砂に落ちた思い出【4-6】


「それで、遺体はどうやって運ぶ?」


「うむ。母さん、すっかり骨になってしまっているしな。袋に入れて運び出すしかないだろう。とりあえず後にして、遺跡を探索しようじゃないか。母さんを連れ出すのは戻ってくる時でいい」


 カイリアの切り替えは早かった。シヴィラが落ち着いた後はすぐ遺跡探索へ乗り出さんと背嚢を負い直す。


「二人の立ち入らなかった方へ行ってみよう。なにか見つかるかも知れないぞ。千年の時間も持ちこたえるような造りなのだから、ここはきっと重要な施設だったに違いない」


「うん……そうすると、セキュリティのための武器が保管されている可能性もある。銃や、弾薬が……」


 僕の小銃に適応する弾薬はありがたくもらうとして、他に銃が見つかったら……誰かに発掘される前に隠すか破壊してしまうべきだろうか。


「それは困るな。弾薬が潤沢に手に入ってしまったら、わたしはお役御免になってしまう」


「……まあ、望み薄だろう。火薬にしろ銃にしろ千年の劣化を耐えられるとは考えづらい」


 カイリアの言葉に僕は手のひらを返す。しかしそれは指摘とさらなる疑問を生む事になった。


「おい、じゃあそのライフルと弾薬はなんだ? 現にこうして時間を越えてきているじゃないか」


「これは……わからない。僕だって、前世界で生まれた技術のすべてを知っているわけじゃない」


 人間と物、形をそのままに未来へ運ぶのはどちらが楽なのだろうか。


 僕の自動小銃と弾薬は冷凍睡眠装置に据え付けられていた保管ボックスに入っていた。装置の利用者のために置かれた物だろうから、特殊な保存技術が使われているんだと思う。それでもってこの前世界の主力武器は時を渡ってきた。どうせなら、もっと僕自身のことがわかる物を入れて欲しかったが……。


 冷凍睡眠と並行して物の保存技術も開発されていたということだろうか。


 であればこの遺跡も、単に環境が偶然に維持したわけでない。考えるに、電気が通っていたり、清掃ロボや電子ロックなどの機器類が稼働し続けているのはやはり奇妙なことだ。まるで施設全体の時間の流れを緩やかにしたように……超長期保存を可能にする何かが仕込まれているのかもしれない。


「エイユー、何か思い出せたのか?」


 しばらく考え込んでいたらしい。

 カイリアの「思い出す」という言葉に脳裏で閃くものがあった。人は誰しも、今までの記憶すべてを思い出すことはできない。忘れるという現象に抗うために、人はある行動を非常に重視してきた。


「そうだ、記録。ここが前世界文明が崩壊するまで活動していた施設なら、記録が残されているはずだ。紙の文書でなくても、コンピュータのデータがどこかに保存されてる。電源が生きているならアクセスできるかも」


「なるほど……今は遺跡でもかつて人が居た場所だ、記録は必ずとったはずだな。伝説に残るほどの英雄の偉業、ここに居た人間が知っていれば何か書き残すに決まってる。当時の者が記したものなら……」


「エイユー様の過去が明らかにできます!」


 僕のことが記録になくとも、文明崩壊に際して何があったのかを知ることができる。伝説のような曖昧なものでない、当時の記録。前世界の文字が読める僕ならすぐだ。


「よし、エイユーも目当てをつけたところで、足を動かすとするか。予想以上の収穫が期待できそうだな!」


「ああ。僕の端末でも入れる場所が見つかればいいけれど」


 今はモノリの残してくれた地図もない。帰り道がわからなくならないよう、所々の壁にカイリアが製図用のマーカーで目印を付けてくれた。ちなみに、そのマーカーも魔法石を利用しているらしい。魔法石自体を鉛筆の芯のように擦りつけて線を描くのだそうだ。一口に魔法石といっても、その性質は様々だ。


 未探索の通路を進むが、これといって見つからず突き当たりに来てしまった。遭難時の侵入の時点で遺跡のほとんどは踏破してしまっていたらしい……この階については。


「通電しているのなら……これも動くんだろうか」


 目の前にあるノブのない扉を見つめて僕は呟いた。


 僕らがいるのはエレベーターホール。階数表示がないタイプのため、地下何階まで造られているのかはわからないが。


「この扉は他のとは形が違うな。エイユー、入れるか試してみないのか?」


「ううん……この先にあるのは部屋でも通路でもないよ」


 二人にエレベータについて軽く説明してやる。


「ほほう、昇降機か。近い物は見たことがある。人力のや、魔法石で駆動するものもあるぞ。なら、早速こいつに乗り込もうじゃないか」


「いやいや! 千年も放置されたエレベータに乗るなんて……恐ろしい」


 メンテナンスされていないのだから、箱を吊ってるワイヤーが切れるかもしれないし、シャフトが崩れている可能性もある。何にせよ、事故の元だ。


「階段を使おう。さっき見つけただろう」


「おいおい、それこそ恐ろしい提案だな。あんなボロボロの階段を下っていくのか? 下手したら最下階まで真っ逆さまだぞ」


「う……」


 そうなのだ。先に見つけていた非常階段は剥がれたコンクリートが散らばり、無数にひびが走っていた。故に、その階段を使って地下へ降りることは断念したのだ。

 しかし、この劣化具合の差は何なのだろう。眼前のエレベータは……乗ってみてもいいかもと思えるくらいにはキレイなものだ。


「じゃあ一応、エレベータを呼んでみようか」


 呼び出しボタンを押してみる。案の定矢印は点灯し、一分としないうちにスライドドアが開く。扉の向こうには明るく照明の光るかごがしっかりと到着していた。


「問題なく動いてるみたいだ。不気味なことに」


「電気の力はすごいな。さすが魔法石を使わなかった文明だ」


「前世界のものは何でも勝手に動いて、楽ですねー」


 僕の不安も伝播せず、二人はのんきな感想を述べる。


「とりあえず、一階層下で降りるからね。……ところで、二人の体重を聞いてもいいかな」


 大変失礼な質問に、シヴィラとカイリアは非難の言葉を僕に浴びせた。重要な質問なのだが……まあ、二人合わせてもそう重たくはないか。



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