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 長い休眠にも関わらず胃腸は健康そのもので、喉にものを通すたびに歓喜に震えた。使われている食材は案の定、僕には名称不明の肉や野菜。どんな食材なのか気になるところだが、これらの生前の姿を知ると口にできなくなるかもしれないから、何も聞かずに咀嚼に集中した。


 テーブル一杯に広げられた料理は、シヴィラの若い食欲もあってあっという間にたいらげられる。首長はその半分も手を付けず、食器を置いてシヴィラの食べっぷりを眺めていた。


「こんなに料理をするのは久しぶりのことで、お口に合ったかどうか……英雄様にとって目覚めてから初めての食事ですから、できる限りのものを作ったつもりですが」


「とってもおいしいです! 首長様、お料理上手!」


「これこれ。英雄様に伺ったんですよ」


「ワタシだって、守護者になってから初めての記念すべきごはんです!」


 シヴィラを諫めながらも、首長は嬉しそうに目を細めていた。


 エネルギーの補給をしたところで、首長が切り出す。


「改めましてご挨拶申し上げます、英雄様。私はドゥ=クス。高地の部族『ヒュ=ジ』の首長を務めております。此度、英雄様がお目覚めになられたこと、大変喜ばしく思います」


「はあ。ご丁寧にありがとうございます」


 食事中、首長は神妙な顔をしていたけれど、この口上を考えていたのかな。


「しかし……英雄様が聖棺からお目覚めになったことは、口外しないつもりです。英雄様もシ=ヴィラも、他言無用をお願いしたいのです」


「ええ? どうしてですか!」


 シヴィラが机に手をついて抗議する。


「ワタシたちが何代にも渡って守ってきた英雄様ですよ! この知らせを聞けば、大陸中の英雄様を信じる人たちが喜びます! 先祖たちの努力と部族の誇りに報いるべきです!」


「そうしたいのは山々なのですが……」


 首長が人差し指で自身の額をトンと小突く。


「今、皆に英雄様の目覚めを知らせても、突然のことで混乱させてしまうでしょう。実際、私も恥ずかしいところを見せてしまいました……シ=ヴィラ、あなたもそうでは?  聖棺の間で、英雄様が目覚めるのを目の前で見ていたのでしょう?」


「え? あ、いや、でもワタシは守護者ですから? 英雄様の目覚めを待つのがお役目ですもの。むしろ、「待ってました!」という感じで」


 図星を突かれたように声が上擦っている。でも憶えている限りではシヴィラは落ち着いていたけどな。


「まあそれはいいとして……。英雄様にだって迷惑が掛かります。只でさえ記憶を失くされているところに、「英雄様英雄様」と詰めかけられても困るでしょう。それに、この世界の誰もが英雄を信仰しているわけではないのです」


 シヴィラがピクリと身じろぎするのが見えた。


「英雄の存在が人々にとって大きくなれば、あなたを利用する者も現れます。あなたを疎ましく思う者も……。私は代々聖棺を守り続けた一族の長として、あなたを危険にさらすような選択はできません」


 僕もシヴィラも言葉を失った。首長の弁にすっかり説得されてしまった形だ。


「そういうわけですから、英雄様の件についてはゆっくりと機を見て知らせていこうと思っています。せめて、英雄様の記憶が戻ってからでも。特に今は、時勢が良くないので……」


「わかりました。聖棺の守護者として、首長様に同意します!」


 シヴィラがそう言うので、僕も首を縦に振る。でも事実、この世界のことを何も知らない赤子のような存在が僕だ。むやみに人と関わるのは避けたいものだ。


「では、この件は首長ドゥ=クスと聖棺の守護者シ=ヴィラの合議のもと決定とします。そして通例なら、守護者は決議を英雄様に報告しなければならないのですが……」


「もう山を登る必要はなくなったわけですね」


 二人は呆れたように笑みを零すと、僕にじっと目を合わせてくる。僕はため息を堪えて言葉を垂らした。


「えー……英雄が目覚めたことと、僕がその英雄であることは内密にする。確かに聞き届けました。……それと今後、あなた方の決定をいちいち僕に報告しなくてもいいです」


 頭を捻りに捻って僕が言い終えると、シヴィラはくすりと笑った。


「ありがとうございます、英雄様。記録に残すときはもう少し厳めしい言い回しに変えておきますね」


「僕に期待しないでくれないか」


 やはり彼らが僕を偉大な存在だとしているのは、長い時間の中で生まれた捻じれである気がしてならない。それとも記憶が戻れば、英雄と呼ばれるに相応しい言動と人格を手に入れるのだろうか。それと同時に、潜んでいた本性とでも言うものが、今の自分を消し去りながら現れるのか。

 僕は少し、悪寒を覚えた。



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