第26話

 ミトケスを巡る六闘神だの七志剣帝だののやり取りを、真太くんに丸投げしてから早、一週間ほどが経つ。

 今日も今日とて俺はほぼ日課とも言える、溝浚いをこなしていた。

 

「よっこいせー、っこいしょーぅ」

 

 スコップで汚泥を掬っては袋に入れる、その繰り返し。もう10年も繰り返している動作は澱みってものがない。

 まあこんな作業、言っちまうと1週間でも1年でも10年でも、慣れちまえば無駄な動きもヘチマもない。すっかり身体に馴染んだ動作ってやつが、半ば全自動って感じに俺の身体に染み付いていた。

 

「よーうオードリー、精が出るねえ。こないだ北西住宅街で、今日は南南西商店街かい」

「やあどうも。今日はお一人で?」

 

 機械的に動作を繰り返す俺に、この近辺にお住まいの八百屋やってるリザードマンが話しかけてきた。二足歩行のトカゲで、強面なんだが案外気さくで恐妻家の一面もある旦那さんだ。

 俺ともちょくちょく飲みに行く間柄なこの人は、何やら買い物の帰りが手提げ袋を持っていて、それを俺に見せてはぼやくように言うのだ。

 

「ああ、ちょいとカミさんに言われて買い出し。ったく正月明けた途端に扱き使ってきて困るね、うちのカカアは」

「ははは。ま。使われるうちが華とも言いますよ」

「まあね」

 

 愚痴りながらもニヤけているのは、なんだかんだとパートナーのことを愛しているがゆえなのだろう。つまりは惚気の一種ということだ。

 お熱いねえ、うるせいやい、とやり取りをして、言われた買い出しをこなしに家に戻るリザードマンを見送る。今度彼の営む八百屋さんを訪れ、奥さんにも挨拶をしようか。年賀状は送ったけどな。

 

 正月も明けて少し経つ。世の中もボチボチと通常営業に戻りつつあり、年末年始の雰囲気はまだしばらく残るものの、人々はすっかりいつもどおりの暮らしをしている。

 つまりは俺もいつもどおり、今年もひたすら溝浚いってわけだ。この辺の汚泥を粗方取り除いたのを確認して、貯めた泥袋の口を縛る。仕事完了。

 

 今日は姫さんは町の外で冒険者稼業だ。なんでも野盗が近辺に潜伏しているとかで、馬車で隣町へ行く行商人の護衛をするそうな。

 彼女の知り合いの冒険者も何人かいるようで、変な成り行きにはなるまいと俺は特に心配していない。そも彼女は世界最強、夢想刃と呼ばれた剣豪なんだ、俺があれこれ気を揉むことさえ失礼にあたる。

 

 ミジンコが、太陽って自分の火で燃え尽きないのかなと心配するようなものだ。気にしたところで仕方ないし、気にしていいような立場でもない。

 姫さんがいたら即座に反応してきそうな思考でも、俺としちゃ本当のことだ。隣りにいてくれるのはありがたいし、いてくれる限りは姫さんこそ、俺のすべてのようなものなんだが……厳然たる客観的事実ってやつは、揺るがせられないからな。

 

「ふう、やれやれ」

「どうもー、毎度のお仕事お疲れ様ですー」

「うん?」

 

 ネガティブになりすぎないよう、ため息をついて気持ちを切り替えれば矢先、またしても声をかけられた。

 なんだよ。こっちは今から重い袋持ってえっちらおっちらと馬車ターミナルに行かにゃならんのに。ここからだと30分はかかるんだから重労働なんだ、俺には。

 

 文句を内心にて垂れつつ振り向く。声から多分彼だろうなと当たりをつけつつその人を見れば、やはり予想通りの見知った顔。

 ──遠望の賢者、飯谷真太その人がにこやかに手を振って、そこにいたのだ。

 

「やあ、真太くん。一週間ぶりくらいだ」

「ええ、ちょっと野暮用でミトケスまで行ってましてね。お元気でしたか? 私は元気ですとも」

「野暮用も何も、大仕事じゃないか。悪かったね丸投げしちゃって、こっちは全然変わらずいつもの町だったよ」

 

 相変わらずのニコニコ顔。何を考えているのかイマイチ分かりにくいとよく姫さんや他の人からも言われている笑顔が彼の持ち味だ。

 軽いノリでミトケスまでちょっと、なんて言うけど、その実態は六闘神と七志剣帝の仲介を行うという、世界のバランスにまで影響するようなとんでもない大仕事だ。

 大変だったに決まっているのに、まったくそんなことを感じさせない笑顔には頭が下がるね、本当。

 

「で、今日はミトケスについてのお話かな?」

「ええ。あそこを巡っての話し合いも一応、一段落つきましたからね。帰ってきたらまず、会長にはご報告させていただこうと思ってやってまいりました」

「ってことは今しがた帰ってきたのか……悪いねえ、なんか気を遣わせちゃって」

「いえいえ、報告まで含めてがお仕事ですからね。あ、持ちますよ袋」

 

 どうやらついさっき、ミトケスから帰ってきたらしい真太くんは、俺が持とうとしていた泥袋を持ち上げた。

 彼もチートパワー持ちということだからか、少なくとも俺よりは力がある。ここからターミナルまでは遠いから率直に助かるんだが、なんだか複雑な気分だ。

 とはいえせっかくのご厚意、ありがたく頂戴しよう。

 

「ありがとう真太くん。本当に助かるよ」

「ははは、いえいえ。それではいきましょうか、ターミナルへ」

 

 真太くんが促し、俺達は歩き出す。

 そして道すがら俺は、ミトケスについての話を聞くことになるのだった。

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