第17話

 七志剣帝"破軍"平田勝。

 曲者揃いの剣客集団を率いる事実上、リーダー的存在の男だ。

 

『やあ、お久しぶりです。こんな話題で電話させていただくことになるとも、思っていませんでしたが』

「どうもです、平田さん」

 

 40歳を少し過ぎたばかりの、精悍な声が聞こえてくる。紳士的な口調で、実際に立ち居振る舞いも紳士的な彼は七志剣帝においては珍しいタイプの人間と言えるだろう。

 渡辺さんにしろ美山くんにしろ、思想はともかく言動はどちらかというと荒めなところがあるからな。

 

 俺としても穏やかに話したい質なので、七志剣帝になんらか電話をかける場合、当事者に平田さんが含まれていたならまず彼にかける程度には気が合う。

 反面、姫さんとはあまり反りが合わないみたいだが。

 

「げっ、破軍かあ……」

 

 小さく呟いてモソモソと、こたつの中で横になる姫さん。彼女は意外と平田さんタイプの人が苦手のようで、さっきの渡辺さんとの電話みたく横合いから声をかけてくるようなことはしない。

 まるで猫みたいに丸まる内縁の妻に苦笑いしつつ、俺は平田さんに言った。

 

「おそらくご用向のほう、六闘神とのミトケスを巡ってのことだと思いますが……」

『ええ、まさしく。もう経緯はご存知で?』

「先程、六闘神の渡辺さんから電話でお聞きしましたが……七志剣帝の認識を把握しておきたいところはあります。お手数ですが1からご説明願えますかね?」

『もちろんですとも。まあおそらく、天地剣の話した内容と概ね一致することでしょうがね』

 

 彼はそう言って、彼自身が把握している事態の経緯を説明し始めた。

 ミトケスでの奴隷騒動、それを受けての藤原さんの主張と柳丸さんの暗躍。渡辺さんと美山くんが藤原さんを止めようとしたけれど、柳丸さんが向こうに与したことで勃発した戦闘……

 

 概ね俺が把握しているのと同じだ。渡辺さんもだけど、平田さんに事情を説明した誰かさんもずいぶん公平な視点から説明したんだな。

 

「俺の認識とそう、ズレはありませんね……それ、どなたからお聞きに?」

『藤原ですね……つい昨夜、美山経由で泣きながら僕のところに電話をかけてきましたよ』

 

 なんと。六闘神の藤原さんが七志剣帝の平田さんに助けを呼んだのか。

 普通はそれこそ同じ六闘神の渡辺さんとか、他の人が先じゃないかと思うけど。おそらく柳丸さんを抑え込んでほしいってことで美山くんを通して、平田さんにアポを取ったんだな。

 

『浅はかな考えから大変なことになってしまったと、今にも死にかねないくらいに取り乱していましたよ。一度は腹を括ったようでしたが、日毎に自分のやらかしたことを気にしていったみたいですね』

「それは……正直、気の毒ではありますね」

『たしかに彼女の短絡的な主張が発端ではありますが、話をここまでややこしくしたのは間違いなく柳丸ですからね……連れ合いを説得できなかった美山ともども、そこは七志剣帝の落ち度として認識していますよ、こちらも』

 

 藤原さん、今現在はもうミトケスに手を出すつもりはないんだな。その場の義憤に駆られての主張だろうから、そもそも本気で動くつもりだったのかも怪しい。

 そこに見事につけ込んだ柳丸さんの悪辣さが浮き彫りになるな、ますます。平田さんに連絡を繋げた美山くんもこの分だと怒り心頭だろうし、柳丸さん、やりすぎちゃったな。

 

 なんならうちの姫さんもやる気満々だし、下手すると本当に彼の命が危ないかもしれない。

 いくら迷惑な人でもだからって死んでいいのか? というところはあるので、俺は平田さんに相談した。

 

「着々と柳丸さん包囲網が敷かれているわけですが……平田さん的には落とし所をどうお考えで? さすがに藤原さんと柳丸さんは野放しにはできないと思いますが」

『そうですね……渡辺と美山の意見も加味しつつになりますが、まずもって藤原については、美山傘下にするのがいいかなと思っています』

「ん……それは、えーっと?」

 

 思わぬ解決案。藤原さんを美山くんの部下、あるいは配下にするっていうのはそれは、実質的にこれまで立場的に対立していた二人を添い遂げさせることになるんじゃないか?

 めでたい話ではあるんだが、それが落とし所なのだろうか。首を傾げていると、受話器の向こうで平田さんが楽しそうに笑った。

 

『この際なのでくっつかせてしまえば、友好の象徴ということで他の六闘神、七志剣帝達にも言いわけが立つかな、と。形式的には美山の下になりますが、夫婦関係ともなれば実質的には対等ですから』

「気を利かせるわけですか」

『無論、ペナルティとして藤原の統治しているベストラ地方はそっくりそのまま、美山の領土になりますが……古めかしい言い方ですが嫁入り道具のようなものと思ってもらいましょう』

 

 たぶん肩をすくめてらっしゃるんだろうなあ。

 どことなく揶揄っぽい、そんな声色で彼はそんなことを言うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る