4-8



「しかし、ここだけ開いているというのも妙な話だぞ……」


 僕はドアをくぐる前に、首を差し入れて様子を伺う。また通路が続いている。別段、今まで見てきた風景と変わるところはない。壁に扉がないことから、どこかへの直通路であるようだが。


「故障か、あるいは……誰かが意図的に開けて置いた、か?」


 慧眼のカイリアが言う。僕もそこまでは考えつかなかった。


「そうかも知れない。まるで誰かが来るのを待っていたみたいだ」


 施設内の権限を持たない人間が通れるように……ここへ誘い込むかのごとく。


「ならこの先にあるはずだ! わたしたちに見つけられるのを待つ歴史の真実が!」


「千年前、前世界の人々がエイユー様に見せたかった何かがあるに違いありません!」


 僕の顎の下を二つの小さな風が通り過ぎていく。


「あっちょっと! 二人とも……」


 子供みたいな行動しないでくれ。頭の中だけで言い放って、急ぎ彼女らの後を追う。


「エイユー、部屋だ! 部屋があるぞ! 中は明かりがなくてよく見えないが」


 通路の先にはさらにもう一枚、開け放たれた扉があった。カイリアの言うとおり、その中の電灯は消されているらしく闇が厚く視野を妨げている。


「部屋の明かりは自動でつかないんだろう。だいたい入り口の近くにスイッチが……」


 通路からの光を頼りに壁をたどれば、すぐに見つかった。スイッチを倒すと、すぐに光が満たされ……。


「わっ、なんだこいつは」


「これは……像でしょうか」


 闇の中から姿を現したもの……それは朽ち果てたロボットだった。人型ではない。昆虫のように先細った四つの脚が流線型の体を支えている。三メートルほどの大きなボディは僕をして異様を感じさせた。生活補助のためでない、何か特別な役割をこなすための製品であるようだ。

 だが劣化が著しい。たくさんの傷が刻まれ、変色したコーティングが剥がれて錆びが浮いている。遺棄されたものなのだろうか。


「驚いた……これもロボットというやつなのか? 随分でかいが」


「ロボットというと、上階に居たお掃除屋さんと同じですか? これも自分で勝手に動くのでしょうか」


 シヴィラとカイリアの二人が興味津々に近づく。僕も調べようと足を動かすが……何故だろう、心臓が速くなってきていた。


「ふむふむ……しかし清掃ロボはあんなにキレイだったのに、こっちは酷いもんだな。まるで海にでも放り込まれてたみたいだ」


「遺跡の様子とは違って時間が経っているように見えますね」


「触るな!」


 誰が叫んだのかと思った。ロボットに触れようとしていたシヴィラとカイリアはびくりと身を跳ねさせ、訝しげに振り返る。


「どうした、エイユー。急に大声を出されると心臓に悪い」


 怒号を放ったのは僕だった。ほとんど無意識に声を出していたらしい。この感覚は……何処かで覚えがあるような。


「と、とにかく二人とも。コイツにはあまり近づくな」


 首筋がざわつく。虚空からじわじわと沸き起こってくる感情がある。これは……恐怖?


「エイユー様、足が……」


 シヴィラの声に見下ろすと、膝が震えていた。


「何故だか判らない、解らないけど……僕はこのロボットが怖ろしいみたいだ」


 気持ち悪さに胃が逆流しそうだ。体には恐怖のサインが走っているのに、頭は何が怖ろしいのかわからずにいる。脳の深いところから、すぐに逃げろと命令が響く。僕のすべてがちぐはぐになって、バラバラに分かたれてしまいそうだ。


 シヴィラがおずおずと僕の側に寄ってきて、震えを抑え込むように腰をぎゅっと抱きしめる。暖かな体温と心地良い圧迫が僕を落ち着かせてくれた。


「ふむ。記憶の残滓なのか……前世界のエイユーはコイツに会ったことがあるようだな。それも、酷い経験をしたらしい。だがそれ以上のことは思い出せないみたいだな」


 カイリアがロボットと僕を代わる代わる見て診断を下した。


「出かかっている感じはするんだけれど、どうしても思い出せない。頭が痛くなってくるよ」


 これは記憶の引き出しが引っかかっているというよりも……鍵がかかっているという風だ。かつての僕自身が、思い出すことを拒絶している。


「しかしな、エイユー。この無残な姿を見ろよ」


 カイリアはなお怖れ知らずに機体を手のひらで撫でた。それだけで着いていた錆が移り、カイリアは手をはたく。


「コイツが人に危害を加える物だとして、動くことはもうないだろう。いくら前世界の技術でも、こう目に見えてダメージが大きくてはな。機械は手入れしないとすぐ使えなくなることくらいはわたしも知っている。桁違いの年数放置されてきたんだろう、これはもう鉄くずだ」


「そう、だね。カイリアがそう言ってくれると幾らか安心感がある」


「うむ。……じゃあ、この遺跡は誰かに手入れされているのか、という話にはなるが。それについてはちょっと説明がつかないな」


「それは今はいいよ。不可解だけど、おかげで明かりはあるしエレベータやドアも動いてくれる。それに……コンピュータが生きているってことだしね」


 部屋への侵入を妨げるように置かれたロボットを、無いものとして扱えるだけ平静になった僕は壁際に設置されたデスクへ向かう。


「それが、エイユーの探していたものか?」


 カイリアとシヴィラが興味深そうに首を巡らせながらついてきた。


「そう。コンピュータ。これをわかるように説明するのは本当に難しいんだけど……とにかく記録が取り出せる道具だ。ああ、周りのものには絶対に触らないでくれよ」


 綺麗な装飾とでも思ったか、本体ケースに付けられたボタン類に指を伸ばそうとしていたシヴィラがビクと身を強張らせた。



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