第22話

 家に真太くんを招いての話し合い。こたつを3人で囲んで──というよりは俺に姫さんがしなだれかかっている対面に、真太くんがいるという構図だが──俺は彼に、渡辺さんと平田さんとの電話から得た、本案件の事情について説明していった。

 

「なるほど、なるほど。つまり今回の件は月界の主張を、雲散らしが悪意を持って事態を大きくした、というわけですか」

「少なくとも六闘神、七志剣帝双方がそうした認識でいるみたいだ。ミトケス自治体がどう思っているかは、そこまでは分からないけど」

「まあこの際、自治体の者達の認識については気にする必要ありませんよ」

 

 六闘神は渡辺さん、七志剣帝は平田さんからの話を受けたわけだけど、当事者組織の中では唯一、ミトケス側の話は聞けていない。

 そこを踏まえてほしいと言ったところ、まさかのバッサリ切り捨てである。おいおい真太くん、そりゃちょっと向こうさんに悪くないかねえ?

 

「そもそもが世界的に禁止されている奴隷売買をしていた時点で、あちらさんには大した発言権もありませんしね。ことの発端となった事件については隠しつつ、遺憾の意とか吠えることで少しでも世間に対し、被害者アピールをしたいという魂胆が見え見えなんですよ」

「そ、そうなのか? いやでも、いきなり2つの勢力から狙われたわけだしなあ」

「今でこそ落ち着いているとはいえ、元々戦国時代さながらの領土の奪い合いが常の世の中ですからねえ。隙を見せれば食われるのは当たり前なわけですから、そこは自業自得でしょう」

 

 肩をすくめて彼は、こともなげに言う。俺に抱きついている姫さんもどこか、そりゃそーでしょ、的な感じの雰囲気だ。

 

 この辺、はじまりの町から出たことのない世間知らずには分かりにくいところだ。

 なんせこの町はゴルテシア王国に属してこそいるんだが、その王国すら含めたあらゆる勢力から手出し無用と定められている、完全中立地帯らしいし。

 

 どうしたことか日本人転移者の起点となるこの町は、その重要性から存在そのものが世界の宝、さながら聖地として認定されているんだとか。

 そんなところをどこか一勢力が手中に収めたら、そりゃろくでもないことになっちゃうし……というわけで世界的な条約レベルで、このはじまりの町周辺は永久不可侵地方として定められているそうだった。

 

 そんな平和なこの町から15年、一歩も外に出たことがない俺はとにかく世間ずれしている。

 世界が未だ、戦乱に燻る物騒な雰囲気であることをニュースや人伝からの伝聞で知識としては知っているものの、実感としては全然持っていないのだ。

 

 平和ボケしてるなあと、我ながら思っちまうよ。

 頭を掻いて、恥を忍んで謝る。

 

「悪い、俺にはまるで実感がなくって」

「なくていいのよ、そんな実感。平和ボケしてるほうがいいって、この世界に来て身に沁みて思うもの、私」

「同感です。誰も彼もが二言目にはじゃあ死ね殺す、などという世界より、そんな世界は知らない、フィクションの話だとくらいに思っている人ばかりの世界のほうがずっといいと私は思いますよ。まして嘆かわしい話、世界をそこまで殺伐たらしめているのが、同郷の日本人であるというのならばなおのことね」

 

 世界の厳しさ、現実の辛さ。世間の風の冷たさってやつを、実質感じることのない俺に、姫さんと真太くんはそれでも優しくそんなことを言ってくれる。

 この二人も、特に姫さんなんかつらいことも多いだろうに。無能として、溝浚いだけやってりゃいい身の上に比べてどれだけの負担がその身にのしかかっているんだか、俺には想像することさえ失礼に思える。

 

 できることなら、俺が代わってやりたいくらいなんだがなあ……

 真面目に赤ん坊にすら殺されかけた経験のある俺としては、さすがに自分の命だって惜しい。情けないけど、結局溝浚いだけしてるのが身の丈ってやつなんだろう。

 

「…………」

「至道が何を考えてるのかは分かるけど……気にしすぎ。至道は至道にしかできないことを、ちゃんとやってくれてるわよ」

「というか会長がいないといろいろ、うまく回らないことのほうが多いんですよねえ。今回の件だって、仮に私が天地剣や破軍と対談したとして、ここまでの流れには絶対に持っていけませんでしたよ。なんせ私、デバガメ扱いで嫌われてますから」

 

 姫さんが俺を強く抱きしめ、真太くんがハッハッハと笑う。慰めはもちろんなんだが、声色からは本気でそう言ってくれているのがうかがえる。

 まあ、真太くんがチートパワーを使ってあちこちを覗き見て、その成果をもってうまいこと立ち回ってるっぽいのはたしかだしなあ。具体的にどう動いているのかは知らんけど、六闘神や七志剣帝相手にもちょっかいかけてやり込めた、なんて話は何回も聞いている。

 

 それを思えばたしかに、少なくとも今回の件は真太くんが直接割って入るのでなく、俺というクッションを挟んだほうが都合がよかったのかもな。

 朗らかに自身を嫌われ者という彼に、姫さんは呆れ返って言った。

 

「扱いも何も本当にデバガメじゃない。それでいて肝心なところは至道に投げるとかあんたね……」

「いやいや、肝心なところだからこそ投げざるを得なかったんですよ。あの一癖も二癖もある人達が一律話を聞く相手なんて、会長かあなた以外にいませんし」

「私の場合は、それこそ私に刀を抜かれるのが嫌だから押し留めてるってだけだし、それ……実質的に至道だけじゃん。まあ、そうだろうとは私も思うけど」

 

 やれやれ、とため息を吐く。姫さんにしろ真太くんにしろ、やはりというべきか俺を過大評価しているなあ。

 まあ、ともあれ今回はある程度役に立てたし、ちょっとは自信を持ってもいいのかもしれないと、思わなくはないんだがな。

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