砂に落ちた思い出【4-9】
「よし……動く」
電源ボタンを一押しすると、コンピュータは狙い通り起動を始めた。少しくすんだ液晶にOSを読み込んでいる旨が表示される。
操作可能になるまでの間にカイリアとシヴィラの方へ振り返る。二人はコンピュータどころか映像というものを見たことがないはず。目を真ん丸にして画面を見つめていた。
目を離した隙に何処か弄くろうとしてないかと思ったのだが、杞憂だったか。
やがてデスクトップ画面が映し出される。よかった、パスワードは求められなかった。
しかしドアセキュリティの厳重さに対してギャップがあるな。この部屋を使っていた人間がずぼらな性格だったのだろうか。
「なんと。美しい草原が映っているぞ。どこなんだここは」
「これほどまで真に迫る絵が現れるなんて……前世界は絵描きの技術も突き抜けていますね!」
ただの壁紙なんだけど……驚くのは無理ないか。その微笑ましい反応のおかげで、背後で鎮座している残骸への怖じ気を忘れられた。
さて、何から調べたものか……。手持ち無沙汰に滑りの悪いマウスを回す。
デスクトップにはめぼしいアイコンはない。何に使うのかわからないアプリケーションが散らばっている。
嫌な予感がしてきた。どうも僕はコンピュータに詳しいわけでは無さそうだぞ。
また後ろを振り向く。僕がこの未知なる機械で何を起こすのか、期待でいっぱいの眼差しを二人は送っていた。
背中に汗が
「そ、そうだ。コンピュータ内を検索させてみよう。文書ファイル、日付順で……と」
誰に向かって喋っているのか、僕はぶつぶつ言いながらシステムに指示を出す。数秒でずらっと現れた大量の検索結果に目が眩みそうになりつつも、ファイルを開くまでもなく発見があった。
「もうこの名前に辿り着くとはね……。サヴィー」
「何! サヴィーの名前があったのか?」
僕の自動小銃に刻まれていた、サヴィーという人物の名。コンピュータ内のファイル名にはいくつもその名前が記されていた。
「もっと絞り込んでみよう。検索、『サヴィー』……と」
その名が記述されたファイルが一覧表示される。ファイル名、サヴィー1、サヴィー2……といった具合に。
「これらはサヴィーが作成した文書のようだ。日付は……に、2088年!? だって僕が生まれたのが……あ、憶えていないんだった……」
だが感覚としてファイルの作成日時はとても未来のように思えた。サヴィーの文書は僕が冷凍睡眠に入ってからかなり後に作られたのだろうか。
「え、エイユー、揚げた槌を取り上げるようで悪いが。前世界ではこのコンピュータとやら、世に広く普及していたのか?」
「うん。誇張で無く、人の居るところならどこにでもあった。ただ悪いけど、僕ではその仕組みを説明してあげられないよ。僕らは技術ある企業が作ったそれを、ただ使うことしかできなかった」
電子演算、半導体技術、人類に多大な進歩をもたらしたテクノロジーであり、誰もがその恩恵を受けていた。しかし、0と1の世界? コンピュータ言語? プログラム? 僕にはちんぷんかんぷんだ。
「……ホーゼナイの職人と魔法石の関係に、少し似ているな。すまない、続けてくれ」
カイリアの興味をあしらうような形になってしまい、少し気まずさが残る。
「2088年ですって。それから今まで千年経っているということですから……」
「前世界の暦では3000年以降ってことになるな。前世界で年を数え始めてからそれだけの時間が流れたのか。そう思うと人類の歴史は長いな」
「前世界の文明が滅んでしまったのは残念ですね。このこんぴゅうたという
会話に興じ始めた二人に対し、僕は酷く緊張していた。僕の自動小銃はサヴィーに贈られた物と、それに刻まれたメッセージからわかっている。コイツと共に時を超えた僕は彼と何かしらの関係にあったに違いないのだ。
自分の過去にこんなに早く近づけると思っていなかった僕は、深い呼吸の後にマウスを握った。手始めに、サヴィーの書いた一番古いファイルから開いてみる。
「……どうやら日記のようだ」
「サヴィーの書いたものということか?」
「ああ。どうやら彼もまた、この施設が遺棄されているのを発見した外部の人間らしい」
僕は背を丸め、一文字も見落とすまいと画面に顔を近づけた。
――旧式だがまともなPCが手に入った。これであの実業家気取りの自惚れ屋が作ったダサいOSとはおさらばだ。新天地を求めてこんな砂漠まで来ることになるなんてと思っていたが、電力のある建物が見つかるとは。虫や動物も入ってこないし、オアシスも近くにある。セキュリティをクラックするのは面倒だが、部屋もいくらでも増やせる。かつてのように皆で文明を取り戻すための研究をするにはうってつけの場所だ――
「サヴィーは、何処か違う場所からホーゼルまでやって来たらしい。彼がここに辿り着いたのは文明が消失した後のようだね」
「ああ。前世界が崩壊した後に起きた
「それで、エイユー様のことは書かれてないんですか?」
「……今のところない」
後は僕らと似たような感想、お掃除ロボットがいるとか、長く放置された割には綺麗だとかが書かれている。
僕は次のファイルにカーソルを合わせた。
「……あっ」
途端に読めない文字が羅列される。文字化けしていた。ファイルが破損してしまっているのか。
「待て待て、全部が壊れてるわけじゃない……」
順繰りに破損していないテキストを探す。幸い読み取れるファイルもまだあるが、壊れているファイルにこそ僕のことが記されていたらと思うと焦れったい。
「エイユー、使うか?」
カイリアが横から紙と、棒状の何かを差し出してきた。それを見て僕は声も無く驚く。
「筆記具だ。前世界ではコンピュータを使って記述をしていたから、こういうのは慣れないか?」
「いや、ペンでものを書くくらいは……でも、これがこの時代のペン?」
てっきりこの時代では羽ペンか、鉛筆のようなものを使っていると思っていた。だがカイリアのペンはボールペンに近しい。
「魔法石式のペンだ。先端に魔法石が埋め込んである。インクと違って少し力を入れて書く必要はあるが……公文書でも使われてる良いペンだぞ」
そういえば、コードンで道順を書いて渡してくれた時もカイリアはこれを使っていた。
「ありがとう。借りるよ」
「良ければ、エイユーのものにしてしまうといい。エイユーにとってこの世界は異境の地。備忘録でもつけておけば、今後のためになるだろう」
「良いのかい? 多分だけど、高級なものなんじゃ……」
「わたしはまだ幾つか持っている。仮にも筆頭技師だからな」
「じゃあ……ありがたく」
「うむ。技師や書記の仕事をしてなければ、一生書けるという触れ込みだ。
いただいたペンと紙を机に置き、精査を再開した。気になった記述は写し取り、所感を連ねていく。
――面倒だが記録は残しておかないと。人間、自分が考えていたことすら簡単に忘れるものだ――
ちょうどそんな一文がディスプレイに現れていた。
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