第14話
渡辺さんから今回の、ミトケス地方を巡っての柳丸さんや藤原さん、美山くんの言動とここに至るまでの経緯を粗方聞き終えて。
俺はふむと考え込んだ。正直、渡辺さんからの視点だけでは判断しかねる点がいくつかある。柳丸さんの理由とか、藤原さんが現時点でどう着地させたいのか、美山くんが藤原さんを最終的にどうするつもりなのかとか。
要するに各人の考えが微妙に見えてきてないんだな。渡辺さん一人から話を聞いただけなので、そこまでわからないのは当たり前なんだけども。
「……ってことなんで、一応他の三人とも話はしてみようかと思います。電話がつながればですが」
『柳丸のやつはこの際、無視したっていいと思うが……藤原と美山にはちゃんと聞いといたほうがいいな。特にに藤原だ、まさか美山と敵対してまで強引にことを進めようとも思ってなかったろうしな』
「彼氏彼女の関係で、ただでさえ立場の違いがあったわけですからねえ」
今回の件の発端になった藤原さんだけど、おそらく美山くんと意見が分かれた時点で仕方なし、ミトケスに手出しはしなかったんじゃないかと思う。
元からして六闘神と七志剣帝、ロミオとジュリエットみたいな関係だ。いつ何をきっかけに破綻するか分からない関係性を、自分達からぶち壊す真似はしたくなかったろう。
それがなんで今のように、六闘神と七志剣帝が一人ずつ仲違いするようなことになってしまったのか。
渡辺さんの言い分からは柳丸さんが話をややこしくしたと言う話だがぶっちゃけ、そこは俺も同じ意見だ。毎年の郷友会の集まりでも、彼がいるといないとでは喧嘩が起きる可能性が段違いになったりするしな。
『柳丸と戦ってる間にも、あの野郎高笑いしてやがったよ。前から気に入らねえ野郎だったが今度ばかりはさすがに頭にきてるぜ、俺も……うちの若えの利用して好き放題しやがってからに』
「あー、完全に遊んでますね柳丸さん。困った人だなあ」
『いい機会だ、会長さんからもガツンと言ってやってくれや。さしもの野郎もアンタ相手にゃ強気には出んだろ』
「うーん。まあ姫さんもいますしね。威を借るようで、心苦しいんですけど」
苦笑いで、密やかなコンプレックスを混ぜて吐露する。
柳丸さんにしろ渡辺さんにしろ、あるいは他の六闘神なり七志剣帝なりにしろ、俺……というか俺の隣にいてくれる姫さんを恐れているからな。
5年前から3年間の旅をしている間、各勢力の実力者達を念入りに叩きのめしてきたって言うし、そこら辺が関係しているんだろうけど。
そんな暴力の化身みたいな"夢想刃"雛野姫莉愛を誰もが恐れ、その隣りにいるナメクジみたいな雑魚相手にも下手に出てきているってわけだな。
率直に、男として人間として複雑な話だ。
郷友会会長なんて立場が微妙に嫌になっているのも実はこの辺が関係していて、立場や地位を笠に着る器の小さな自分を直視している気分になる。
「なるべく姫さんに頼りきりになるのは、避けたいんですけどね……」
『別に夢想刃が主体なわけじゃねぇんだがなぁ……あんたは今年も自覚なしに過ごしそうだな、会長さんよ』
「自覚……? まあ、身の程は弁えて生きていけたらとは、思いますが」
『そういうとこだよ』
受話器の向こう、渡辺さんのため息が聞こえてきた。なんだ、どういうところだ?
身の程を知る、ということについては俺はそれなりに一家言ある。5年も無駄な努力で周囲に迷惑をかけた末、たどり着いたのが溝浚いの10年間だからな。
たぶん今後も、溝を浚って生きていくんだろう。高望みはしない、ただ日々を生きていければそれでいいのだ……願わくば隣に、姫さんがいてくれればとは思うけど。
ああでも、姫さんとこういう関係になっていること自体が身の程知らずといえばたしかにそうだ。そこばかりは、勘弁してほしいなあ。
俺のたった一つの生き甲斐みたいな子なんだよ。
「至道ー。大丈夫、いじめられてたりしない?」
「え。あ、いや大丈夫」
気づけば食器を片付け終えていた姫さんが、こちらにやってきて寄り添うように座り、もたれこんできた。
どうにもまた、俺のネガティブ思考を見抜かれたかもしれない。この子はこういうところ、本当に鋭いからな。
彼女の肩を抱き、引き寄せる。姫さんの顔が近づき、間に受話器を挟む。するとちょっとしたスピーカーめいて、渡辺さんの声を俺たち二人に同時に聞くことができた。
今の姫さんの声が聞こえていたみたいで、渡辺さんは慌てて彼女に話しかけている。
『ちょっと待て夢想刃、俺ぁいじめてねえよ。柳丸のやつだやらかしたのは』
「ふーん? ま、誰が相手でも至道の邪魔をするなら容赦しないからね。そこは覚えといてほしいし、他の連中にも言っといたげてほしいわ。知ってるとは思うけどね」
『分かってるよ。ったく……所帯じみて落ち着いたかと思えばそういう短絡的なところはちっとも変わりゃしねえ』
苦虫を噛み潰したような苦しげな声。渡辺さん、姫のことそんなに得意ではないみたいだしな。
姫さんの旅の途中に出くわして一方的にボコボコにされたらしいから、気持ちは分からなくもないんだけどな。
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