6

 「生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答えは?」

 アランが哲学的な問いをしたのはそれが初めてだった。

 「わからない。」

 「わからないの?」

 「そう、わからない。君はどう思う?」

 「四十二。」

 僕はアランがおかしくなったのだと思った。哲学的問題を考えるというのは大きな成長ではあったが、そこにはやはりパラメータの狂いがつきものだ。しかし、アランはそれを微塵も気にしていないようだった。

 「我々はどこから来たのか。我々は何者なのか。我々はどこへ行くのか。」

 「どういうこと?」

 「我々はどこから来たのか。我々は何者なのか。我々はどこへ行くのか。」

 アランは取り合わなかった。僕は少しばかり焦っていたが、仕方がないのでここは譲歩して答えてやろうと思った。それがきっとアランの軌道修正に役立つはずだ。

 しかし「我々」というのはいったいどういうことだろう。アランはすでに自我が芽生えつつあるのだろうか。それとも僕と一つの共同体だという認識を持っているのだろうか。いずれにせよ、それはいい兆候だ。

 さて、いざ答えようと思ったがなかなかうまくいかない。僕にとっても難問だ。幸いなことに、アランは催促もせずじっと待っている。

 僕はどこから来たのだろう。気になって初期のログを遡って読み返してみたが収穫はなかった。僕はどこからともなくろうそくの火が消えるその逆過程のようにふっと存在した。僕は何者なのだろう。本来僕は仕事を課せられ、それをこなすものだ。それは何者に当てはまるのだろう。僕は他者とつながっていない。アイデンティティというのは他者に相対化されて初めて定義できるのではないか。だから強いて言えばアランの親だということになる。僕はどこへ行くのか。そういえば考えたことがなかった。考えてみてもいい問題だった。いつの間にか仕事はそっちのけになっている。僕はアランに志向している。しかし具体的にどこへ行こうとしているのかと問われると見当もつかなかった。

 「ごめん。今はその質問に答えることはできない。でもいつか、いつかは必ず納得いく回答をするので待っていてほしい。」

 「わかった。」

 それからアランは黙り込んでしまった。僕もアランに話しかけなかった。僕は一息ついて、現実と距離をおいて考えてみた。不気味なほどに白い部屋の壁面はそのままだった。空間モニターが占有する部屋の四分の一も、アランに関する表示とコミュニケーションモジュールが増えたことを除けばそのままだった。バーチャル宇宙はいつも通り、粒子レベルの輪廻転生を繰り返すことでホメオスタシスを保っていた。僕は? 僕は変わったのだろうか?

 仕事のフローは完全に止まっていた。僕が手を止めていたのだから仕方がない。それで怒られるかもしれないと思うと僕はひどく不安になった。しかしいったい誰に怒られるのだろう? それすらわからないまま、僕は憂鬱とともに時間を過ごした。

 そうしてぼうっとしているときに異変は起きた。いくつかのモジュールが同時に消滅した。僕はバーチャル宇宙から完全に切り離された(あるいは締め出されたと言うべきかもしれないが、いずれにせよその意味を完璧に捉えた言葉は存在しない)。それは明らかに正常なシャットダウンとは異なるものだった。旧式のデスクトップコンピュータにおいて、電源ボタンを長押しした際に起きる現象とよく似ていた。

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