第8話


 アーク公爵による、フランチェスカへの断罪要求。

 まさかそのようなことを言い出すとは思ってもみなかったと、フロイドは思った。

 


「国王の決闘の言葉で思い出しましたが。昨年、ラステノック王国内において決闘は二件あったかと思います。そのいずれも、此度の原因になったグリーン伯爵家の令嬢がらみでございます。他にもいざこざは数多くあると聞いております。

 さすれば、この娘が諸悪の根源。このような娘を野放しにするグリーン伯爵も同罪であり、今すぐにでもこの娘を処罰する方が先決かと?」


 アーク公爵の口角は上がり、不敵な笑みを浮かべている。

 何とか自分の子への罪状を軽減しようと模索しているのだろう。だが、そんな訳にはいかないと、なぜ気が付かないのだろうか?


「私も何度か見かけ声をかけてことがございますが、さすがラステノック王国の宝と呼ばれた方の血筋だけあり、目を引く美しさではありました。

 だが、伯爵はそんな娘に婚約者をあてがう事もせず、いつまでも野放し状態でございます。だからこそ子息たちが気を引くために要らぬ争いを起こすのでございます。その娘さえ消え失せてしまえば、この国に要らぬ争いは起こらぬはずでございます」


 まったく道理がわからない。勝手に懸想しているのは男どもだ。彼女が自ら粉をかけて歩いているわけではない。何を馬鹿なことを言っているのかと、フロイドはアーク公爵をじっと睨みつけていた。周りも皆、そのような雰囲気ではあった。

 だが、一人だけ。国王は顎に手を置き、なにやら考え込んでいる。

 まさか公爵の言葉に一理あるとでも思っているのだろうか? フロイドは国王を横目に王太子の表情も確認するが、彼は眉間にしわを寄せ公爵を睨みつけている。彼は自分と同じ考えだと感じ、安堵した。



 結果、国王の決断が覆されることはなかった。アーク公爵は最後まで異を唱えていたが、もはや誰からも相手にされることはなかった。





 別室に移り、国王と王太子、宰相らとともにフロイドはその後についての話し合いをしていると。


「グリーン伯爵令嬢の件、アーク公爵の言葉もわからなくはない」


国王の言葉に「は?」と、フロイドは思わず声を発しそうになった。


「あの息子のように極刑とまではさすがに考えはしないが、このまま放って良いとも思えん」

「父上。それはあまりにも……。令嬢に責任は無いと私は考えます」


 国王の言葉に王太子が言葉を挟む。親の目線と子の目線。年齢による時代の変化によるものなのかもしれないが、それにしてもだ。


「本人に悪意があろうとなかろうと、こうして罪人を作るきっかけになっている事には変わりがない。伯爵がこのまま放っておくのであれば、王命として縁談を組むか、修道院にでも入ってもらうしかあるまい?」

「令息たちに節操がないだけではないでしょうか?」



 王太子の言葉も、もはや国王には届かない。国王は宰相を横に呼びつけると、彼女に見合う年頃の令息を吟味し始めた。

 そこに名を連ねるのは、全てフランチェスカを慕い躍起になっている者達だ。

宰相もこのままで良いとは思っていなかったのだろう。彼の口から何の迷いもなくその名が出てくるのは、普段から準備をしていた証拠だ。



 このままいけば……。


 フロイドは恐れていた。彼女が誰かと婚姻関係にでもなったら。

 誰のものでもないからこその存在価値なのに。誰かのものになった時、果たして自分はそれに耐えられるだろうか?


 そんな想いがグルグルと周り、彼の思考を止めてしまった。



「ならば、私が国のために彼女を娶りましょう」



 思わず口をついた言葉に彼自身驚いてしまったが、少しだけ冷静になればこれも妙案だと思えてくる。


「フロイド! お前、それでいいのか? お前が犠牲になることはないんだぞ!」


 王太子に言葉に少しだけ笑みを浮かべ、小さく頷くと


「誰に嫁がせたところで、彼女も伯爵家も納得するとは思えません。ならば私が彼女を伴侶に迎え、その身を預かり人目に付かぬようにすれば問題ないかと?

 修道院に入れると思えば、我が家で大人しくしてもらうのも同じことでございましょう。国のためにこの身を捧げると誓い、妻を迎えるつもりはありませんでしたが、私なら立場上誰しも納得いくのではないかと思いますが」


「しかし、それではあまりにも。大丈夫なのか?」


「ええ、もちろん。宰相殿にご負担をかけぬよう、補佐の任も今まで通り勤め上げると誓います。ご心配なく」


「まあ、お前が言うと信じてしまいそうになるから不思議だ」


 王太子も宰相も、フロイドの思いには気が付いていない。

 国の為に自分を犠牲にするつもりなど微塵も持ち合わせていないことを。

 全て、自分のため。自分とフランチェスカのためだけだ。



「そなたがそれで良いなら、伯爵家の令嬢との婚姻を王命として下そう。

 それで良いのだな?」


 フロイドは国王の言葉にうなずき、答えた。


「はい。私が令嬢を見張り、二度とこのような事が無いようにいたします」

「そうか。そなたには苦労をかけるが、頼まれてくれ」


 国王は椅子の背もたれに体を預け、フロイドを見つめ頬を緩ます。


「それにつきまして、お願いがございます」

「なんだ? 申せ」


「はい。此度の婚姻につきまして、慣習である婚約期間を省きすぐにでも婚姻を認めていただきたいと思います。

 懸念材料であるアーク公爵を鎮めるためにも、令嬢の身を揺るぎないものにし、早急に公爵家子息の刑を執行させるがよろしいかと」

「そうだな。その方が混乱を招かずにすむか? どうだ? 宰相」

「はい。私もその方が良いかと存じます」


「グリーン伯爵家令嬢との婚姻の件、そなたに任せた。頼んだぞ」


 フロイドは国王からの命を受け、フランチェスカとの婚姻の準備をするべくその場を退くと、早足で自らの執務室へと向かった。

 その足取りはとても軽く、浮かれている自分に少しだけ苦笑いを浮かべた。



『彼女が手に入る』



 フロイドの心は波のようにさざめき立ち、落ち着く事が無かった。


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