第16話
渡辺さんとの電話を終えて、さあ次、柳丸さんにでも電話しようかとなる前に。俺は今しがたの話から判明した経緯を姫さんに説明した。
テーブルにこたつ布団をはさんで敷いて、そこに二人潜ってぬくぬくした状態での真面目なお話だ。ちゃんとやれと言われそうだがこんなもん、どんな格好でやったって同じだしな。
「──というわけで、要するに発端は藤原さんでのっぴきならなくしたのは柳丸さんらしい。報道とはちょっとズレた話だな」
「それも天地剣からだけの視点だし、雲散らしやら月界からの話も聞かなきゃ、ってわけねー……まあ、渡辺おじいちゃんの性格上、自分に有利な発言はしてないとは思うけど」
「俺もそう思う」
姫さんも知っているようだが、渡辺友作さんは真面目な時はしっかり真面目なお人だ。
羽目を外せる時には好きなだけ暴れ倒すけど、今回のように大勢の人の生活や人生がかかっている案件で保身に回る性格の人ではない。
とはいえ立場や考え方によってバイアスがかかっている可能性もあるので、やはり双方の意見を聞いてから判断しなくてはいけないのだろう。
さしあたり藤原さんか柳丸さんかという話で、渡辺さんの話からいくと話をややこしくしてくれたらしい柳丸さんを当たるべきなのかもしれないが……
そこで姫さんが言ってきた。
「先に藤原さんのほうから聞いてみたら?」
「そりゃ構わんが……その心は?」
「柳丸のおっさんを先にあたったら、それこそ保身から藤原さんに手を回すなりしそうでしょう? その辺の誤魔化し方は詐欺師同然よ、あの厄介者」
「ああ、まあ……なあ」
たしかに彼女の言う通り、柳丸さんはそういう行動に出そうなところがある。
とにかく愉快犯気質というか、かき回すだけかき回してしれっと自分だけ安全圏に逃げ延びているような性格はしているのだ。有り体に言えば性格が悪いし、そのせいで身内であるはずの七志剣帝内からさえも嫌われ者という哀しい人でもある。
今回の場合、俺が彼に電話をして話を聞いた時点で彼は逃げの手を打つだろう。
どうにか藤原さんを矢面に立たせてすべての責任を負わせ、自分はたまたま居合わせただけでむしろ被害者だ、などと言い出すのではないだろうか?
ご多分に漏れず彼も、俺というよりは姫さんを恐れているからな。
「あのオヤジ、また下らない真似して……今度という今度は承知しないわ。バランスとか言うから生かしてるだけのやつが、率先してバランス崩すってんなら生かしてる値打ちもないじゃない」
「まーまー落ち着け姫さん」
「ん……落ち着いてるわよう。落ち着いた上で、冷静に柳丸は殺らなきゃってなってるだけー」
物騒だなあ。頭を撫でて、姫さんを宥めすかせる。
彼女はご覧の通り柳丸さんには思うところがある、というか率直に言えば大嫌いなのだ。
聞いたところによると彼は一度、この子を本気で怒らせた結果死ぬ直前まで叩きのめされた挙げ句、住処から家財から何から何まで廃墟に変えられたとか。
なんでも姫さんが唯一持っていた、家族の写真データが詰まったスマートフォン? パソコン? を破壊されたって話だが……それが本当なら逆によくそれだけで済まされたもんだ。
転移者にとって家族との想い出は何より大事な宝物だ。会いたくてももう会えない、もう二度と見ることさえも敵わない大切な人達を、思いださせてくれるアイテムはいかなる転移者にとってもかけがえのないものなのだ。
それを修復不可能なまでに破壊されたら殺されたって仕方ない。実際、七志剣帝に止められなけりゃ姫さんも殺すところまで行ってたっぽいしな。
柳丸さんのような人でも世界のバランスを整えている重要な存在だ。七志剣帝の一角が欠けたとなれば、そこを隙と見て他の勢力が攻め入らないとも限らない。
それゆえ他のメンバーも、姫さんを止めることがどれほど困難、かつ申しわけないことかを知りつつそれでも止めたのだそうだ。
世に言うロストメモリー騒動──三年前、"夢想刃"雛野姫莉愛が初めて世にその名を轟かせた戦い。
七志剣帝の実に4人が重傷を負い、3人が戦意を失い降参したとされる一大事件の顛末だった。
「さすがにそうしちゃうと、七志剣帝がまた慌てだすぞ? 今回は六闘神も噛んでるわけだし、下手すると大陸跨いでの大騒ぎになる」
「むう……でもだからってアイツを無罪放免なんて、納得行かないよー」
「それはないだろ、さすがに……七志剣帝の人達も、こればっかりは柳丸さんをどうにかする方向に動くんじゃないか?」
政治のことは俺にはよくわからないけど、さすがに1大陸の1地方をこうまで巻き込んでしまった以上、藤原さん擁する六闘神にしろ柳丸さん属する七志剣帝にしろ、誠意というものは見せざるを得ないと思うんだけど。
双方のトップは、そういう考え方をしてくれる人だと思うんだけどなー……と思っていると、不意に電話が鳴り出した。
なんだ、誰だ?
「はいもしもし、大鳥ですけども」
『……どうも、会長。平田です、七志剣帝の平田勝』
おっと、噂をすれば影がさす。
七志剣帝のトップ、最強とされる通称"破軍"の平田さんが俺に向け、メッセージを送ってきていた。
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