第2話 勇者召喚も悪くない

 夕日の光が宝珠を照らして眩いばかりの輝きを放っている。


 王女の護衛役であるライムスが宝珠を空高く掲げ、エルンとベリーに見守られている頃、俺と由衣は夕飯の買い物にスーパーのタイムセールに来ていた。


「お兄ちゃん 今日は何食べたい?」

「由衣の作る物なら何でもいいぞ」

「お兄ちゃん……そう言う答えが一番困るんだよ?」

「う~ん…」


 ぶっちゃけ由衣の作る飯は何でも美味い。

 だからこそ迷うのだ。


「由衣は何食べたい?」

「ハンバーグ!」

 さすが由衣、即答だ。


「じゃあ、ハンバーグにしよう。」

「本当!やった! 挽肉取ってくるね」


 由衣が挽肉を取りに行っている間、近くのベンチにでも座ってよう。

 人もいないのでゆっくり座っっていたら、召喚された。


「やっと来ましたね、お兄様」

 前に来た所とは違う広い場所に召喚された。


 お兄様??

「急にどしたの?」

「えへへ、今日はお兄様にお願いがあってお呼びしました」

 今はベリー1人だけのようだ。


「そこに立ってて下さい。 動かないで下さいね」

 言うなりベリーは離れて行く。


「いきますよー! ~~ファイアーボール!!」

 ベリーの前に大きな火球が現れたと思ったら、こちらに飛んでくる。


「うわっ!」


 思わず反射で避けてしまった。


「動いちゃだめですよ~! もう一回いきますね。」

 火の玉がバシバシ飛んでくる。

 だが、こちらの世界でパワーアップしている俺にはこのくらい躱すことことなんて造作もない。

 打つのを諦めたのか、こちらに近づいてくる。


「もう、お兄様ったら」

 そう言うと小さい体で抱き着いてくる。


「ど、どうしたの?」

 ベリーは笑顔でこちらを向いて、


「フレアバーストオォ!!」


 ゴオオオォォォ!!


 俺の全身が炎に包まれる。

「うおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!」

 あまりの出来事に大声で叫ぶ。

 ベリーが離れ、少しして炎は消えた。

 熱くは無い。

 痛くも無い。

 でも服はボロボロになり、ほぼパンツ一丁なんですけど…。


「うんうん」

 ベリーはなにやら嬉しそう。

「あ、あのベリーちゃん?」

「流石はお兄様です!」

 言うなりまた抱き着いてくる。


「服は元の世界に戻れば元に戻りますから大丈夫です。それよりお兄様、喉乾いていませんか?」

「え、まぁ、ちょっと乾いたかな。」

「こちらをどうぞ」


 腰に着けてるバッグから緑色の液体が入った瓶を取り出す。


「こ、これは何かな?」

「ベリー特性の栄養満点ドリンクです」

 満面の笑みで進めてくる。

 くっ!

 こんな笑みをされては断れん。


 覚悟を決めて一気に飲み干す。

 …苦い


「なんともない?」

 少し心配そうな目で見てくる。

「少し苦かったけど、大丈夫だよ」

「さすがぁ!お兄様!」


 再度抱き着いてくる。

「本当はね、毒なの」

「え?」

「少し強い毒で、魔物を10匹位殺れちゃうよ」

「………」

「これでまた一歩お兄様の研究が進みました」


 冷や汗が止まらないのだけど……。

 ここでどうやら時間になったようだ。


「お兄ちゃんお待たせー」

 由衣がカゴいっぱいに夜ご飯の材料を入れて持ってきた。


「どうしたのお兄ちゃん。 凄い汗だけど」

「い、いや、なんでもないよ。 ちょっと暑かっただけだから」

「そう?とりあえず買ってきちゃうね」

「ああ」


 俺の研究ってなんだ?

 由衣の買い物が終わって家に着く。

 夕飯の準備は由衣に任せて今日の実験の事を思い出して身震いするのだった。


 次の日の夕方、部屋のドアを開けると……石畳の場所に出る。

「おっにっいっさま!」

 ベリーが抱き着いてくる。

「あ、べ、ベリーちゃん」

 さすがにちょっと身構える。

「あ、お兄様ひっどーい!」

「い、いや、ごめん」

「ベリーが何かしましたか?」

 エルンが心配そうに聞いてくる。


「ちょっと研究に協力してもらっただけだよー」

「またあなたは………申し訳ありません剣児様」

「だ、丈夫ですよ……ははは……」

「早くしないと時間無くなるぞ」

「あ、そうでした。 今回呼んだのは召喚の宝珠についてと、お兄様についてです」


 ガラガラガラガラ

 なんかビッシリと書かれたボードが出てきた。

「はい!ちゅーもーく!」


「まずはお兄様の事です。 私が個人的に調べた結果、お兄様には剣も魔法も効きません。そして毒も効かないとみて良いと思います。 古文書の通り無敵ですね。 あ、この古文書は私のお師匠様が翻訳してくれた写しです。 そして召喚の宝珠ですが、今あるのは私とエルン様の2つです。ある条件で増やす事が出来ました。 宝珠が増えればお兄様もこちらにいられる時間が増えますね」


「その条件って?」

「簡単に言うと、愛です」

「ん? どう言う事?」

「はい、召喚の宝珠に自分の想いを入れて、それにバッチリ合った人を召喚します。 私やエルン様の想いにお兄様がバッチリ合ったので、召喚出来てます」


 想い?


「私は妹も凄く可愛がってくれる優しいお兄様が良かったのです。 エルン様は皆に優しく、国のために頑張ってくれる人ですね。 簡単に言うと宝珠を増やすには、好みの人を宝珠に込めて召喚する事です。」

「えーと、そうなると…」


 ライムスの方を見てみる。


「私には無理だったわよ!」

 そっぽを向いて言われた。

「大体こんなスケベな奴は好きじゃないわよ!」

 ちょっと悲しい…。

 ん、まてよ、てことは、エルンは俺の事が好きって事になるのか?

 エルンの方を見ると、何か悟ったのかうつむいて顔を見せてくれない。


「私はスケベでもお兄様が大好きですよ!」

 スケベでも…?

 エルン様?

 チラッチラッ。

 あ、耳まで真っ赤になってる。


「何を考えてる」

 ライムスがわなわなしてる。

 あ、ヤバそう。

「この変態がー!!」

 ふっと辺りが暗くなり……。


「ごめんなさい、ごめんなさい」

「……お兄ちゃん誰に謝ってるの?」

「あれ?」

 そこには由衣が呆れた顔して立っていた。


 翌日の由衣の行動がちょっとおかしい。

 朝からずーっと見られている気がする。

「ど、どうしたんだい?」

 ドアの隙間からめっちゃ見てる。

「なんでもないから気にしないで」

 気になる…。


 そういえば昨日エルヴァリースから戻って来た時、由衣が目の前にいたな…。

 見られたかもしれない。 

 まぁいいけど。

 見られるのは構わないけど、心配はかけたくない。

 今日は日曜日だし、家で普通にしてれば多分大丈夫なはず。


「ゆい〜ちょっと手伝って〜」

 下の階から母の声がする。

「は〜い」

「お兄ちゃん部屋にいてね」


 タッタッタッ!

 由衣が下に降りて行く。

 召喚するなら今しかないよ。

 ……こういう時に限って召喚されないんだよね。


「ふぁ〜…」

 由衣のプレッシャーから開放されたのか眠くなって来た。

 一眠りするか。

 ベッドに横たわり、眠ってからどの位経ったのだろう。

 草原の草の匂い、優しい風が頬を撫でる。

 草の匂い?

 目が覚めたと同時に…。


 ドゴォォォン!

 何事!

 辺りを見渡すと、ライムスがエルンを守りながら剣を振るって戦っている。


「剣児様!」

「これは一体?」


 聞いては見たものの一目瞭然、魔王軍が攻めて来たのだ!


「あんたはとにかくエルン様を守って! こいつらは私が!」

 前に戦った狼の魔物、肌黒い小人のような魔物、身の丈2メートル以上はある豚顔の魔物、ざっと見て10や20の数じゃない。

 その中にライムスは突っ込んで行く。


「ハァァァッ!!」

 華麗な剣捌きで魔物の頭、腕が飛んで行く。

「凄い!」

 ライムスが豚顔の魔物に斬りかかった瞬間、足元にナイフが刺さる。

 ギリギリで避け、投げた先にはこの間のフードを被ったやつだ。


「やるじゃない、そこの男は私が殺る」

 フードの奴がナイフを手に突っ込んでくる。

 ギラリと輝くナイフの刃。

 ナイフ怖ぇー!!


 フードの奴の動きは見えるが、素早いナイフ裁きは剣で防ぎきれない。

 俺の服がボロボロになってゆく。


「っチ! 硬い体だね!」

「剣児様! 私が戦います!」

 剣を持って俺の前に立つエルン。

「およびじゃないんだよ!」

 フードのナイフが剣を押し込んでエルンの腹部に蹴りが入る。


「キャッ!!」

 エルンが蹴り飛ばされる。

「死にな!」

 ダメだ!俺の力じゃ守り切れない。

「ならっ」

 俺は倒れているエルンに覆い被さり、体を盾にしてフードの攻撃を防ぐ。

 このままだと時間になっちまう。


 その時背後に爆発音が響く。

「エルン様-!」

 助かった、ベリーが戦っていた魔物を蹴散らしてこちらに来てくれた。


「チッ!」


 フードの奴が撤退しようとする所を、魔物を片付けてライムスもこちらに来てくれたようだ。


「もう、逃げ場はないぞ!」

「観念してください!」

「助かった~」

「剣児様…ありがとうございます」


 逃げようとするフードの奴を追おうとする時、自分の部屋に戻るのだった。

 自分のベッドに戻った俺の目の前に由衣が床に座って待っていた。

「お帰り、お兄ちゃん。 どこ行ってたの?」


 急に目の前に現れた俺を見ても驚かず、真剣な顔して聞いてくる。

「い、いや、その、なんだ…どこだろうね…」

 しどろもどろになりながも、何とか誤魔化さないと考えていると由衣から話してくる。


「お兄ちゃん、誤魔化さなくていいよ。 昨日のおつかいで見ちゃったし。 夢かどうか確かめたかっただけだから」

「……えーと……」

「お昼ご飯も出来たから食べよ。 食べ終わってから話聞かせてね」

「わ、わかったよ」


 あちゃー、ついにばれたか。

 ずっと隠してはいられないし、仕方ないか。 由衣には本当の事を話そう。

 二人共お昼ご飯を食べ終え、俺の部屋で由衣に話す事にした。


 少し前に異世界エルヴァリースに召喚された事。

 そこでの活躍、出会った人達について話した。

「信じてもらえた?」

 由衣はうつむきながら何やら考えてるようだ。


「ゆ、由衣?」

「んーと、お兄ちゃんはそのエルヴァリースって所で戦って、両手に花って事だね?」

「戦ってはいるけど、両手に花ってことはないよ」 

 多分。

「お兄ちゃんが私に嘘はつかないのは知ってるけど、私も行けないかな?」

「急に召喚されるからなぁ」

「……わかった」


 そう言って由衣は部屋から出て行った。

 連れて行ってあげたいんだけど危ないからね。

 そうこうしている内にもう一度召喚された。


 フードの奴は捕まって縄で縛られている。

「剣児様」

「待ってたよ、お兄様」

 ライムスはフードの奴に剣を突きつける。

「剣児の事を何故知っている。目的はなんだ?! すべて話せ!」

 剣先でフードをめくると、ぴょこんと耳が出てきた。


「な!猫耳だ…と……」

 フードから現れた猫耳を見て思わず叫んでしまった。

「剣児様は獣人族の方を見るのは初めてですか?」

「もちろんだ!」


 正面から見ると顔も可愛い。

 正真正銘のケモミミ娘、これは良いものだ。

「だまってないで何か言ったらどうだ!」

 ライムスが詰め寄るが、猫耳娘はプイっとそっぽを向いてしまう。


「この場で首を切ることだって出来るんだぞ!」

「ま、まって」

 思わず猫耳娘の前に立ちはだかってしまった。


「何をしている!」

「やったことは悪い事だけど、剣を収めて話を聞いてあげて」

「エルン様に手を出そうとした奴だぞ! それだけで重罪だ!」

「俺が責任を取るから」

「ライムス…私は大丈夫ですし、剣児様にお任せしましょう」

「…エルン様…わかりました。」


 ライムスが剣を収めたので話を聞いてみた。

「名前は?」

「……」

「何故こんなことを?」

「……」

 俺の顔をジーっとみているが、一向に喋らない。

「まいったなぁ」

 突然、猫耳娘を縛ってあったロープが切れ、後ろに飛びつきナイフをかまえる。


「まだ隠し持っていたのか!」

 ライムスが剣を抜き身構えるが、猫耳娘はフードを翻しダッシュで逃げ出した。


 俺の足なら追いつくはずだ!

 ダッシュで追いかけるが、森に逃げ込まれ見失った。

 当たりを見まわしていると、急に背後から猫耳娘が現れる。


「ありがと」


 チュッ!


 ほっぺにキスされた。


 更に小声で耳元で、

「シャムよ」


 顔が離れると、

「覚えておいてねー!」

 それだけ言って森の中に消えて行った。


 俺はもちろんその場で硬直していたよ。

 皆の所へ戻って逃げられた説明だけしようと、森を抜けた所で時間になった。


「お帰り、 お兄ちゃん」

「あぁ、 ただいま」


 由衣が俺の部屋で待機してた。

「またエルヴァリースって所に行ってきたの?」

「そうなんだ今回は凄かったぞ」

「そうだろうね。 楽しんできてるみたいだし」

 ん?楽しくはあるけど…なんでだ?


「本当に戦ってるの?」

「ああ、今回なんてネコミミ…じゃなかった、魔物が沢山いて大変だったんだ」


 俺が不死身で無敵の事は知っているはずだから、心配はしないだろう。

「そうなんだー。 楽しそうだねー」

「いや、だから戦ってきたんだって」

「何と戦ってきたのかなー?」

「魔物と!」

「その頬っぺたにキスマークを付ける魔物なんているんだー?」

「へ?」

「ふーん…」

「いや、これは」

「ふ~ん…私もなんとかブツブツ…」

 なんか言いながら部屋から出て行った。


 この日の夕飯は激減してた…。

 親に具合悪いの?と聞かれるくらい…。

「お兄ちゃんダイエットしてるんだってー」

 ご飯を食べながら由衣が話す。

 ダイエットなんてしてたっけかなぁ…?


 お風呂前にコンビニで由衣の分のお菓子も買って、由衣のご機嫌を取るのだった…。

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