第10話
翌日、朝。自宅にて。
すぐ近くにある農家の、飼われてる鶏のけたたましい鳴き声にて目を覚ます。
「う……」
「すぴー、すかー。すやすやー」
煎餅布団の中、眼前には姫さんの気持ちよさそうな寝顔。珠のような肌は早朝の陽をかすかに浴びて、黄金の髪は枝毛一つなく美しく乱れている。
見てるだけでこっちも、二度寝を決め込みたくなるようなそんな寝顔だ。今日は特に用事もないし、いっそまた眠ったっていいのかもしれないが……
「朝飯、作るかな……」
「んふふー、むにゃむにゃぁ」
朝、この子が起きた時に朝飯にすぐありつけるようにはしておきたい。そう思って俺は、慎重にゆっくりと腕枕を外し、姫さんから身を起こして立ち上がる。
姫さんが冷えないように布団をかけてやって、俺は台所に向かった。
ここは小さなアパートの一部屋。六畳一間のいわゆるワンルームで。二人で過ごすにはややちいさいが……長年過ごしたこともあり割と気に行っている住処だ。
元々俺の一人暮らしの部屋なんだが2年前、この町に姫さんが帰ってきて付き合いだしたことを受けてすっかり二人暮らしの様相になっている。
とはいえ姫さんは冒険者稼業で時折、遠方に出向くもんだから割合、一人暮らしの日数もまだまだ多いんだけどな。
「卵、卵〜」
キッチンに行って冷蔵庫を開ける。元いた日本のと比べるといかにもレトロな感じなんだが、これはこれでしっかり冷えるから助かる。
卵とベーコンにウインナー、あと申しわけ程度にレタスを取り出す。米はと炊飯器を確認すると保温状態、うん炊けてるな。
姫さんは白米がないと飯食った気になれない派の日本人だから、何はなくとも米だけはちゃんと用意している。
こういうタイプの人は結構いて、なまじっかこの世界が日本ナイズされてるもんだから余計、郷愁とかもあり追い求めがちになるらしい。そのせいか世界中あちこちで稲作農家が独自の米を開発しているんだから、これも一種の需要と供給ってやつだわな。
換気扇をつけて、キッチンのコンロに火を入れる。フライパンをそこに置いて、油を引いて熱する。
温度が上がって来たらベーコンに卵を投入。ウインナーも放り込んで加熱しつつ、レタスの葉を一口サイズに千切って皿に盛り付けていく。
「よーしよし、よし」
いい感じにベーコンエッグもウインナーも焼け、レタスに被せるように皿へと盛り付ける。出来上がりだな。
あとは……お碗を棚から取り出し、インスタント味噌汁の味噌と具を二人分、取り出す。やっぱ寒い朝には味噌汁がないとさ、はじまらないものな。
この世界にもインスタント食品ってのは普及していて、特に味噌汁に茶漬け、ラーメンとカレーなんてのは大人気商品としてスーパーマーケットなんかで取り扱われている。
なんでも、これらについては技術な文化が流入してきたわけでなく、転移者達の証言を元に人間やらエルフやらドワーフやらが共同開発したとのことらしい。
つまりは製法については完全に異世界オリジナル、あくまで日本風食品とのことだった。すごいね異世界ってのも。
ともあれ、お椀に味噌と具を突っ込んで給湯ポットで温めていたお湯を注ぐ。ふわりと芳しい味噌の香りが、はるかな郷愁を呼び起こす。
──と、衣擦れの音。軽いうめき声も聞こえる当たり、どうやら姫様のご起床らしい。
「ん、んんん〜!! ……あー、よく寝、たのかな? んふふー」
独り言ちながら起き上がり伸びをする。美しい肌が健康的な色艶をしているうら若き乙女はそのまま立ち上がり、俺のほうを見てニヤニヤと笑った。
俺も笑う。お湯を入れた味噌を菜箸で溶かしつつ、彼女に声をかけた。
「おはようさん、姫莉愛」
「おはよー至道ー。んっふふ、ご飯ありがと!」
いつも通り、俺が朝食を用意しているのを見て、近づいてきて抱きついてくる。
おんぶみたいにしがみついてきて、俺の背中越しに味噌汁を見る姫さんの目が食欲に煌めく。
包丁は持ってないし火はもう消しているからいいけど、たまに危ないタイミングでこういうことをしてくることもあるからちょっぴり怖い。
姫さんはじめチートパワー持ちにはなんてことないんだろうけど、普通の人間からすれば大変危険なわけだしな。
「危ないぞー」
「あ、ごめん……んっ」
なのでこういうことをする度注意をすれば、これで随分と頻度は減ってたりする。
今回も素直に謝りつつ、俺の頬と首筋に唇を落としてから彼女は離れていった。部屋に戻り、布団を畳んで着替え始める。
「今日オフか?」
「うんー。まあたまにはさ、旦那様とのんびりしたいなーってねー」
白シャツにジーンズ、その上にクリーム色のセーターとごく普通の装い。
明らかに冒険者用の装束じゃないわけで尋ねたところ、姫さんはどうやら今日という日を俺とのんびり過ごす予定らしかった。
たまにはも何も、割としょっちゅうのんびりしてるじゃないかとは思うんだがこの際、野暮だな。
俺としても素敵な嫁さんと過ごす時間こそ何にも勝る。いい一日になりそうだと、出来上がった料理を運ぶのだった。
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