第9話

 飯も食い終え、酒も飲み干した。となれば居酒屋にいる意味もそんなにはなくなる。

 未だ酒を飲み続ける真太くんには悪いが俺と姫さんは二人、席を立って代金をタロさんに払う。二人分合わせて2000円ちょっと。安い。

 

「はい、おつりね! まいどどうもー!」

「ごちそうさま……タロさん、真太くんには程々のところでお冷だけだしたげて」

「あいつもう、酒の味の区別とかついてないからサービスですって言えばなんでも飲むわよー。んふふ、ごちそうさま!」

「ちげぇねえ! ダハハハ……また来てくれよな!」

 

 タロさんに見送られつつ店を出る。あのまま居座ってたらそのうち、真太くんの介抱とかさせられそうだったからな。逃げて正解だわ。

 外はすっかりゆきが本降り、薄暗い世界に深々と白が舞い落ちる光景だ。どことなく陰鬱な心地になるのは、俺だけじゃあるまい。

 

「至道、マフラー。首元は温めないとね」

「ありがとう、姫さん」

 

 来た時よろしく一つのマフラーを、自分と俺の首元に巻いていく姫さん。俺も彼女もマフラーから覗く口元からの、吐息がもちろん白く立ち昇る。

 ここからはギルドに行って報酬をもらい、あとは家に帰るだけだ。銭湯行って晩飯食って寝るくらいか、とにかく二人ともヒマなわけだな。

 

 路地を抜けて商店街のほうでなく、ギルドのある住宅街のほうに向かう。俺達の歩く音ばかりが響く道を行けば、商店街のお祭騒ぎとは無縁の静かな空気が流れている。

 年始の売り始め時期ってことで、商店のほうは半ばお祭り騒ぎなんだが。もう少しだけ仕事始めまでに猶予のある一般のご家庭なんてのはもう食っちゃ寝の正月でどことも静かなもんだ。

 

 せいぜい子供が外で凧飛ばしたり、お年玉を握りしめてほしい漫画を買いに走ったりして、思い思いにはしゃぐくらいだな。

 子供は風の子、なんて元の日本でもよく言われたもんだよガキの頃は。今じゃ用事がなけりゃこんな寒空、一秒だって表にいたくないんだから大人ってのはヤワだね。

 

「……で、どうするの至道?」

「ん? ……藤原さんと美山くんかあ」

 

 唐突に訪ねられて、俺はややあってから答えた。

 このタイミングでどうするの? なんてのはさっきの真太くんの話に出てきた、いきなり喧嘩どころか殺し合いにまで発展しているという異世界ロミオとジュリエットのこと以外にはない。

 

 何か事情があっての争いなんだろうけど、俺に仲介しろとか言われたってなあ……

 一応郷友会の会長として連絡先は知ってるから、話するだけならたぶん、できるとは思うけど。だからといって俺に何かの発言権があるわけじゃなし、何を言っても無視されそうな気がしてならない。

 

「電話くらいはするけどなあ……大して意味はなさそうというか、俺がかけて何になるんだというか」

「そう思ってるのは至道だけよ。あなたが動くとなれば、六闘神や七志剣帝もその意味をよく考えるでしょうし、値打ちは十二分にあるわ」

「俺が動いたからなんだってんだ……」

 

 時たまおかしなこと言うんだが、この姫さん。

 どうも単なる連絡網に過ぎない異世界郷友会を、過剰に捉えているというか。真太くんもなんだけど、溝浚いの会長に変なこと期待している節があって堪ったものじゃない。町から一歩も出たことないんだぞ、こちとら。

 

「まあとにかく、藤原さんと美山くんの両方から事情は聞くだけ聞いてみるよ。そっからどうするかは、そのときに考えるさ」

「どうやったら解決するか、その案だけ考えたらデバガメに丸投げしてもいいんじゃない? あいつこそ暇人なんだし」

「そうするかなあ」

 

 どうせ真太くんも適当こいて、面倒事になりそうだし先に俺に無茶振りしてきたってところだろうがそうはいくかよ。

 問題点と洗い出しと解決策の提案だったか? それだけ最低限やったら丸投げしてやる。俺は溝浚いに忙しいんだ、チート連中のいざこざは君達だけでやっといてくれ。

 大体、なんでチートも何もない俺が首を突っ込まなきゃならんのやら。

 

「至道はいつも至道よねー」

「なんだい藪から棒に。俺なんだからそりゃ、いつだって俺だろ」

 

 ため息混じりにつぶやく姫さんに、つい胡乱な目を向けてしまう。

 たまにこういう反応するんだよな、他の日本人の話をしてると。なんかよく分からんが、何かまずいこと言ってたりするなら教えてほしいんだけどなあ。

 

「なあ、俺なんか変なこと言ったか?」

「んー? んふふー、別に! 私はそういう至道も好きよって、それだけ!」

「どういう俺だよ……いや本当、直せるなら直すからさあ」

「秘密よ秘密! ヒ・ミ・ツー!」

 

 やけにウキウキして楽しそうに笑う姫さん。

 なんだかねえ……まあ、この子が言うなら別にいいのか? どっちにせよ俺は俺でしかないしな。

 

 薄曇の空の下を歩く。

 俺達はこうして、いつもの一日を過ごしていった。

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