第4話
乗合馬車のターミナルを出て、歩くこと概ね10分。見えてきた商店街の通りに、どことなくホッとする。
言ってしまえばホームだからな。15年も通い詰めてりゃ、安心できる風景に思えたっておかしくはないか。
木製の一軒家が立ち並ぶアーケード街。どこの店も店先で魚やら野菜やら、肉やらお菓子やら売り倒している。
元いた日本では減ってきていた光景だった。姫さんの認識だとアーケード街ならぬシャッター街なんつって、皮肉めいた呼び名が罷り通っていたらしいから、俺がいた頃よりも今の向こうの商店街事情ってやつは、よくないことになっているのかも知れない。
翻ってこちらは実に盛況で、しかも種族もごった返しだ。
あっち見ればエルフが肉売ってるし、こっち見ればゴブリンが野菜を売っている。向こうを見ればオーガが駄菓子屋開いてるし、空き地のほうじゃリザードマンが子供相手に紙芝居を披露してるんだからまあまあなカオスぶりだな。
そんな混沌とした日常を、当たり前のように俺達は歩く。
自然と腕を組んできて姫さんは、甘えるようにもたれかかりながらも聞いてきた。
「至道、いつものお店?」
「んー、まあそうだな。誰ぞ知り合いもいるかもだし」
一つのマフラーを二人で巻いて、どこからどう見てもいちゃついてるバカップルな俺達。まあ事実婚関係であるわけだし、これくらいはいいだろ。
それにこの寒さだ、パートナーがいる人達はみんな、揃って似たような塩梅だ。時折独り身がうらめしげに見てくるのは、まあ、ごめんとしか言えんけど。
姫さんに聞かれて答えた通り、行きつけの居酒屋へと足を運ぶ。
商店街の真ん中らへん、奥細い路地裏に進むと見えてくる、知る人ぞ知るって文句が売りの居酒屋だ。
その名も"太郎"。もはや言葉も文字も日本ナイズされたこの異世界においてはまあありがちな店名である。
暖簾をくぐって中に入る。外観の小ささに反して奥行きがあるからか、意外と広い店内にはまずまずの人がいて、昼間から酒を呷っている。まあ、これもいつも通りだな。
「よう、オードリー! カミさん連れてこんなとこにデートかい」
「どーも。こんなとこって店主が言うなよ、タロさん」
入ってすぐ、俺に気づいてカウンターの店主が声をかけてきた。エプロンをつけたエルフの大将、通称タロさんだ。
店名からも分かる通り本名は太郎。太郎・ユーグストミレニアなんちゃらかんちゃらってなんとも長ったらしい。
なんでも過去、転移してきた日本人とエルフの間に生まれた子の子孫だそうで、そんなだからかやたら転移者には気さくに接してくれる。
商店街の中でも結構な権力を持つ、地元の名士ってやつだな。
空いてる席に並んで座り、マフラーを外す。
店内はストーブで十分温まっていて、湿気を保つためにヤカンに水入れて水蒸気を出しているから空気も潤っている。
助かるねー。
「どーもタロさん。いつも旦那が世話になってるわね」
「おう姫さん、今日も別嬪だね。オードリーにゃもったいないぜ」
「そう? んふふー、ありがと!」
ここにはうちの姫さんともよく、連れ立って飲みに来る。家から近いってのもあるし何より、安い割に旨いからな。
タロさんとも顔馴染で気安さがあるし、大体の飲み会ったらここでやるのが俺や姫、友人達の共通見解になっていた。
さておき、早速注文するかね。メニューを見る。
今日も寒かったしな、ここはいっちょ、温まれるものでも頼むかね。
「おでん……大根にちくわ、はんぺんにウインナー。あと牛串と卵」
「あ、じゃあ私は大根にしらたきにこんにゃくに卵、ウインナー2本と餅巾着よろしくー」
「あいよ! 飲み物は?」
「熱燗。大きいの2つね」
冬と来たらおでんでしょ、ってなもんであれこれ頼む。こいつで熱燗をやるとこれがまた、ポカポカ温まるんだなあ。
姫さんもおでんは割と好きみたいで、ここに来たら季節関係なしにとりあえず大根としらたきは必ず頼む。夏でも構わずだから気合入ってるよなあ。
さておき、注文は頼んだしあとはのんびり待つだけだ。
カウンターの奥のほうに鎮座しているテレビをなんとなし見る。元の日本と違ってこっちは最新式でも白黒で、しかも電波も大概通りにくくてちょくちょく砂嵐が舞うと来ている。
それてもテレビってのはやはり、元いた世界を思い出させるもので……俺も姫さんも、あるいはよくここに来る常連の日本人達も、ボーッと画面を見つめることはよくある話だった。
「野球中継……今さらだけどすごいよな、こっちの世界。リザードマンがボール投げてハーピーがバット振り回してるんだぜ」
「どこの世界でも野球って好きな人は好きなんだなーって、私も来てすぐの頃に思ったわね。なんだったかしら、野球選手が何人かこっちに転移して、普及に努めたんだっけ」
「らしいぞ。もう半世紀も前らしい」
テレビ中継しているのは、まさかまさかの野球の試合。種族も何も関係なくごちゃまぜに、チームを組んでリーグ戦を繰り広げているのがこの世界の野球風景だ。
姫さんと話した通り、野球選手がこっちに来て野球を広めて回った末にこうなったらしい。すごい熱意だと感心するよ。
ちなみに格闘技だの歌謡曲だのなんてのも、元の世界で生業にしていた人達がこっちに来て広めていたりする。
そしてそれらが白黒とはいえテレビが普及し始めたことにより、興行として爆発的な人気を博し始めてるのが今ってわけだな。
どこの世界もマスメディアが発達したら、やることは似通ってくるのかもしれない。
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