第15話

『それじゃあ次、柳丸さんに電話してみますね。お忙しいところありがとうございました、渡辺さん』

「いや、まあ力になれたんなら何よりだ。夢想刃もだが、今年もよろしく頼むぜ」

『こちらこそ、本年もよろしくお願いいたします』

『じゃあねー天地剣。バイバーイ』

 

 ──そう言って切れた電話。受話器を前にして俺は、心ならずも緊張していた我が身を解すかのように深々とため息をついた。

 最初に電話に出て応対した、うちの執事がやって来て尋ねてくる。

 

「お疲れ様にございます、旦那様」

「おう。新年早々肝が冷えたぜ」

 

 笑って受話器を本機に置いて、俺達は自室に戻った。

 トレドギン大陸はシロウ・ナルガミ地方を治めるこの俺、渡辺友作の本邸。それなりにでかいが他の六闘神どもに比べりゃまだまだ、質素にしているほうだと思う広々した屋敷の、一番奥にある書斎のソファに座る。

 執事が紅茶を持ってきた。できれば酒を飲みたいところなんだが、いかんせんこれで仕事中だからな。我慢してカップに口をつける。

 人心地つけてから、俺はぼやいた。執事に軽く、愚痴を聞いてほしかったのもある。

 

「ったく藤原と柳丸め。虎の尾を踏んだな」

「オードリー・シドー様と夢想刃様……ミトケスの案件に介入してきたのは一体、どうしたことでしょう」

「どうせデバガメの差金だろうよ。もしくは、事態を重く見た周辺国家が接触したか。どちらにせよ、こうなるまでに収拾できなかった俺や美山の責任も大きいがな」

 

 はじまりの町から一歩も出ないまま、世界を見通す"遠望の賢者"──とかなんとか言われてる下戸の酒飲みデバガメ野郎こと、飯谷真太の顔を思い浮かべる。

 あの野郎ならこっちの思惑や意図、事情をすべて把握した上であえて大鳥至道に丸投げするくらいはしかねない。夢想刃とは別のベクトルで至道を立てている忠臣だが腹黒いやつでもあるんだ、至道の影響力を増すためにはそのくらい平然とするだろう。

 

「効果は覿面だ……柳丸も藤原も、なんなら美山だってここまで話が膨らんじまったらもうどうもできん。仲良く至道の前に並んで、強制的に和解させられるかまとめて半殺しにされるかの二択が確定しちまった。バランスがまた崩れかねんぞ、これは」

「夢想刃様という絶対的暴力装置を手元にしているオードリー様が、改めて世界に名を馳せることになりますか」

 

 執事が難しい顔をして唸る……が、残念ながらちょいとだけピントがズレているな。

 今、こいつは夢想刃こと雛野姫莉愛を主体に置いた物言いをしたがそいつは誤りだ。あの二人、いやさデバガメ野郎以下やつに与するあらゆる存在を含めた"異世界郷友会"の主体はあくまでも至道だ。

 オードリー・シドーとも呼ばれるあの男こそが、雛野姫莉愛と飯谷真太、及び数多の転移者達を従える主とも言うべき存在なのだ。

 

「……ま、本人にその自覚はないみたいだがな」

「なぜそこまで、オードリー様はご自身の評価を低く見積もられているのでしょう。私にはなんとも、分かりかねる話でございます」

「そこは間違いなく、あいつのコンプレックスが由来だろうさ」

 

 俺も人伝に聞いただけだがやっこさんも、それなりに挫折ってやつを味わったらしい。

 日本人転移者であれば必ず受け取るチートパワー。俺達六闘神やあいつら七志剣帝や夢想刃なりその他、転移者による各勢力の拠り所でもあるその力を、どうしたことか大鳥至道だけは与えられずにこちらの世界に来た。

 

 ただでさえ現地人が元の日本人の何十倍と強いわけの分からん世界に、なんの力も持たされずに至道はやって来ちまったのだ。

 そして誰よりも弱く、誰よりも脆く、誰よりもなんの価値もない底辺未満のゴミとして生きることになった。

 

「大勢の転移者の中でたった一人、なんの力も与えられなかったという事実。本人はもう気にしなくなったとか抜かしてやがるが要するに絶望して、自身を卑下して自尊心を壊し、そうやってすべてをやり過ごすという処世術を覚えてそこに逃げ込んだわけだ」

「そしてその処世術が、あの方の自認と世間の評判とに齟齬を生んでいる、と」

「不貞腐れて拗ねてやがるだけの甘ったれ……なんて俺にゃとても言えねえ。そこらの赤ん坊にすら殺されるかもしれないような環境で、むしろよく今のスタンスに辿り着けたもんだぜ」

 

 15年前。当時15だか16だかってガキにはさぞかし堪えたことだろう。日常が地獄だったのは容易に想像がつく。

 実際、転移してきてから5年は死に物狂いで状況を打破しようとしていたと聞く。そしてそれらが何一つ報われず、見かねたはじまりの町の者達に止められ心が折れきった、というのもだ。

 

 どれだけの失意と絶望、屈辱だったろうな。チートパワーってやつで数十年、好き放題してきた俺にゃまるで想像もできやしない。

 それでも世を儚んで自殺する、という最後の選択だけはどうにか回避して、やつはそこからの10年で異世界郷友会という組織を拵えることに成功したのだ。

 

 飯谷真太を従え、やつの智謀で勢力を増し──ついには転移してわずか5年で最強の座にまで登り詰めた麒麟児・雛野姫莉愛を陥落せしめた。

 そこに至道の意図したものは一つもない。あいつは未だに、異世界郷友会を単なる転移者内での連絡網くらいにしか捉えていないからな。

 

「トップたる大鳥至道のみ何もかも知らないままの、転移者による世界的武装勢力──異世界郷友会。わずか10年でなんてもん作ってやがるんだかな、あのガキども」

 

 表向きとは裏腹の実態は、構成員の過半数にも及ぶメンバーが、大鳥至道という主を頂きに据えて各地で暗躍している武装集団。

 それこそが異世界郷友会の正体なわけなんだが……そんな真実に本人は、まるきり気づいちゃいないんだろう。

 

 厄介な勢力の、厄介なトップが動き出したもんだぜ。

 頭の痛みを抑えつつ、俺は紅茶を飲み干した。

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