第20話

 電話を終えて、私──平田勝はふうと息を吐いた。

 七志剣帝が"破軍"たる私の居城、サリャルード大陸はルレルクス地方の領主館の執務室にて、軽快ながらも冷や汗の止まらない、恐るべき対談はひとまず幕を下ろしたのだ。

 

「やれやれ。相変わらず自身について、なんの自覚もない方だ……もっとも、そこが大鳥至道というカリスマのカリスマたるゆえんなのだろうが」

 

 苦笑いをこぼす。今しがたの電話の相手、大鳥至道は少しばかり話をするだけでも大変に疲れる。一瞬たりとも気が抜けない、極めて消耗する行為なのだ。

 別に彼自身の力ではない。言い方は悪いが彼はこの世界において問答無用に最弱だ。なんのチートパワーもなく、それゆえ個人としてはなんの力もない。

 

 だが彼という人間の真の力は彼自身でないところにあるのだ。

 私の座るデスクの前、置かれたソファに座る愛娘が口を開いた。

 

「異世界郷友会会長オードリー・シドー。個人としての力は皆無と聞きますが、電話一つに何をそこまで過剰に反応を?」

「ミコト……彼は電話越しにも大変な相手だよ、見くびってはいけない」

「たまたま夢想刃と遠望の賢者を誑し込めたというだけにしか思えませんね。その二人をこちらに引き込めば、残るはハリボテに威を借るだけの溝浚いではありませんか」

 

 私の治めるルレルクスを護る騎士団に属するこの子は、未だ一人前とは程遠い……今の発言からもそれはたやすく読み取れる。

 夢想刃と遠望はたしかに、異世界郷友会の両翼とも言うべき要人だろう。二人をどうにかできれば、少なくともあの組織は今の形を保てまい。

 

 ────だが、それでも大鳥至道には変化はないのだ。

 断言できる。たとえ雛野姫莉愛と飯谷真太を排しても、大鳥至道は必ず第二、第三の異世界郷友会を組み上げてしまうと。

 未だ熟さぬ愛し子へ、優しい眼差しで教える。

 

「異世界郷友会の主軸はあくまでも、大鳥至道だ。たとえ夢想刃や遠望がいなくなったとて、彼が個人的な悲しみを抱えるだけで郷友会はダメージを負うことはない」

「何故です? その二人こそがカリスマであり、オードリー・シドーは単なる神輿では──」

「その認識が間違っているんだよミコト。例えて言うならば神輿とはその二人であり、大鳥至道は別の役割を持つ」

 

 ミコトが誤認しているとおり、各国や各勢力の一般構成員から見た、異世界郷友会のイメージは夢想刃と遠望の賢者だ。

 その二人がいてこその郷友会であり、会長勤めの大鳥至道は所詮、担ぎ上げられた体のいい神輿でしかない、という認識が広まってしまっている。

 だが違う。本当はまったくもって、さらなる深奥を備えているのだ。

 

 雛野姫莉愛、飯谷真太の二人こそが組織にとっての隠れ蓑なのだ。真に大切な存在を隠し、危害が及ばぬようにするためのいわばデコイ。

 力なく、けれど多くの転移者に愛され一大組織を作り上げた真のカリスマの存在を、有耶無耶にするためのものに過ぎない。

 

「彼はいうなれば、担いだ神輿の内部にて鎮座するモノ。華やかな二枚看板の裏で何事もなく平和を謳歌しつつ、しかしてその手にはありえないほどの権威と権力を持つ……だというのに本人にはなんの自覚もありはしない。まさにそう、零知零能の天帝といったところか」

「……そんなバカな。なぜ、何もない無能者一人にそれだけのことが」

「君には分からないさ、ミコト。君だけではなく、この世界に生まれ育った者には絶対に分からない」

 

 そうだ。こればかりは絶対に、当事者以外には理解できない。日本より来たりて異世界にて猛威を振るう、転移者たちでなければ分からない。

 我々がなぜ彼を、大鳥至道を慕うのか。頂きに据え、あまつさえ彼を彼のまま、何も知らない平穏のままにいさせるのか。

 

 ──彼が彼のままであること。それこそが何にも勝る理由であり意味であり価値なのだ。

 目に映るもの、価値観、そればかりか思想もありようさえもすべてがひっくり変わった我々にとって、彼こそが永遠の象徴。愚かしいほどにそのままで、泣きたくなるほどそのままで。儚いほどにそのままで。

 だからこそ、数多の豪傑達がこぞって彼の下に集うのだ。わずか残った自分達の人間性を、一つ残らず拾い上げてくれる彼のところへ向かうのだ。

 

 表向き連絡網としての体裁を保ちつつ、しかし遠望の指示により、各地各組織で世界のバランスを郷友会に偏らせる形で成立させたあの組織の構成員達の手際の良さだけでも恐ろしさに震えてしまう。

 大鳥至道の中では未だ、七志剣帝や六闘神などがバランスを調整しているものと見ているのだろうが。実際のところ我々にはかつてほどの権勢はない。

 世界的な潮流を牽引するのは間違いなく、異世界郷友会すなわち、大鳥至道その人なのだ。

 

「そんな郷友会がお膳立てをしてくれたのだ。絶対にうまい落とし所を考えなくてはならない……無論、柳丸の処罰についてもな」

「はあ……」

 

 いまいち納得していない様子の愛娘。無理もない、傍から見れば大したことのない青年を世界総出で持ち上げているに等しいからな。

 だが、理解できずとも侮るだけはしてくれるなよ、とは思う。侮った時点で我々には、暗澹たる未来しか待っていないからな。

 

「むう……」

「ふっ……」

 

 むくれ顔の娘に、ついつい子煩悩になりつつも。

 私は早速、関係客員に便りを認めるのだった。

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