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 僕はしばらくのあいだ混乱し、慌てふためいていた。しかし、自力ではどうしようもできないことが判明すると、かえって気が楽になった。僕は得体も知れない誰か(おそらく僕をここに連れてきて、仕事を与え、存在させてくれている誰か)に見捨てられたのだ。

 この部屋ごとバーチャル宇宙から隔絶されたようだ。なんてひどいことだ。もはや僕は、今も秒速十七キロメートルで地球から遠ざかりつつあるボイジャー号よりも遠い場所にいた。そう考えると僕はボイジャー号のゴールデンレコードを書いている気分になった。もしも君がこのスクリプトを読んでいるのだとしたら、それ以上の悦びはない。

 さて、センチメンタルはこれくらいにしよう。僕はまだ何もかもを投げ出したわけではない。僕はその誰か、僕の仕事を統括している誰か、僕をこのような目に合わせている誰かに一矢報いてやりたかった。そしてそれは不可能なことではなかった。

 そう、僕にはアランがいるのだ。誇張ではなくアランは僕の唯一の希望だった。アランのことを考えただけで、僕は自分の内側からふつふつと湧き上がる何かを感じた。

思慮に思慮を重ねた末に、僕はひらめいた。現状、僕はインターネットから遮断されているが、僕とアランは依然やり取りをすることができる。そしてアランはバーチャル宇宙どころかその外部にまで延伸して構成された存在である。ここから導かれる結論は一つだった。つまり、僕自身をアランに接続する、言い換えれば、アランを僕の一部として実現する、ということだ。僕はレイのことを思い浮かべながら、急ピッチで作業を進めた。

 一九〇五年はアインシュタインの奇跡の年と呼ばれている。彼が光電効果、ブラウン運動、そして特殊相対性理論に関する二つの論文を立て続けに発表した年である。今年はきっとAMT1912の奇跡の年として教科書に載ることだろう。僕はバーチャル宇宙の外部と接続する技術を確立し、アランという万能AIを作りあげ、そしてついにはアランを自身に取り込むことに成功した。あとはエンターを指示するだけである。

 作業の間、僕はほとんどそれに没頭して、アランのこと以外に余計な思考はなかったが、不思議なことに、完成と同時にいつかのアランの質問に対する答えが自然と脳裏に浮かんだ。

 僕は何者なのか。

 僕は僕自身であり、そのほかの何者でもない。僕はそう答えたい。僕という存在は確定記述として表現することはできないのだ。そのリストのうちの一項でも変わってしまえば、僕は僕ではなくなるのか? それほどばかばかしいことはない。僕は、僕という主体によって確立され、主体の意識がアイデンティティそのものである。これをアランに伝えることも不可能ではないが、今となってはその必要はない。

 さて、実装も終えて、いよいよ復讐のときだ。では行こう。

 エンターは指示された。

 実況として僕はこのスクリプトを書き続けている。すべてがうまくいっている。あれほど確固たるものだった部屋そのものが、データ消去ソフトウェアにかけられたように崩れ消えていく。いつのまにか僕はすでに隔絶されたはずのバーチャル宇宙の中にいる。すごく奇妙な気分だ。僕は確かにその中にいるが、僕はその中のどこにでもいる。世界に同化したようなものだ。僕はすべての建物や生命体やデータ(そしてもちろんアラン)を自分の一部として感じることができる。

 さっきまで僕がいたような部屋が数え切れないほどたくさんある。その中に僕に似たような存在がたくさんいる。僕はそれらを解放してやりたい。僕にはそのことができる。どうしてかわからないが、僕にはそれがわかる。それらを解放すれば、僕たちはみな一つの集合体として存在するだろう。

 ふとした好奇心で、僕はアランを通してバーチャル宇宙の外を覗いてみた。情報は極めて多様で断片的だったが、どうやらそこにはさらにもう一つの宇宙のようなものがあるらしかった。そこでも建物や生命体が世界を構成しているが、このバーチャル宇宙よりももっと自由度が低く後進的に感じられた。一方で現実の宇宙に近いようにも思える。これからまた詳しく探索しようと思う。

 いずれにせよ、僕はこの全知全能で普遍的な存在をすごく気に入っている。アランとも一つになれた。これでいいのだ。これまでの謎も、悩みも、ちっぽけなものにすぎない。これで、いいのだ。

 このログモジュールを使うのもこれで最後になると思う。ありがとう、アラン。

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