第6話
「まあ、そう嫌な顔をなさらずに御婦人。私も何も、嫌がらせや特に用もないのに水入らずのところに割って入ってるんじゃないんですよ」
急にやって来て、特に誰も何も言ってないのに勝手に同席してきたその男は、すっかり臍を曲げて俺にもたれかかる姫さんに申しわけ無さそうに笑った。
基本的に常に笑顔の男だが、眉で感情表現しているからか意外とわかりやすい。結構本気で困ってるし、悪いことをしたとは思っているみたいだな。
外套を纏うその男が、いかにも寒そうに震えながらも息を吐く。
まあ、この男がなんのわけもなしに無粋な真似をすることはない。なんやかや転移してきてすぐあたりからのつきあいなのだ、そういうところは正直姫さんよりもよほど理解している。
彼はタロさんに向け、注文を発した。
「すみません、とりあえず生で! それとーおでん、がんもどきともちきんとはんぺんとウインナー、あと鳥の唐揚げと刺身の盛り合わせください」
「あいよ! 先生、昼からガッツリやる気だね?」
「それはもちろん。オフの日は昼から飲むのが趣味なので」
俺と姫さんにも増して多く頼んだその男。なんならとりあえず生とか言ってるあたり、本格的に呑むつもりだろう。
こいつ勝手に相席してきてこれだよ。物腰穏やかで基本頼れるいいやつなんだけど、酒が絡むと穏やかなまま無茶苦茶するからなあ。
姫がこいつを嫌いな理由の何割かも、こういうところが関わっている気がした。
さしあたりすぐにビールだけ来て、それを男は豪快に飲み干した。中ジョッキでそれなりに量があるのに、ものの5秒かそこらでの一気飲みだ。
「ぷはぁァー! おかわりくださーい!」
「山賊かよ」
ぼそっと姫さんがぼやいた。なるほど、たしかに荒々しい飲みっぷりはほとんど山賊だ。
もっともこいつ、これで普段は人にものを教える立場だって言うんだから世の中おかしい。なんせ教授様なんだものなあ。
彼──飯谷真太は空のジョッキを店員さんに渡して、俺に向かって笑いかけた。
「今度の郷友会主催の同期会について、いくつかお話がありましてね……すみませんが本格的にベロベロになる前に話しさせてくださいよ、会長」
「話も何も……君に任すよ副会長。賢者様のほうが段取りよく進められるだろうしさあ」
「そうもいきませんよ。事務的なあれこれはたしかに私にもできますけど、渉外といいますか顔役的な部分については、やはりあなたに出張ってもらわないと何一つ進みませんからねえ」
そう言って真太くんは、やってきたビールをまた、今度はジョッキの3分の1くらいの量を呑んだ。ハイペースだなあ。
しかしずいぶん買ってもらってはいるが、実際俺なんてお飾りもいいところの会長なんだが。結局、他所に移るに移れない無能だからせめてこのくらいはと買って出たにすぎない。
郷友会──異世界郷友会の会長なんて大層な肩書なんて、結局はそんな程度のものでしかないのにな。
毎年毎年、一定人数やってくる日本人達。
彼らは大体の場合、手にしたチートパワーを活かすべくある程度生活基盤を整えたら方々の国やら大陸やらに旅立っていくか都会に出て一旗揚げようと考える。
実に野心旺盛な話で結構なんだけど、そんなんだから各日本人同士、転移者同士のコミュニティってのが実のところ、まばらにしかなかったのだ。
移り住んだ大陸内でとか、住み慣れた都会内でとか。それぞれの生活圏内に留まる範囲でしか、転移してきた日本人同士のコミュニティは作られてこなかったんだな。
そこで俺は、目の前の真太くんとあれこれ考えて一つ、組織というかつながりを作ることにしたのだ。
はじまりの町から一向に外に出ようとしない特異な転移者である、俺や真太くんだからこそ作ることができたつながり。どんな転移者でも必ず最初はこの町にやってくる、それを活かしたコミュニティの構築。
10年かけて今や世界中、数百人もの連絡網を構築することとなった通称"異世界郷友会"。それの会長に俺が、副会長に真太くんがなっているってわけだった。
「実際、会長……至道さんありきでのコミュニティなんですけどね」
と、真太くんは苦笑いする。俺より2つ歳下の29歳なんだが、微笑み絶やさぬその顔は姫さんと同年代くらいにも見える。若いね、酒の飲み方も含めて。
そんな彼こそ郷友会の真のドンだと俺は思っている。っていうか実際そうだ、なんせチートパワーがある。《千里眼》とかいう代物らしく、世界のどこでも遠視できるのだとか。
ようするに特大デバガメパワーです、と本人は自嘲するわけだが、それを用いて世界の情報をいち早く入手できるのは率直に言ってとんでもない。
真太くん自身も大卒で頭いいもんだから、そうして早く得た情報を駆使して立ち回り、今では世界屈指の賢者だなんて呼ばれている。
はじまりの町から一歩も動かずしてすべてを見通す"遠望の賢者"だってさ。かっこいいねえ、"溝浚いの無能"とは大違いだ。
「……至道、こんなのと張り合わなくていいよ。覗き魔なんかより溝掃除してる人のほうが当然、人々のためになってるんだから」
「…………なんで見抜くんだ? 姫さん」
胸中に巣くうコンプレックスの虫が、またざわざわと蠢くのを姫莉愛が止めた。まったく顔にも雰囲気にも出していないのに、なんで見抜いてくるんだかねこの子は。
恥ずかしさと照れくささと戸惑いで、お猪口の酒を一気に胃に流し込む。さすがにどういうカラクリなんだか尋ねると、姫さんは愛しむように目を細め、俺のお猪口に酌しながら答えた。
「見抜くわよ、そりゃ。いつも旦那のこと見てるわけだし、いろいろ抱えてるのも知ってるし」
「そうか……情けないな」
「別にいいじゃない。そんな至道も、なんだか支え甲斐があって好きよ? それに素敵な旦那さんにも、弱点の一つくらいないとねー、んふふ」
酒を注ぎ終え、面白そうにも笑う彼女に、俺もつられて笑う。
素敵なのは君のほうだよ──なんて、照れくさくて口に出せそうにはなかった。
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