砂に落ちた思い出【4-4】
“大陸南、王国の経済圏で使われているデルス硬貨は制定されて日が浅い。しかしその信頼性は高く、現在はほぼすべての地域で旧貨との置き換えが進んでいるそうだ。
その理由は素材にある。通常の金属に加えて、魔法石を使っているのだ。
造幣所が秘匿技術で精製する魔法石は、コインの価値の保証と同時に偽造防止に大いに役立っている。
一見では普通の硬貨と何ら変わりないが、強く打つと僅かに青く発光する。本物かどうかの判別も簡単にできるということだ。
一枚当たりの価値については、また別の機会に書き留めることにする。
貨幣の価値もだが物やサービスの価値もまた僕の時代とは大きく異なっているに違いなく、摺り合わせが大変だ。
まだ当面は、シヴィラに財布を預かってもらわなければならない。”
――備忘録『貨幣』
「着いたぞ……。荷物を忘れるなよ」
とうとう来てしまったフォーエの遺跡。命からがら抜け出したこの地下遺跡に舞い戻ることになるとは。
それぞれに荷物を手に馬車を後にする。御者台を降りたカイリアが回ってきて、彼女のバッグをとった。ずいぶん大きな背嚢だ。カイリアの背中をすっかり隠してしまっている。
「ふむ、この荷物が気になるか?」
視線を気取られたか、カイリアが振り向いて尋ねてきた。
「いや別に……重たそうだなと思って」
「持ってくれるのか? 気遣い痛み入るが、砂漠では自分の荷物は自分で持つのが鉄則だ」
そこまでは言ってないのだが。カイリアが正面に向き直るのを合図に話を切る。
砂の中から突き出るように口を開く地下への入り口。その中に満たされる闇は、夜に洗われていっそう黒く視界を拒む。
「船室から外して持ってきておいたんだ」
カイリアがバッグから取り出したるは、見覚えのあるランプ。その扉を開き、つまみのような部品を引っ張る。すると、中心に据え付けられたガラス玉のような石が煌々と光を放ちだした。カイリアの隠れ船で照明に使われていた魔法石だ。
「わあ……これだけ明るければ、夜の遺跡も怖くありませんね!」
「うん……電気の明かりに比べても遜色ない。魔法石というのは本当に奇跡のような物質だ」
白色の輝きは直視すると目が痛いほどだ。これがエネルギーを必要とせず半永久的に光り続けるのなら、前世界のLEDなど越えている。
「ところが、そうでもない。いつかは石の持つ魔力は切れて、不活性の状態になる。今夜中くらいは保ってくれると思うがな」
「魔力か……また曖昧な概念が出てきたな」
「許せ。わたしだってよく知らないんだ」
魔法石ランプで先を照らし、僕らは地下への階段を降りる。馬車は外へ駐めたままにしておくらしい。遺跡に入ってる間に馬が襲われたりしないか心配だ。
ただカイリアが再三僕に伝えたように、確かにツォングシャラの気配や新たな痕跡は見られない。辺りは死んだように静かだ。
ツォングシャラに追われて走り抜けた階段と広間を、今度は逆方向に。よく見ると、床には木箱やロープなどの道具があちこちに散らばっている。
「発掘隊が持ち込んだ物がそのままになっているんだろう。事故でケガ人も出したし、開かずの扉に阻まれているしで、発掘作業の再開はいつになるのかわからないそうだ」
「……あとで扉を開放状態のままにできないか、試してみるよ」
それがこの盗掘まがいの行為に対する罪滅ぼしだ。
やがて突き当たった金属扉。付近の床にこびりついた黒いシミを、魔法石の明かりがはっきりと見せつけていた。ツォングシャラに撃ち込んだ弾丸が流したヤツの体液だ。
「……ひゅっ」
シヴィラもあの時のことを想起したか、短く呼気を吐いて身震いする。
「大丈夫……銃は万全、シヴィラも弓がある。カイリアだっている。万一ヤツが現れたって、前回よりはいい状況だ」
シヴィラの背をポンとたたき、励ます。自分にも言い聞かせるように。
「わくわくするな。母さんの遺体が主たる目的だが、遺跡の中への興味も本心だ」
カイリアもぶるっと肩を震わすが、こっちは武者震いだ。
「じゃあ、開けるよ。夜明けまでにはここを発つ、その予定でいいね?」
「ああ、頼んだ!」
僕は扉横の端末へ手首をかざす。開かずの扉などと呼ばれていようとも、開くのに必要なのはそれだけだ。
「エイユー、今何をしたんだ? ただ腕をかざしただけで扉が勝手に開いたぞ……それに、なんて明るい光だ……これが魔法石じゃないだと? 原理がわかればホーゼナイでも作れるだろうか……」
カイリアが放心気味にぶつぶつと呟く。
自動扉は滞りなく、静かに左右に分かたれた。開かれた遺跡の廊下は相変わらず科学の光が満たしている。
目映かった魔法石ランプの光も電灯に同化してしまった。この中ではもう不要だ。
後ろ手に差し出されたランプをシヴィラが受け取ると、カイリアの体が糸に引かれるかのように中へ誘われる。はぁ、とかほう、とか言いながら床や壁、天井に首を巡らしてふらふらと歩いていった。
「カイリアさん……感動しているんでしょう、か?」
夢遊病のように前へ進んでいく技師の姿に、シヴィラは疑問符をつけた。
「僕らにはない視点でこの遺跡を観察しているんだろう。邪魔しないようにしてあげようか」
僕とシヴィラはカイリアの背を見守りながら後ろをついていく。モノリの遺体がある場所に近づいたら教えてやればいいだろう。
カイリアの目は、この前世界の建物に何を見出すだろうか。微笑ましい気持ちで彼女が角を曲がるのを見ていると、不意に悲鳴があがった。
「ひ、ひゃあぁ!」
想像より可愛らしい声で叫んだカイリアが一目散にこちらに戻ってくる。
「ど、どうした!」
「え、エイユー! 廊下の先に何かいる! 黒光りするでかい虫みたいなのが床を這い回ってるんだ! あんなのが住み着いてるなんて聞いてないぞ!」
目を回してわたわた腕を振りながらカイリアは捲し立てる。一拍置いてシヴィラが吹き出したのを僕は聞き逃さなかった。
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