第6話


 フロイドの仕事は多岐に渡る。王太子の側近として、宰相補佐として社交シーズンともなると連日夜会に出席をすることもある。

 彼の知名度は高い。今の彼の肩書とともに、子爵位を名乗っているとは言え元は侯爵家の子息である。その後ろ盾はしっかりしている。それに加え年嵩はいっているとはいえ、彼は美麗であった。それこそ令嬢達がうっとりとするほどに。

 だが、彼は一向にその身を固めようとはしない。どんなに良い縁談が舞い込もうと、彼が頷くことはなかった。男色では?とういう噂も飛び交ったが、それもいつのまにか消えていた。


 そして今日も宰相のお供として夜会に足を運んでいる。

 本日、侯爵家で行われているそれは比較的若い層の出席者が目立つ。舞台となっている侯爵家に年頃の子がいるからだろう。

 だが、今宵の夜会も主役の座は主催者である侯爵家の者ではない。

 男も女も関係なく、その瞳を奪われるほどの美しさを持つ、フランチェスカその人だ。

 


 フランチェスカが社交界に足を踏み入れたのが十五歳。それから二年の歳月が過ぎ、彼女の美しさは年々と増していく。

 彼女目当てに来る客も多く、その為主催者は彼女を夜会の顔にするべく招待状を送るのだ。そして彼女はほとんどすべての夜会に参加する。

 それなのに自らの意思で参加するにも関わらず、彼女が夜会の席で楽しそうにしている姿を見た者はいない。父や兄のエスコートを受けているとはいえ、年頃の令嬢と楽しそうに話すわけでもなく、ましてや絶え間なく声をかけてくる令息たちと嬉しそうにするわけでもない。

 

 そして、そんな彼女を遠巻きに見つめるフロイドの姿があった。


 フロイドは宰相とともに貴族の山を渡り歩き、時には談笑を、時には政治や仕事の話をして周る。だが、彼の視線がフランチェスカを見逃すことは無い。

 彼女がどこにいるのか、誰といるのか、常に彼の意識は彼女に向いている。



 夜会の夜は騒々しい。人々の話声や笑い声。楽団による楽器の音色が誹謗中傷といった言葉を消し去ってくれる。

 だが、ある一角からは何やら物騒な言葉飛び交い、次第に周りもそれに気が付き注視するようになっていく。

 

「フランチェスカ嬢が嫌がっている。やめていただこう」

「なぜ彼女が嫌がっていると? 僕たちは楽しく語り合っているだけなのに。二人の仲を邪魔するような無粋な真似はやめていただきたい。女性の嫉妬はまだ可愛げがあるが、男の嫉妬ほど醜いものないだろう?」


「な、なんだと?」

「本当のことを言ったまでだ」


「私は主催者として客人の安全を守る義務がある。フランチェスカ嬢が困っているのを見過ごすわけにはいかないんだ。

 さあ、フランチェスカ嬢。護衛のいる控室を用意してあります、あちらで少し休まれると良い。どうぞ、お手を」


 主催者であるスティン侯爵家のカイルがフランチェスカにエスコートの手を差し出す。それを見て少し困ったように俯くフランチェスカをよそに、たった今言い争いをしていたアーク公爵家のアベルがその手をピシャリとはじき返した。


「なっ!」

「身分もわきまえぬ愚か者は黙っていろ。今すぐ侯爵を呼んで来い、お前では話にならん。己の立場もわからぬような者は、もう一度教育をし直した方が良い」


 不敵な笑みをこぼし彼はフランチェスカの肩を抱き寄せ、自分の方へと導こうとする。それを見た侯爵家のカイルが怒りに顔を赤らめ、握る拳をぶるぶると奮わせていた。一触即発か?と、周りの者たちは色めきだす。

 所詮他人事だ。同じような日々の繰り返しの中、決闘に近い物などこれ以上ないほどの娯楽に違いない。誰もがその時を待っていたら……。



「これは、これは、お二人とも少し羽目を外しすぎなのではありませんか?紳士たるものレディーには、もっとスマートにならなくては。彼女もお困りのようだ」


「テ、テイラー子爵……」

「いえ、これはそのようなことでは」


「ええ、十分わかっております。仲が良すぎる為に少しばかりふざけ過ぎたのでしょう。あなた達の友情の深さは、今宵お集りいただいた皆様もよくわかったことでしょう。さあ、お遊びはこれでおしまいです。よいですね?」


 フロイドは二人の手を掴み無理やりに握らせた。喧嘩両成敗ではあるが、事を荒立てるのは得策ではない。ましてやいくら子息とはいえ高位貴族同志の喧嘩など目も当てられない。半ば強引に握手を交わさせ、これで打ち切りとする。

 フロイドは二人が握手をする手の上から、骨がきしむ程の強さで握り締まる。

 思わず顔をゆがめる二人にも笑顔で納得させ、事の幕を引かせるのだ。


 遅れて主催者のスティン侯爵夫妻も現れ、愚息を睨みつけながら、

「いやあ、大変お騒がせいたしました。我が息子たちの末永い友情を願い、これより我が家に眠る秘蔵の高級酒を皆様に振る舞わせていただきます。どうぞ、ご賞味ください!」

 

 侯爵は両手を大きく広げ、視線を一身に受ける。その間、息子たちはその場を離れ沈静化を図る。門外不出と言われるほどの銘酒を揃えていると評判の侯爵家。その酒を堪能できるとあって、客たちは一斉に騒めいた。


 フロイドは、男たちの間で翻弄されるままだったフランチェスカの隣に立ち、彼女に手を差し出した。


「グリーン伯爵令嬢。あちらの控えの間で少しお休みになられた方が良い。すぐに兄上をお呼びしましょう」


 両手を胸の前で固く握りしめ、事の成り行きを泣きそうな顔で見つめていたフランチェスカは、目の前の手とフロイドの顔を見ながら少しだけ表情を緩めた。


「テイラー子爵様。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」


 ゆっくりと彼の手の上に自分の手を添えると、ほんの一瞬握り返された様に感じた。それが気のせいだとは思えても、張りつめた緊張の糸が途切れかけ少しだけ足をふらつかせてしまう。

 フロイドが咄嗟にフランチェスカの肩を抱き、

「大丈夫ですか? 怖がるのも無理はない。あなたに触れることをどうかお許しください」


 言うが早いか、フロイドはフランチェスカを横抱きに抱き上げ、「ご令嬢が具合を悪くされた。案内を頼む」と、会場中に響き渡る声で存在を知らしめると、「まあ、大変ですわ。どうぞこちらに」と、スティン侯爵夫人が声をかけてくれた。

彼女を抱き上げても二人の間にやましいことなど微塵もないと公言するために。


 

 フランチェスカを巡る男たちの醜い嫉妬は、こうして毎夜続いていく。



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