迷子らしく求め

2-1


 “シヴィラたちヒュジ族には、部族の構成員を世界のあちこちに送り出し、情勢を記録して持ち帰らせる慣習があるらしい。このヒュジ族の旅人を【巡り風】と言うそうだ。首長の家にたくさんの書物や記録が集められているのは彼らのおかげだとのこと。


 巡り風のもたらす知識と、次代の彼らを育て上げる努力によって、シヴィラたちは辺境と呼ばれる場所においても高い教育水準を保っている。


 同時に、巡り風は里の過疎化の原因になっている。未だ長い旅路の途上にいる者、永遠に旅立った者。そして旅先で暮らす場所をつくってしまった者もいるからだ。


 シヴィラの父もまた、旅の最中にあるという。僕らの旅の次第では、こちらから彼に会いに行くことになるかもしれない。”


                     ――備忘録『ヒュ=ジの巡り風』





 僕に家族はいたのか。友人はいたのか。何の仕事をして、どんな日々を過ごしていたのか。口座にはいくら入っていたのだろうか……。


 記憶すらも置き去りにして僕が前世界から持ってこられた物は、戦闘服と思しきカーキ色の上下一式、とうに役目を失った個人識別用端末、そして一丁の自動小銃。

 三十発装填の弾倉が三つ。黒き獣に撃ったのを引いて、残り89発。これを撃ち尽くしたとき、僕は『英雄』からただの生きた化石になる。それが現状だ。


「旅の行く先がいつも安全な場所とは限りませんから、護身の手段は持っておきたいところですね」


 他に武術や剣術などの技能を持ってない以上、再びあのおぞましい獣のような脅威が立ちふさがったときはライフルに頼るしかない。


「ダンヤクをできるだけ取っておくのでしたら、わたしの弓にお任せください! こう見えて里一番の腕前なんですよ!」


 齢15の女の子を、文字通り矢面に立たせるのか? ……そんなことはできない。

 武力行使しなければいけないような状況を避けていくしかないだろう。


「でも、どうしてもというときは……?」


「そのというときのために、弾を温存しておくんだ」


 シヴィラたち一族の里を発ち、麓にあるという町へ向かう道すがら、僕とシヴィラは今後のための情報共有を行っていた。まあ、実際はそんな真面目ぶったものでなく、移動中の退屈しのぎといったところだ。


 しかし幾つか重要な取り決めもあった。

 僕の仮の名はシヴィラの熱い要望もあって【エイユー】となった。本当の名前を思い出すまで僕はそう名乗る。


「少しアクセントを変えれば、まあごまかせるでしょう」


 そんなものかなあ、と思いつつも僕は彼女に従った。自分の名前を自分で考えるのはどうにも恥ずかしいものがあるから。

 斜面に根を張る木々の隙間から、建物が見え始めてきた。朝早く出たかいあって日はまだ低い。


「エイユー様、もう少しですよ。まだ大丈夫ですか?」


「正直、もう限界だ」


 山道を下っていくのは想像より負担が強い。せめて平坦な地面に足を落ち着かせたいものだ。

 その点、シヴィラは若さか慣れか。三つ編みをぴょこぴょこ揺らして、まだまだその足どりは軽い。


「あの狭い聖棺のなかで寝たきりでしたもんね。ゆっくり体を慣らしていきましょう」


 これからの長い旅路、ほとんどの距離を歩くことになるだろう。前の世界では考えられないことだ。あれば自動車に乗り、なければ鉄道を使い、それもなければ、そもそも遠くへは行こうとしない。

 求めるものはいつも近くにあるか、向こうからやってくる。便利なものだった。



「着きましたー! お母さんなしで町に来るのは、ワタシ初めてです!」


 シヴィラがはしゃぐのもわかる。山の里と麓の町とでは、雰囲気がまるで異なったからだ。

 里の人々は木製の家屋で暮らしていたが、ここのは石材で建てられている。点々としていた里の民家に対し、通りに沿って並んでいる。早くも異国にやってきたような感覚だ。


「この町は、王都から来た人たちが中心となって造られましたからね。でも住人の大半はヒュ=ジです」


 今度は王都と来たか。つくづく空想の世界に来てしまったみたいだなと思う。


「想像してたより人が多いね」


 静かだった山里と打って変わって、往来には人が何組も歩いていた。その服飾はシヴィラたちのものとはまた違った風采で否応なしにも目を引いた。伝統的暮らしを続けているというシヴィラたち一族。それとは角度の異なる時代錯誤……もちろん、錯誤しているのは僕のほうなのはわかっているが。


「街道ができて以来、南大陸のあちこちからやって来るようになりました。あの人は、砂漠のホーゼル地方から。あっちの家族はたぶん、王都から。エイユー様、あなたのために、ですよ?」


「ぼ、僕? 何故?」


「ご自覚ないとは思いますが、あなたは信仰の対象なのです。みなさん遠路はるばるエイユー様の眠っていた山頂を拝みに来ているんですよ」


 いまやそこには誰もいないことを教えたら、さぞ驚くだろう。


「いまや英雄様は聖棺から出て、まさにこの町を歩いていると知ったらさぞ驚くでしょうね」


 あきれたような同情するような、微妙な笑顔をシヴィラは浮かべて言った。


「まあそれはさておき、この町は旅の準備には事欠かない所です。さっそく宿をとって、そこでお昼ごはんにしましょうか。そのあと、町で必要な物を揃えましょう」


 今朝あれだけ食べたのに……成長期の食欲は凄まじいな。


「そういえば……お金って」


 金銭の話題はなんとなく憚られる。だが町は経済で動かす場所だ、宿を取るにも必要なはずだ。


「大丈夫です! ヒュ=ジの宿泊は無料ですから」


「僕は?」


「無論です! 英雄であることは説明できませんけど……まあ心配いりません。なんて言ったってワタシ、聖棺の守護者ですから! 一人余分に泊めるくらい許してもらえますよ」


 そんな権能がある役職に思えないんだけどなあ。山の掟と宿の帳簿は一緒くたにできないだろうに。


「宿もそうだけど、これからの路銀はどうするんだい。その……どういう単位の通貨を使ってるか知らないけど、先立つものがないと」


「それも大丈夫です!」


 シヴィラはドン、と胸をたたいた。


「この町は一族のための財産を蓄える役割ももっているんです。ワタシたちも、そのお金を頼ろうと思います」


「それって……いいのかな。みんなのお金なんだろう?」


「なんて言ったってワタシ、聖棺の守護者ですから」


 通るかなあ、それで。


「さあ、行きますよ。迷わないようにワタシについてきてくださいね」


 町の中には僕の事情などまったく知らない人たちで溢れている。緊張するなあ。声をかけられたりしたら、言葉が通じないふりでもしてシヴィラに対応してもらおうか。


 道行く人々に目を向ける。シヴィラは服装を見るだけで彼らがどこから来たのか予想してみせた。確かに、それぞれに特徴的な恰好をしている。僕の時代では撮影か何かと思われるだろう、ファンタジー世界からやってきたような装いだ。

 逆に僕の服はどうだろう。この世界の人たちにとって奇異で突飛な見てくれでないだろうか。迷彩柄でないだけマシだろうけれど。

 必要なら、この世界に合わせた衣服に着替えなければ。シヴィラに意見を求めようとしたところ――。


「ゼイ? ゼイじゃないか」


 突然、横から声をかけられた。

 振り向くとそこにいたのは、若い女性だった。僕の時代なら高等学校か大学に行っているくらいの年齢だろうか。短く切った髪が垢抜けた印象を醸し出していた。


「久しぶりだね。初めゼイだとわからなかったよ。見ないうちにまた大きくなったんじゃないか」


「リオ姉さん! 久しぶりです!」


 シヴィラが答えた。彼女の知り合いらしい。しかし、ゼイとは……?


「おう。ところでそのカッコ……聖棺の守護者になったのか」


「えへへ、まあ……」


「なんでだよー、あんなに嫌がってたのにさ。前に来た時だって……」


「わわわわ、道ではなんですから、話の続きは場所を変えてからにしましょう。ちょうどお店のほうにも用向きがあったんです」


「お、そうか。じゃ、ひとまず歩くとするか」


 リオ姉さんと呼ばれた女性はシヴィラの肩に手を添えて歩き出す。不意に首を回して、僕を流し目で見ながら言った。


「アンタの話も聞きたいしな。変わった服着てるし。どこから、何しに、どうしてゼイと一緒にいるのか……気になるねえ」


 むう、気づかれてしまったか。たまたま近くに立っていただけの他人のふりをしていたのだが。


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