喜びそうなことなら。サヴィーはホーゼルという人物のことを知っていたよ」


 サヴィーと僕との関係は現れなかったが、英雄のライフルを作ったとされるホーゼルの名前は何度か登場している。ただし、ホーゼル自身は別の所に居たらしく、彼を懐かしむような表現が目立ったが。


 さらに言えば、サヴィーとともに砂漠へ移動してきた人類の一団は北に大きな町を作っていたらしい。つまり、現在のホーゼナイだ。


「おお……鳥肌が立ったぞ。彼らこそが砂漠の民の祖先、ホーゼナイを築き上げた始まりに立つ者たちだ!」


「ファイルの作成日時によると約6年、サヴィーはこの遺跡で暮らしたようだけど、最終的には現ホーゼナイに移住したみたいだ」


 サヴィーの日記は始めの方こそ頻繁に書かれていたが、一年もすると月に一回程度の書き取りに収まっていた。おかげで、彼がここに来てから居なくなるまでの流れは掴みやすかったが。

 読み取れた限りのサヴィーの行動はこうだ。僕は文字を詰めたメモを手にシヴィラとカイリアに説明する。


 前世界文明の崩壊、そしてその後生き残った人間たちの間で起きた戦争。二つの惨禍を生き延びたサヴィー含む一団は新天地を求めてこの砂漠までやって来た。


「英雄様は戦いの後眠りに就いたと言われています。サヴィーさんらがホーゼル砂漠に移動する時には、既にエイユー様はあの卵の中だったと思われます」


「卵……?」


「ああ、冷凍睡眠装置のカプセルのことだよ、たぶん」


 サヴィーの仲間たちは砂漠に定住の地を探す。後にホーゼナイとなる北の海岸や各地のオアシスに集落を作った。

 サヴィーが砂漠を探索しているうち、遺棄されたこの施設を見つけたのだろう。前世界文明の象徴たる電力やコンピュータが残された場所をサヴィーは歓迎した。

 しかし他の仲間はそうではなかった。文明の亡霊に囲まれて暮らすよりも、水や食料、他の集落との連絡といった目前の課題を彼らは優先したのだ。


「サヴィーは……ここにずっと独りだったのか?」


「そのようだ。ただし人間に限っては、だけどね」


 遺跡に住む偏屈と化したサヴィーだったが、完全に孤独だったわけではなかったらしい。

 日記にはデュシカという名前が登場していた。サヴィーの友人と表現されてあるが……おそらく人ではない。


「多分、犬のようなペットの動物だったんじゃないかな。エレベータに乗れなかったとあるし、言葉のやりとりをした描写もない」


「ふむ……一人と一匹、この広い遺跡で」


「寂しくなかったのでしょうか。ワタシなら耐えられません」


 さらにデュシカは可哀想なことに、サヴィーがホーゼナイへ移住する際にはこの遺跡へ置いていかれてしまったらしい。町で人に囲まれて暮らすことはできなかったようだ。彼にだけ懐いた猛獣、とかだったのだろうか。

 置き去りにされたデュシカの件は黙っておくことにした。シヴィラの心を無闇に痛がらせる必要はない。



「サヴィーについてはこんなところかな。僕に繋がる記述は見つからなかったけれど……ホーゼナイの歴史は確かめられたし、良かったんじゃないか」


「よ、良くはないだろう。面白くはあったが、砂漠の民にとっては全て過去のことだ。でもエイユーは、今まさにここで生きているんだぞ」


 カイリアが腕を組んで咳払いをした。


「それに、疑問もいくつかある。サヴィーたち砂漠の民の先祖が何処からやって来たのか。前世界文明が消えていった原因は何なのか……それ以外にも、何か引っかかるものがあるんだが……。くそ、今度エペック博士に訊いてみるか……」


「文明崩壊の原因か。じゃあ他の記録を探してみよう。このコンピュータの元々の使用者が何か残してるかもしれない」


 サヴィーがここに来る以前のファイルを検索する。日付で逆算すれば、僕が元いた年代もある程度特定できるぞ。僕の覚えでは文明は隆興の頂点にあったのだから、生まれは崩壊前。サヴィーが日記を最初につけたのが2088年、そこからおおよそ20~30年前に文明を滅ぼす何かが起きたと考えられるが……。ん? 何だろう、この強烈な違和感は。


 検索の進捗を示すプログレスバーが9割のところに差し掛かった時だった。


「わあっ! 暗、な、何なんですかー!」


 視界が突然真っ黒に塗りつぶされた。ぴゅーんという尻下がりの音が部屋に鳴り渡る。


「明かりが……エイユー、何が起こってる?」


「停電か……タイミングが悪いな」


 この施設は自前の発電設備で電力を賄っていることは、事前の推察でもサヴィーの記録でもわかっていた。管理する人間がいないのに電力を供給し続けたのは驚きだが……やはり限界ギリギリのところでかろうじて動いているに過ぎないのだろう。


「落ち着いて。サヴィーの日記にも断続的な停電が起こると書いてあった。コンピュータを長く起動していたせいで電力のキャパシティを越えてしまったようだ」


「な、なんとなくわかるが……あっコンピュータの記録は!」


「残念だけど、電気が復旧しなければどうしようもない」


 明るいLED光が絶え一瞬で原初の闇へ帰った部屋で、真黒な影と化して僕らは話す。


「エイユー様ぁ! こ、怖いです、早く明かりを戻してください!」


「いたたた、スリングを引っ張らないで! シヴィラ、夜目が利くって前に言っていたじゃないか。暗いくらいでそんなに慌てないでよ」


「シヴィラ、ランプを預けただろう。それを渡せ」


 カイリアが受け取った魔法石ランプを手探りで起動すると、白色の光が再び部屋を明らめる。


「ふう、やっぱり持ってきておいて良かったな。遺跡の明るいのをいいことに入り口で置いていこうとしなくて良かった」


「全くです。カイリアさんのご英断でした」


 シヴィラがほっとしたようで、僕も安心する。負い紐の形に痣が出来てしまいそうだったから。



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