砂に落ちた思い出【4-5】
勤勉に仕事を続けていたお掃除ロボットに大童だったカイリアだが、僕から説明を受けるとすぐに落ち着きを取り戻した。
そのあとは言うまでもなく、やれ分解しようだの持ち帰ろうだの興味を爆発させたわけだが……そこは僕が頼み込んで諦めてもらった。
時を超えて働き続ける僕の同胞には、最期までその使命を全うし続けてもらいたかったから。
「非常に心残りだが、少々運ぶには重そうだし、盗掘を疑われる要因にもなるからな……ひとまず断念しよう。非常に! 心残りだが」
僕らは遺跡の奥へ足を進める。やがて覚えの強い場所を訪れた。
「カイリア……この中だ」
待合用の椅子が並べられたロビー室――それらはツォングシャラによってひどく散らかされていたが――に設置されたブース。直接言葉で示しはしなかったが……カイリアにはそのドアの先に待つのが誰か、理解できたようだ。
カイリアはその両眼いっぱいにドアを収め、ノブに手を掛けた。
「僕らはここで待っていようと思う」
僕の言葉にくるりと顔を振り向かせるカイリア。瞳には潤いを湛え、まるで親とはぐれた子供のような不安に裂かれた表情をしていた。こっちの胸まで痛くなってくる。
「……行ってくるよ」
母の遺体と対面する覚悟を深い呼吸でもって内に閉じ込めた彼女は、ブースの中へと入っていった。
もう慣れたことだが、時計がないためにどれくらいの時間が経ったか定かでない。深夜の活動ということもあり体内時計もあてにならず。
僕とシヴィラは長椅子に体を預け、カイリアを待った。
「…………」
とても何か話していられる気分ではない。
カイリアは今何を想い、母と向き合っているのか。悲しみに沈んでいるのか。最悪の形とはいえ、再会に喜んでいるのか。
大切な人と死別した記憶のない僕には解らない。
目が合わないようにシヴィラの方を見やる。両拳を膝の上に置いて、床の汚れでも確かめるみたいに俯いていた。
そういえばシヴィラは……僕が目覚める少し前に幼なじみと別離しているんだったな。首長の娘でもあった子だ。
それを思うと、余計に声を掛けづらい。
僕も前世界という時の隔たりに人との別れを経ているはずだが……記憶がなければ経験していないのと同じ。僕は今生の別れというものを知らない。
だがもし、シヴィラと縁を断つことがあったら……。
爪先がぞわぞわした。こんなことを考えるのはやめよう。
長く静寂が続いている。カイリアとモノリがいるブースの中からすら、物音ひとつ聞こえていない。
孤独な技師の泣き声が胸を裂くのを覚悟していたのだが、カイリアはただ静かに母と共に居るようだった。
ガチャ、と不意打ち気味にドアノブが鳴った。僕とシヴィラは音を聞きつけたウサギのように体を伸ばす。
「待たせたな」
ブースから出てきたのは、いつもどおりの不敵な表情をしたカイリアだった。悔やみの言葉をかけるべきかと思っていたのだが、どうもそんな雰囲気ではない。目の潤みから、彼女が泣いていたのは確かのようだが……。
「カイリアさん。その……」
シヴィラも口を迷わせる。カイリアは気丈に振る舞っているだけなのか、判断に悩んでいるようだ。
そのうちにカイリアの方から語り始めた。
「思ったより、泣けなかったよ。わたしが薄情だからって意味じゃないぞ。母さん、椅子に座ってたもんだから。小さい頃、母さんがわたしを叱るときはいつもそうだったんだ。座る母さんの前にわたしが立って……。久しぶりに、母さんに叱られてるみたいだった」
恥じるようにカイリアは顔をそらす。
「母さんの残した遺跡の地図が、二人を助けてくれたんだったな」
「……ああ。モノリさんがそうしてくれなければ、ツォングシャラを振り切ってここを出ることはできなかっただろう」
「母さんは偉大なエリガンだ……死してなお、遭難者を助けたんだからな。わたしは母さんを誇りに思う」
向き直った両眼に宿る光に、カイリアをここに連れてきたのは間違いじゃなかったと安堵した。
「母さんは……わたしを誇ってくれてるだろうか」
「もちろん……もちろんです!」
弦の切れかけたヴァイオリンのような声でシヴィラが答える。
「ははっシヴィラ、ひどい顔だぞ」
少女の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
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