第7話
夜会の翌日もフロイドはいつも通りに仕事に向かう。
今朝はいつもと違い、緊迫した雰囲気が流れていた。それもそのはず、昨日の夜会の後もめ事を起こしたあの二人は、血生臭い殺傷事件を起こしてしまっていたのだ。
自分とフランチェスカの仲を邪魔され、見下されたと思ったアーク公爵家のアベルがスティン侯爵家のカイルを深夜近く呼び出し、油断したところを短刀で彼の胸を突いたのである。さいわいにして心の臓をわずかにずれ、一命はとりとめた。
だが、高位貴族令息の殺傷事件をそのままにしておくわけにはいかない。
朝から王太子、宰相含め重鎮たちと協議を重ねていた。
だが、そんな簡単にことがまとまるはずもない。親は自らの子をかばい、穏便に済まそうと策を練り、周りを囲みこもうとするだろう。
金に物を言わせ権力をふるい、その身を守ろうと躍起になる。両家共にそれができるだけの家系であるということだ。
「最終的には父の判断になるが、本人の命を取り上げとなったら、黙ってはいないだろうなあ。お家のために息子を切り捨てることができるかどうか? さて、公爵はどう出るだろうな?」
「ここだけの話し。公爵家のアベル殿はきな臭い話が耳に入っておりました。排除できたことは、殿下にとっては幸いだったかと」
「なるほど、そうか。あれの母親は隣国の宰相家の出身だ。貿易に力を入れている公爵にとっては伝手になるだろうが、未だ向こうと手を繋ぎ何かを吹っかけてくるつもりだったんだろう。アベルも当然、詳細は知っているだろうからな」
「公爵家の嫡男であるアベル殿が排除できれば、後は弟殿になりますが。アーク公爵家は元来革新派で通っております。これを機に早々に世代交代を図り、まだ若い弟殿を掌握できれば王家にとっては好ましい結果になるのではないかと? スティン侯爵家は愛国心の強い家柄です。彼については勿体ないことをしましたが、あちらも次男、三男とおられます。ここで少しばかり恩を売れば、今後も良き理解者となってくれることでしょう」
「ツキが俺に向いてきたのか? 嬉しいねぇ」
いつの世も国を守るために犠牲は付き物だ。たとえそれが、薄まったとはいえ王家の同じ血筋を分けた者であっても。いや、血筋が同じであるからこそ国の、ひいては王族の利にならない者は切り捨てる。そうやって国は繋がってきている。
その日、話し合いがまとまることはなく、フロイドは遅くに帰宅した。
そんなフロイドに、セバスチャンが執務室でいつもの報告と同時にあることを告げた。
「例の件、正体が掴めました」
「誰だった?」
「ナダール侯爵家のようです。身バレをしないよう、金を握らせ何重にも予防線を張っていたようで時間がかかってしまいました」
「ナダール侯爵? ああ、娘がいたな。だが、キリル伯爵家の息子と婚約をしていたろう? いや、あいつはそうか。彼女に恋慕していたな。それで嫉妬しての行動か? なるほどな、わからなくもないが許すつもりはない」
「あちらのご令嬢は猫を飼い、大層可愛がっておいでとか」
「ほぉ。猫をね。どれほど可愛い猫なのか、少しばかり興味が湧くな」
「はい。さようでございますね」
フロイドは少しだけ笑みを浮かべ、セバスチャンは主の笑みを見て満足そうに頷いた
それから、ナダール侯爵家で飼われていた猫が突然姿を消した。使用人や一番可愛がっていたと言う令嬢も一緒に家中を探して周った。
家具の裏、庭の木々の上、屋根裏まで、ありとあらゆる所を探しても見つけられず諦めかけていた時。突然、侯爵令嬢の大きな悲鳴が屋敷中に響き渡った。
声のする方に駆けつけた場所。それは令嬢の自室であり、皆が着いた時には令嬢は気を失い床に倒れていた。
そこには彼女の寝台の上ではらわたを出され、血塗られた飼い猫が令嬢と同じように横たわっていたという。
~・~・~
高位貴族同志の刃傷沙汰。いくら公爵家とは言え、握りつぶしには事が大きすぎた。夜半の出来事であるはずなのに、まるで見ていた者がいたかのようにその話は事細かに流れ始め、瞬く間に皆の耳に入ってしまった。こうなっては、金に物を言わせて口封じすることも難しい。
刃物を持ち出したアーク公爵家のアベルは現在謹慎中ではあるが、反省の色は薄いとの話も伝え聞こえてくる。やはり自らの立ち位置に胡坐をかき、親の庇護のもと何とかなるとでも思っているのだろう。
怪我を負ったスティン侯爵家のカイルは、一命はとりとめたものの今後嫡男として侯爵家を継ぐには難しい体になってしまった。今は王都で治療に専念しているが、容体を見て領地に戻り、その後は弟の元で足枷となり生きていくことになる。
元々しつこく迫るアベルに対し、困っていたフランチェスカを守るための行為だった。それは皆が見ているし、フロイド自身も遠目に見ていた。証人は多い。
それに対して、自らの地位を利用し難癖をつけたのはアベルの方だ。事件を聞いた者は皆、ここまでするとは愚か者だと陰口を叩いていたし、民意はカイルに同情的になっていた。
王太子、宰相、フロイトといった重鎮が控える中、国王からの沙汰が下された。
スティン侯爵家のカイルは廃嫡。
アーク公爵家は、スティン侯爵家への慰謝料の支払い。そして、嫡男であるアベルの死罪。
国王もまだ若いアベルに対し最大限の慈悲を与え、公開処刑ではなく薬殺となった。せめてもの温情だ。
だが、これに異を唱える者がいた。誰もが予想していた人物。
アーク公爵によって、その場の空気が緊張を伴い異様な雰囲気に変わっていった。
「納得が参りません」
アーク公爵の声が、シーンと静まり返った部屋に響き渡る。
そこに居合わせた者みな、そう来るだろうと思っていた。特別驚くこともなく、淡々とそれを受け入れた。しかし、腹の中ではその姿に嫌悪感を抱き、嘲るような視線を送っている。だが、公爵自身がそれに気が付くことは無い。
彼の言い分によれば、刃物を持ち出したことはいけないことだが、しかしそこは若い男同士の喧嘩によるもの。喧嘩両成敗でなければ納得がいかないと言う。
何をふざけたことを。と、皆の心の声が聞こえて来そうである。
「なあ、公爵よ。剣を持つなら、なぜ決闘を申し込まなんだ? これが夜中に呼び寄せるような卑怯なやり方でなく、正々堂々と決闘であるならば、誰も何も言えぬものを。むしろ、決闘での勝者は敬われるものだ。そなたは息子にそのように教育を施さなんだか?」
「決闘などと、そのような野蛮な行為を……」
公爵は、国王の問いに返事ともつかない言葉を口にする。
そして、何かを思い出したかのように目を見開くと、国王に向かい声を上げた。
「此度の原因になりました令嬢の、裁きを要求いたします」
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