武者の武勇を真似て
ああ、こんなことなら弓を持ってくればよかった。道を変えればよかった。もっと急げばよかった。
一瞬後悔して、すぐにその考えを振り払う。この山に黒き獣が出ることを予見して武器を持っておくなんて、土台無理な話だ。
悔いは覚悟を鈍らせる。ワタシは、もう決めたのだ。英雄様には、生きていてもらわなければ。一族と守護者の名において、英雄様をぜったいに守る。
目前の獣をキッと睨む。柱のように太い腕の先に鋭く伸びた爪。ワタシなんて一振りで引き裂かれるだろう。そして動かなくなったワタシの肉を、牙を真っ赤に染めながら貪るのだ。
嫌だ。死ぬのは、こわい。守護者になんてならなければよかった。
鼓動を早める心の臓が、思ってはならないことを浮かばせる。
誇りをもって格好よく死ぬなんてワタシには無理だったみたい。もう体中が
両瞼も恐怖に耐え切れなくなって、ぎゅっと閉じた。視界が黒に染まる、その中で。
「シヴィラ、頭をさげて」
ワタシの耳に届いた声。自分は何もできないと言っていた、英雄の声。
反射的に目を開いて、体を地に這わせる。
何かが破裂するような音が耳の奥を叩き付け、その刹那。
奴の右眼が弾け飛んだ。
ワタシは見た気がした。背後から何かが、矢のように空を裂きながら黒き獣に向かって飛んでいくのを。
黒き獣自身にすら何が起こったのかわからなかったのだろう。頭を振り回しながらあげるおぞましい鳴き声には明らかに苦痛の味が含まれていた。やがて怯えるように走りだし、森のどこかへ消えてしまった。
「英雄……様?」
ワタシは後ろに振り向く。彼は彫像のように動かないでいた。片膝をついて、『らいふる』なる物を体の一部にするようにして。
その姿にワタシは神々しい光を感じた。ああ、この方は間違いなく英雄だ。かつての時代、確かに英雄だった人だ。そう思った。
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