2-2


「そうか……あの子の代わりに選ばれたんだな。名前も……シ=ヴィラ。良い名じゃないか」


 路地を歩きながらリオとシヴィラが話していたことを聞くに、彼女らヒュジ族には幼名の慣習があるようだ。


 山で生まれた子供は仮の名をつけられ、成人してから改めて名前を与えられる。シヴィラの名も最近授かったもので、彼女の幼名がゼイということだ。名が新しくなってからリオに会うのは初めてだったわけだ。


 リオに連れられ、僕らは彼女が働いているというお店へやってきた。ガラガラと入店を知らせるベルを鳴らしてドアをくぐる。

 店といえば、陳列棚から買いたいものをレジスターに持っていき会計をするというのが僕の知るものだが、やはりこの町では違うようだ。陳列スペースは建物のサイズに対して広くはなく、ほとんどの商品はカウンター裏に保管されている。


「聞きたいことは色々あるけれど、ここに来たからには、まずこの挨拶だね」


 リオはスタスタと木床を鳴らしながら、店内を大きく二分しているカウンターの裏へ回った。


「テンセン商店へようこそ。テンセン婆さんは出張でいないから、あたしが店長代理をしてる。何をお探しかな」


 テーブルに両手をつき、ニコとほほ笑む。営業スマイル、という言葉が頭をよぎった。


「積もる話もあるのですが……一番の用件は、ワタシにお金を融通してほしいのです……聖棺の守護者としての務めに必要なんです」


 この人が、シヴィラの頼ろうとしていた資金の管理者だったのか。


「ほお、それはそれは。いくら必要なんだ?」


「具体的な額はちょっとわかりませんけど……巡り風を送り出すときに渡している路銀を、二人分」


「へえ……そりゃまた、なにゆえ?」


 リオは目を細め、品定めするような視線を送る。主に、僕に向けて。

 やれやれ、シヴィラが考えていたほど甘い話じゃないみたいだぞ。


「じゃ、じゃあこちらを」


 シヴィラが折りたたまれた紙を差し出す。


「首長様から預かった手紙です。読まれた方が早いかと」


「どれどれ」


 紙を開いたリオは瞳を素早く左右に動かす。


「ふんふん……なるほどね。の旅を支援してやってほしいと。それはわかった。だけどね、腑に落ちないことがある」


「な、なんでしょう?」


「聖棺の守護者は、文字通り聖棺の守護者だ。山の頂上にある聖棺を守るのがその務めだ。それがどうして山を離れて旅なんぞへ出るんだ?」


「それは……」


 シヴィラは言葉を詰まらせる。どうやら首長はこの店長代理に対しても秘密は明かさないつもりのようだ。手紙に英雄が目覚めたことや記憶を探す旅などの事情は書かれていないのだろう。


「それと、あんただよ」


 リオは握った紙で凶器を突きつけるように僕を指した。


「結局この便りにも、あんたについて詳細なことが何一つ書いてないんだよ。わざとらしく、隠すみたいに。首長らしくもないね」


「それは、その……また後で首長様から改めて話してもらえるかと……」


 次第に小さくなっていくシヴィラの声。僕も何か言ってやりたいが、適当な説明が思いつかない。


「……ま、あの首長やシ=ヴィラの母親が、知らない男についていくような教育をこの子にするはずないだろうからね。あんたにもそれなりの理由わけがあるってのは察してやるけど」


「あうう……この方は……」


 言うか言わぬか、如何に言うか。シヴィラの困窮が痛いほど伝わってくる。


「ゼイ……いやシ=ヴィラ、あんたが守護者として務めを任されたように、あたしだって一族の金を任された身だ。曖昧な目的のために金を出すなんて、たとえ首長であろうと守護者であろうと許すわけにはいかないのさ」


 きっぱりと断られてしまう。

 僕こそが聖棺から出てきた英雄であると打ち明けてしまうべきか。彼女も自分の立場に責任感がある人物のようだし、秘密は守ってくれるだろう。

 しかし信じてもらえるか。とんでもない出まかせを言っていると、かえって火に油を注ぐことになるかもしれない。


「僕は…………」


 リオの眼差しに貫かれ、僕の喉は空気を止めてしまう。言いよどんでいるうちに、大きな声が壁を揺らすばかりに轟いた。


「この方は! この方は、ワタシの夫です!」


 は!?


「な!?」


「え!?」


 なぜ発言した本人であるシヴィラまで驚いているんだ。


「ほ、本当ですよ! だったんです! 元服を迎えたら結婚するって約束で……ね、そうでしょう!」


 シヴィラは下から僕の目をのぞきこんでくる。話を合わせろということか。大胆な作戦に出たもんだ。僕はシヴィラと夫婦だから一緒にいる。理由を外から持ってくるわけだ。


「そ、そうそう」


 それがうまくいくか思考する間もなく、僕は場を繋ぐため頷いた。


「……あんたたちさあ」


 しかしリオの溜息交じりの声に、こんな嘘は端から意味がないことを思い知らされる。


 シヴィラやその一族、山の里と麓の町。その雰囲気を思い出してもみろ。柄じゃないんだ。そういう結婚は。そんな時代じゃない。

 コミュニティの部外者と、出会って惚れて即ゴールイン。戯曲でもどうかなと思う、あからさまな作り話。子供ならまだしもリオのような人が誤魔化されるわけが――。


「どーしてそんな大事なことを先に言わないの!」


 はじめ、リオの声だと思わなかった。調子がさっきまでと全然違ったから。


「り、リオ姉さん……?」


 彼女の豹変ぶりにはシヴィラもポカンと口を開ける。

 さっきまでの理性的な顔は仮面を取ったように消えた。細かった目は見開かれ、虹彩の色までよく見える。一文字に結んでいた唇はふにゃふにゃと緩んでいる。一瞬のうちに幼くなってしまったようだ。


「なるほどなるほど、新婚旅行ハネムーンってことね! そうならそうと早く言ってよ。恥ずかしがることなんてない、おめでたい事なんだから!」


「は、ハネ……?」


「あたし、ゼイより6年も早く生まれてるのに先を越されちゃったよお。商店の仕事してればもっと出会いがあると思ったのにー」


 聞かれてもないことをまくしたてながら、両手の指を絡ませて腰をくねくねしている。


「……リオさんって、本当はこういう人?」


 シヴィラに耳打ちする。偽装伴侶は小さく首を振った。


「こんなリオ姉さん、初めて見ました」


「ああ、申し遅れたね。あたしはリ=オージュ。町ではリオで通ってる。あなたの名前は、?」


「な、名前ですか」


 先にシヴィラと相談しておいてよかったが……いざ人を相手に名乗るとなると不安だ。


 助力、ありませんか。とシヴィラにアイコンタクト。守護者は、勇気を出せと強く頷いた。


「……エイユーと申します」


「エイユー……? 素敵な名前! 聖棺の守護者の相手としてこれ以上なく相応しい! 御両親はきっと篤い信仰をお持ちのこと……里方へのお土産はぜひ、うちで買っていってくれよ!」


 意外とすんなり受け容れてもらえた。両親が敬虔である、という設定は使えるな。名づけの責任は実在しない人間に被ってもらおう。


 商売の話がチラついたせいか、リオのテンションは少しもとに戻った。


「よしわかった、他ならぬ妹分のためだ。旅の準備は任せておきな。明日の朝までには必要なもんはこっちで揃えておくよ! 二人で町でもまわって、しっかり旅程を組んでおきな」


 リオはビッと手を立てると、一心不乱に棚の在庫を引っ掻き回し始めた。

 ひとまずこの場は解散か。


「い、行きましょうか、英――


 シヴィラ、そんなに顔を真っ赤にするくらいなら無理に徹底することはないと思うけど。


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